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回想神話   作者: SCA
雷獣暴威
5/5

雷獣 5

 南条は、最早雷獣を見ても、特に脅威とは感じなかった。

 雷獣の最大威力の攻撃であろう突進の予備動作を行っていてもにもまったく動じる事がなかった。

 最早敵としても見ているかすら怪しい。

 それほどまでに南条は超然とした態度で上空を佇んでいた。

 そして口から宣誓をする。


 「これは天災の化身、暴力の現し身」


 その宣誓に脅威を感じ取ったのか雷獣そのものとも言える雲から攻撃が放たれた。

 吹き付ける風に乗って雹と雷が散弾のように叩きつけられている。

 妖力の乗った雹は本物の散弾超える威力をもって、雷は先程南条を貫いた昇雷ほどの火力をもって南条を襲うが。


 『これでは、ぬるいなぁ』


 南条はそれらを躱しすらせずにその身に受ける。

 だというのにその身には傷の一つもない。

 まるで気づいてすらいないかのように南条の詠唱は続く。


 「人の理を外れ天地の理に」


 身体がびりびりと震える、生まれ変わっていくかのように全身の感覚が鋭敏になっていく。

 人間の脆弱な肉体から別の身体に変わっていくような感覚。

 まるで陸に居た魚が水の中に帰ってこれたかのような爽快さと全能感を感じる。


 「まだ(しな)の鱗を身に写し、己が身を沢に変える」


 殻が破けていく音が聞こえる、己の体が本当の意味で変化している。

 内側からその身に収めた龍が己れから出てくるのが分る。

 己の思考が混ざっていく、八郎太郎の意思と三吉南条の意思が混ざり合う。

 いや、己という確固とした意思を持ちながらの融合。

 これは感応と言うべきだろうか。

 己は人であり龍であると言う矛盾を飲み干す。


 「糧を占め、泉を飲み干す。強欲の龍に」


 酷く喉が渇き、腹が減る。

 ただ只管に獲物を求めて狂ってしまいかねないほどに。

 狂おしいほどの飢餓感が己を苛む。


 「今、人の皮を剥ぎ。変じよう」


 ※

 

 因州(現・鳥取県)には、寛政3年(1791年)5月の明け方に城下に落下してきたという獣の画が残されている。体長8尺(約2.4メートル)もの大きさで、鋭い牙と爪を持つ姿で描かれており、タツノオトシゴを思わせる体型から雷獣ならぬ「雷龍」と名づけられている。

 故に雷獣は龍としての相も内包した存在だ。

 だからだろう、雷獣は眼前に迫る()()の強大さを正確に読み取ることが出来た。


 雷獣が()()を見たときに感じたのは恐怖ではなかった。

 人が土砂崩れや、地震や津波を前にして感じるのはまず恐怖でなく、現実感の欠如を感じての呆然であるように雷獣もまた()()に敵意どころか恐怖を感じることすらも出来なかった。

 雷獣は決して弱い存在ではない、既存の兵器ではダメージすら受け付けないほどの耐久力、雷の速度で動き回る機動力、周囲の雲を吸収しての再生能力。

 雷獣は恐らく軍隊と戦ってもそのまま勝利するほどの存在だ。

 しかし、()()は格が違った。

 例えるならば自然災害のそれ。

 雷獣がひとつの街を壊滅させる災害だというならそれは壊滅させる単位が国に変わるだろう、それら天変地異の災害が一個体に凝縮されているようなスケール。

 これを前にしては雷速の移動も自慢の堅固さも再生能力すらも意味を成さない。

 まさに人間が蜘蛛の巣ごと払うかのように消し飛ばせる。

 ()()は予感ではなく確信を雷獣に持たせた。

 どう行動しようとも己の死は必定だという確信だ。

 故に雷獣は僅かたりとも動くことなく、災害の顎に食い殺された。


 ※


 「フイー、終わったー」

 『こんなもんで疲れてくれるなよ南条』

 「そんな事言われても今回は結構な強敵だったじゃねぇか、これなら最初っから本気でやりたかったぜ」

 『そんな事をしたら修行になるまい』


 何故最初っから本気で戦わなかったのか。

 それは南条自身が戦闘経験の少なさを自覚しているからだ。

 本気を出してしまえば木っ端妖獣など歯牙にもかけない、それが現人神なのだ。

 故に本気になった以上結果は決まっている。

 練習にもならない、修行にもならない。

 敗北の可能性が存在しない。

 只の蹂躙に成るからだ。


 『忘れてくれるなよ南条、今の貴様はまだ弱い。戦いに戦いを重ねてさらなる経験を積むのだ。さもなくば貴様は我に抵抗することすらもかなわぬぞ』

 「へいへい、解ってますよ。これ以上言われたら耳にタコができちまうよ」

 『何だその言い方は! 貴様には真剣みというものがないのか!』

 「お前は俺の親か! いい加減同じ事を何度なくグチグチと言いやがって」


 雷獣を討伐して、雷雲が綺麗に晴れたその場には先程までとは打って変わって凪いだ海と落雷の被害の惨状が広がっていた。

 とは言え波止場が少々砕けたぐらいの物、故に南条はこの惨状を無視して帰路につこうとする。

 その時、先程の戦闘の余波なのか突如として猛烈な突風が吹いた。


 「うわっぷ! 最後のイタチ屁にしては盛大だな、おい」

 『……おい、戦場において最も重要なことは何だと思う』

 「何だよ、いきなり。……そりゃあ勇気とか度胸とかか?」

 『そんなものは戦士と名乗る物において前提に過ぎん、それも質問は戦場においてだ』

 「えー、うー、禅問答じゃないよな。……生存能力?」

 『惜しいな、答えは……』


 その時上空から降ってくる物があった。

 最早雲一つないと言うのに大量に周辺に降ってくる物。

 その一つが南条の頭に刺さった。


 「え?」


 サクッ と擬音が付きそうな程見事に刺さったからだろう、痛みを感じるのが顔面が血まみれになってからだったのは。

 手で血を拭い、震えるように頭のガラスに触れるとようやく理解できたのか激痛に襲われる。


 「……ギャース! 超痛ぇ!」

 『それよりも、上を見ろ』


 上空を見ると南条は顔を青ざめた。

 秋田が誇るポートタワーセリオン、ガラス張りの建造物からガラスが落ちてくる。

 降ってくる物は太陽を反射して光り輝く結晶体。

 それが万を超える程の数で空を覆う。

 その光景の美しさだけを見るならば絶景と言っても良いのかも知れない。

 しかし、明らかに質量を持った鋭利な物体が上空から降り注ぐ中その落下地点にいる南条にしてみればそんな感想を持つ余裕などあるわけがない。


 「ガッ、ガラスだとー」


 先程までの戦闘で大量の岩ほどの質量を持つ雹や暴風雨という相手の攻撃にたびたび晒され、ボロボロだったガラス張りの塔は先程の突風で限界を迎えた。

 降り注ぐガラスは先程の雨を超えるほどの勢いで地上に向かっていく。

 雷獣の怨念でも詰まっているのか南条に集中して向かっているようにも見えるが気のせいだろう。


 「ヒィー、死ぬー。八! 助けろ!」

 『……先程の回答だがな、答えは残心だ。油断の罰だ、一人で乗り越えろ』

 「巫山戯んなー!」


 ※


 神々の会合においてスサノオノに向かい合っているイワレヒコと呼ばれた少年。

 イワレヒコ、その名を知るものは余りいないだろう。

 少なくとも良く聞く名前では無い。

 しかしそれは生前の名前であり、人間の名前。

 神として存在しているこの子供には神としての名前が存在する。


 「訂正を、この場では神名で呼んでいただきたく」


 天照大神の来孫。

 東征を為した英雄。

 日の本の建国者。

 数多の称号を、功績を持つその名前は。


 「ふん、相変わらずクソかってぇな。えぇ神武」


 神武天皇。


 神武天皇、その名を知らないという者は日本国にいないだろう。

 天照大神の来孫であり。神武東征をなした英雄神。

 紀元前660年に大和国を平定した()()()

 日本という国を創った()、初代天皇神武天皇である。



 流石というべきか当然と言うべきか彼はスサノオノの溢れ出す神気を受けても小揺るぎもしなかった。

 それどころかこの神々の会合の中でもスサノオノに比肩するほどの存在感を持って存在していた。


 「先程の現人神の件です。新たな現人神が生まれました」


 「へぇ、ようやく百人目かい」


 その報告をスサノオノは興味なさげに聞いていく、いや実際の所彼からしてみれば興味の薄い話なのかも知れない。


  「……『いや百人も』だな」


 先程彼は現人神が百人ぽっちしかいないと言ったが、逆に言えば百人もいると言うことだ。

 一時代に英雄が百人いる、そう聞けば頼もしいとも思えるかも知れないが、英雄神としての相も持つ神としては急造の大量生産品に思えるのだろう。


 「それは目出度い」

 「英雄が百人を超えたとなれば頼もしいですな」

 「百人目は一体どのような神を宿したのだ」

 「天津神か? 国津神か? まさか土着の神か?」

 「いや、そんな事はどうでも良い強いのか? その現人神は」


 そんなスサノオノの内面も知らずに喜ぶ神々、それらを見て呆れることも無く淡々とした表情で返答していく神武天皇。


 「名は三吉南条、宿したる神の名は東北の龍神八郎太郎」


 「八郎太郎? あの東北の暴れん坊が?」

 「あの龍が己の分霊を人に宿したと?」

 「にわかには信じられん」


 「事実です。 もうすでに彼は多くの怪異を調伏(ちょうぶく)していますし、強さに関しては未熟ながらも既に東北最強の現人神『恐鬼(きょうき)』の太鼓判が押されています」


 「なんと、あの恐鬼に!」

 「これは期待が出来ますな」


 「何よりも彼は「もういい」ッ!」


 スサノオノの発言でその場にいる全ての神が凍り付いた。

 それこそ先程まで表情を一切動かさなかった神武さえも体が強ばっていた。


 「口頭でどうこう言ったってどんな奴かなんて分るわけがねぇだろうが」


 スサノオノは別段声を荒げたわけでは無い、力を込めた訳でも無い。

 怒りを感じさせない声だ、実際に笑みさえも浮かべている。

 しかし、意思を感じさせる声だった。

 ただそれだけで全てが凍りついた。


 「そいつが本物の英雄かどうかなんて言葉で伝わるわけがねぇ、英雄ってのはそういう物だろうが」


 それを知ってか知らずか、まぁ確実に知っているのだろうが無視してスサノオノは話を続ける。


 「だとすれば如何すれば良いのか」


 そこで更にスサノオノは笑みを深めた。

 その笑みは何と言えば良いのか、一言で言えば意地の悪い笑みだった。

 まるで面白い事を思い付いたいじめっ子の様な嫌らしい笑みだった。


 「試してみようじゃねぇか、ソイツが英雄なのかどうかよ」


 退屈しのぎの思い付いた笑みだ。


 「どうされるおつもりで」

 「俺のガキを(けしか)けるのさ」


 「俺の()()をな」

主人公が突如力を得て騒動に巻き込まれる、これって王道ですよね?

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