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回想神話   作者: SCA
雷獣暴威
2/5

雷獣 2

 ポートタワーセリオン。

 秋田の港に存在する前面ガラス張りの塔である。

 道の駅であり展望台は地上100m、ガラス張りの360度のパノラマで秋田市を一望出来ることから観光地としての人気は高い。

 土産物屋や港故の海産物も取り扱っているので観光だけで無く近隣住民もよく使う場所だ。


 「……」チャリンチャリン

 『……宿主よ、一体何をしておるのだ』

 

 そんな展望台には当たり前ではあるが有料の望遠鏡が存在する。むろん一つでは無く複数だ。

 そしてその中の一つにカップルベンチと言う物に備え付けられた物が存在する。

 ハートの形の背もたれ、青とピンクで半分に色分けされたそれはあからさまに()()()()物だった。


 「ターゲットは港らへんに出現するんだろ? 迷宮から抜け出して結構経っているっぽいし。だったらここで見張ってれば良いかなって」

 『何故わざわざここで?』

 「だって何処から来るか分んないんだろ? だったら高いところから遠くを見渡せるここが良いだろうが」

 『いや、そうではなくてだな……』


 そこに座るのは独り身の独り言を呟く青年、そのあまりの有様に周囲の客は遠巻きに見ていた。

 明らかに関わってはいけない類いの人種に対して関わりを持とうとする人間はそうは居ない。


 『ここは夫婦(めおと)の座る椅子では無いのか?』

 「は~!? ここに何か書いてんのかよ、あのベンチだってチョット変わって形をしているだけだろうが」

 『青と桃色で男女の意味であろう』

 「違います~、ここはチョットカラフルなベンチなんです~。証拠にかれこれ三時間も居るのに誰も座って無いじゃねーか」

 『三時間も居座る奴がおれば誰も座りたがらぬわな』


 見えない声はどこか疲れような声を出した。

 普段はまともだというのになぜ唐突に奇行に走るのだろうかこの男は。


 『むなしくならないのか?』

 「……言うな」

 『ここに来る前も結び石という夫婦が手を手を結び合うと言う場所を一人で独占したでは無いか。相手もおらぬのに石に手を入れ続けて散々奇異の目で見られてまだ足りぬのか』

 「別に奇異の目で見られたいわけじゃねーよ!」

 『では、何がしたかったのだ』

 「……現実逃避かな?」

 『客観的に見たら奇異の目で見られるのも残念ながら当然と言わざるおえないな』


 複数存在する望遠鏡からわざわざ選んで使用している時点で大分変人だった。

 少なくともまともな人間なら近づこうとはしまい。


 「別にさ、モテたいわけでも彼女が欲しいわけでもないんだよ」

 『ならなぜこんな馬鹿なことをするのだ。正直お前との関係を考え直すほど酷かったぞ』

 「……たまに馬鹿な事をやらないとストレスで禿げるんだよ」

 『いったい何のストレスだというのだ』

 「お前らのせいだよ! 今のところ俺にストレスを掛けてくるのはお前達ぐらいしかいないよ!」


 突然大声を出す青年に周りの人間は視界にも入れないように離れていく。

 それを知ってか知らずか大声を出し続けていく南条。


 「アレだからな! 俺本来凄い我慢強い方なんだからな! 客観的に見て俺凄い我慢している方だからな! むしろこの程度のストレス発散ですんでいるだけましだろうが」

 『それは知っているが……』

 「俺さぁ、一寸前まで普通の高校生だったんだぜ。それが今のこの状況って……」

 『もう散々話をして貴様も納得したことだろうが、もう掘り返すな』

 「うううぅぅ、平穏が恋しいなぁ」


 端から見ていたらどう考えても異常者としか思えないほどの情緒不安定振りを見せる南条。

 律儀にも、それに付き合う声は呆れを多分に含んでいた。

 そんな漫才染みた会話をしていた二人だが、突如その雰囲気を変え、同時にその表情を引き締めた。


 『南条!』

 「ああ、分っている」


 身体に押し掛かってくる圧力を感じる。

 常人には感じることの出来ない感覚を全身で察知する。

 身体よりも先に心が戦士のものに切り替えられる。


 「ようやく出てきやがったな」



 ※※※※※※※



 一般的に雷と言えば夏のものと言うイメージがあるが、本州の日本海側では夏よりも冬に多くの雷が発生する。

 雷の原理は冬の雷も夏の雷も同じだがそれぞれの特徴がある。

 夏の雷は数十分などある程度の時間にわたって落雷や雷鳴を轟かせるが、冬の雷は一発で終わることが多く一発雷とも呼ばれている。

 しかし、日本海側で恐れられているのは夏の雷では無く冬の雷だ。

 冬の空気が乾燥しているが故の火事なども恐れられている原因ではあるのだが、最大の特徴は予想が付かない事だろう。

 夏の雷は午後から夕方にかけて発生しやすいのだが冬の雷はまるで予想が付かない。

 昼夜問わず音も無く気まぐれに雷を落とす冬の雷はそれこそ火事と合わせて恐れられているのだ。


 そしてそんな冬の積乱雲が予兆も無く港を瞬く間に覆っていった。


 「しっかしまぁ、一瞬で空が覆われたな」

 『元々ここら辺にあった陰の気と迷宮から出た時の穴から神力、妖力が溢れ出して混じっているからな。これぐらいはやるであろうよ』


 ついさっきまでの雲ひとつ無い空は見る影も無く、分厚い曇天に覆われ、激しい風とそれを伴う雪によって視界が塞がれた。

 あまりにも急な天気の変化に観光地である道の駅の外にいた人たちは一人も居なくなってしまった。


 「もう少し厚着でもしていくべきだったかね、ダウンジャケット一枚じゃ一寸足りないぞこれ」

 『なに、もうすぐ嫌と言うほど身体を動かすのだ。必要なかろうよ』


 南条は目の前の光景を見た。

 人間では観測できないであろう、物理学的には存在しない『力』の渦を。

 見上げる雲の奥深く。力の発生源がそこにいる。、あの曇天の主を。

 目で、耳で、鼻で、気配でそれを感じていた。

 突如巨大な雷が奔った。

 最早爆発かと思われるほどの閃光と爆音が周囲を揺らす。

 しかし、それらを見ても一切の動揺を見せない南条は笑ってしまう。

 

 「それもそうだな」


 それは相手を笑ったのでもこの現実離れした光景を見ての虚勢でも無く。

 明らかに常識外の異常気象、分りやすいほどの危険。それらを前に南条はどこかわくわくするかのような心持ちをしている自分を感じて笑ったのだ。

 口では平穏やら常識やらを求めながらも此処こそが己の居る場所であると言わんばかりの落ち着きようだった。


 『そうだ、それでいい』


 そしてそれを『声』は嬉しそうに肯定していた。


 『南条、貴様は戦士だ。我を打倒したときに、戦いを知り。東京であの女から戦いを学んだ』


 己の宿敵が成長していることを心の底から喜んでいた。


 『思う存分戦うが良い、そして成長するのだ。我が倒すに足る英雄に』

 

 己の打倒するべき存在が有象無象では無く誉れ高い勇者であることを望むその声は。


 『此度の獲物は雷だ。容易く蹴散らせ。易々と喰らえ』


 喜色に染まっていた。


 『我が英雄よ』


 そしてそれは南条の表情と完全に重なり、動き出す。


 「行くぞ、八郎太郎(はちろうたろう)

 『好きに使え、南条。我の力はお前の力だ』



 ※※※※※※※


 世間一般的に知られている事では無いがこの世界にはオカルトが存在する。

 神話や伝説に描かれるような怪物、妖怪変化の類い。それらが実在し世界の裏側で跋扈している。

 基本的に怪物達は伝承通りの振る舞いをする。その多くは暴力であり、悪逆を振りまくことである。

 そしてそれらは時たま世界の表側に出現することがある。

 怪物達は既存の兵器で倒すことは難しく例え軍を動かしたとしても対処するのは難しい。

 物理法則に縛られぬ怪物を相手には最新鋭の兵器も役に立たないからだ。

 故に怪物を倒すことが出来るのは専門家に限られる。

 物理法則を超越した技術、魔術、魔法、鬼道、神術。それらを使い怪物達と戦う者。

 彼らはその神秘の技術を用いて世界の裏側に潜む怪物達を押さえ込む事を生業とする裏世界の住人。

 神聖の炎で魔物を焼き、祈りで悪鬼を鎮める。幻想の存在を調伏する幻想の使い手達。

 そんな彼らの中でもことさらに特別視される者達が存在する。

 数多の試練を踏破して信奉する神から分霊(わけみたま)を受け取った者。

 神々の加護を受けて超人に至った存在。人としての限界すら突破した英雄。

 彼らは人であって神の力を振るう存在、故に恐れと敬意を込めて現人神と呼ばれる。


 三吉南条(みよしなんじょう)は最新の現人神。

 その身に天災の化身、東北の龍神、八郎太郎大神を宿した現代の英雄である。


 ※※※※※※※ 


 敵は空に居る。

 まずもって同じ土俵に居なければならない。でなければそもそも戦う事すら出来ない。


 「(ハチ)、アタリをつける事は出来るか?」

 『水神である我を舐めてくれるな、雲もまた我の領域よ』


 方法は二つ、自ら土俵に上がるか。此方の土俵に引きずり落とすか。

 南条が選んだのは相手を落とす事だった。


 「照準無し、目測無し、射程距離千を超える。これで当たるとかギャグだろ」

 『出来る出来ない、常識非常識など捨ててしまえ。出来て当然だと思うのだ』


 それは東京で幾度となく聞いた言葉であった。

 自分の中にある神の力の使いかた。それは人の力、技術の積み重ねとはまるで違う物だった。


 『神の力とは理屈で動くのでは無い、そういう現象故に出来るのだ。出来ることに理由など無い。出来るから出来るのだ。故に迷うな、悩むな、出来て当然だと思うのだ。呼吸を意図せず行うように。それでこそ神の力を使うことが出来るのだ』


 いつ聞いても巫山戯た話だと思う。

 普通なら理屈も理由も無く『出来るから出来るのだ』という、そんな訳の分らない理論があってたまるか! と思うだろう。

 しかし自分には分る、それが正しいのだと。

 己自身がそんな常識を超越した力を持っているのだと理解できてしまう。

 少し集中すれば(現象)を宿した己の腕に目に見えない力が集まっていくのが分る。


 「集まれ!」


 ただの一言、それだけで周囲の水がかき消えた。

 濁流の様な雨水、地面を覆っていた水も。それどころか着ている服すらも乾燥していた。

 ならその水は何処に消えたのか、いや消えてはいない。


 「固まれ!」


 南条の手のひらにサッカーボール大の水球が現れていた。

 その水球に水が吸い込まれているのか周囲の雨が、それどころか海の水すらも形を変えて水球に吸収されていく。

 しかしその水球にはサイズの変容は一切無い。既に吸い込まれているであろう水の量はサッカーボールなど遙かに超えているだろうに。


 「幸い此処は港で下は海だ、一切気にする必要は無いから最初っから全力で行くぞ!」


 その水球に穴とも呼べる物が出来た。

 今だ大量の水が流れ込んでいく水球に出来たそれが何の為に空けられた穴のか、それは分かりやすすぎるものだった。

 水球の中には既に埒外な量の水がある。南条によって押さえつけられて居たその水は突如現れた出口に殺到する。

 その量、勢いはただの水が最新兵器に匹敵するほどの破壊力を与える。


 「水鉄砲だ! ぶっ飛べ」


 南条の発した号令によって水球から圧倒的なまでの力が解放される。

 その様を他の誰かが見たとしてもとてもでは無いが水だと思う人は居ないだろう。

 空いた穴は拳ひとつ分程度、言ってみればその程度の穴から水が勢いよく飛び出すと言うだけの話。普通ならばそう遠くない距離で地に落ちて地面をぬらす程度の話である。

 しかしそれは人間の、言ってみれば常識の話。非常識に生きる者達にとってはそんなものは関係ない。

 音速を容易く超える勢いで放たれた水は減速することも地に落ちること無く、上空へ登っていく。その姿は一本の柱のようにも見えた。

 水鉄砲、その可愛らしい呼び名に似つかわしくない物だった、それこそロボットアニメに出てくるようなビームのように一切減速せずに、周りに飛散せずに、空気抵抗すらも感じさせないそれは重力の枷を振り切り雲を突き抜けていく。遠く、上空で針の先程の細さに見える水柱が吸い込まれる様は現実感を感じさせない。

 そしてその直後に鳴り響く獣の叫び声にも似た雷鳴が轟く。雲の内部で癇癪をおこしたかのように雷光が走り回る。


 「手応え、あったか?」

 『いや、かすっただけだな。ここからが本番だ』


 雲の中で暴れ回ったエネルギーが限界を超えたのか先程の南条の水球の様に内側からの圧力から無理矢理出てくるかのように雲が割れる。

 そこからひときわ大きな雷が海に落ちてきた。


 「いッ!」


 何十トンの火薬を爆発させたかのような、音の爆発と表現できるほどの爆音が響いた。

 爆音だけで人を殺せるのでは無いのか、それほどの衝撃が身体を襲う。

 鼓膜が割れなかったのはこの身の不思議パワーのお陰だろうが、頭がキンキンと鳴り平衡感覚が消える。

 

 「うま、く立てねぇ」


 雷鳴が鳴り止み、静けさを取り戻したその一時の南条の気の緩みを突いたのか上空から南条にめがけて雷が降ってきた。

 それをまともに動かない身体を地面に投げるようにして南条は躱す。


 「チィッ、やっぱり狙ってくるか」

 『だが、狙いが正確過ぎる。恐らく獲物は雲の上では無く、地上に落ちてきているはずだ」


 ふらつく足と頭を気合いで押さえ込み立ち上がる。

 相棒に言われて周囲を見渡すがこれといったものが見当たらない。

 南条の神憑きになって以来人外レベルで上昇した視力でも見つける事が出来ない、となると……


 「遠くに落ちたか?」

 『いや、そこまでの距離でも無いはずだ。それよりも南条、あまり目に頼りすぎるな」


 人外レベルの視力とは遠くを見渡すだけでは無い、見えない物を見たりする事が出来るのだ。

 普段は抑えているが赤外線やら紫外線などの人間の視覚では感知不可能な物から、いわゆる魔力のようなファンタジーエネルギーすらもこの目は見ようとすれば見ることが可能だ。

 そんなハイスペックな目を持っていても見ることができなのは何故かと首をかしげる。


 『視覚を騙す奴や感覚を狂わせる奴はざらだからな、余り目を過信しないようにする事だ』

 「とは言え、どこぞの狩猟民族じゃあるまいし光学迷彩なんぞしてないよな。流石に。」

 『言っただろ、そんな奴はざらだと。天候を操る程の者ならばそんな物は朝飯前だろうさ』

 「じゃぁ、如何しろと? 当てずっぽうじゃ流石に困るぞ」

 『目だけじゃなく感覚を大事にしろ、今なら相手は此方に敵意ましましだからな。此処で相手の敵意を感じる訓練に丁度良いかもしれん』

 「実践で訓練なんぞしてたまるか!」


 戦闘が始まる前にこんな巫山戯た会話するのもいつも通りとは言えどうかと思ってしまう。

 そんな事を思っていると己の勘が方向を示す。そこに己の敵が居るのだと本能が音を鳴らした。

 最大の警戒を持ってその方向に顔を向ける。

 しかし、その方向の先にいるものを見て手足から力が抜ける。


 「なっ!」

 『ウーム……』


 先程八郎太郎の言っていた感覚。

 八郎太郎は、それらは戦闘行為をしているうちに勝手に身につく物と言っていた。

 敵の位置を本能的に察知する感覚、攻撃を予測する勘、弱点を見抜く勘。

 相手の考えていることが何となく分る感覚。

 南条自身、それらは言われるまでも無く使っていたことだ。

 未だ未熟とは言え戦闘におけるこの手の勘のお陰で何度も助かっていたのでそれなりに信用しているのだが……。


 「おい、()()は流石に違うよな」

 『いや、アレだ。アレであっている』


 視線の先に海に浮かぶ毛玉が浮かんでいた。

 薄い茶色の楕円形のボール。ラグビーボールに毛皮を着せたらそうなるだろうと思う物が浮かんでいた。

 人並み外れた視力がそれを細かいところまで観察してしまった。

 丸みを帯びた茶色い柔らかそうな毛並み、頭から出た丸い耳、頬のふくれた丸顔、つぶらな瞳に身体に比べてかなり小さい手足。

 サイズこそ違うがどこかで見たことがあるそれは。


 『アレが今回の獲物。雷獣だ』

 「ハムスターじゃねーか!」


 どう見てもハムスターだった。

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