神代の恋って、ロマンチックだよね! 6
帰り道である。
私は七樹と並んで歩いている。
諸君! 私は七樹と並んで歩いている!
どうよ!
彼氏と一緒に下校だよ!
このリア充感!
「……その怪しい踊りをやめないか?」
「いやあ。自慢したかったんで、つい」
だってさあ、七樹って陰キャ王だけど、顔は良いんですよ。
スタイルも良いんですよ。
これ脱がしたら、けっこー良い筋肉してると思うよ?
「お前は自慢するために踊るのか……」
「やった。やった。やった」
「ごめん。それちょっとネタが判らない」
頭を抱えている。
めんどくさい男だ。
「二〇〇〇年くらいにやってたコントだよ。葉っぱ一枚あれば良いんだよ」
「ネタの解説を求められていると思ったんだ……」
げっそりしちゃった。
ワガママである。
せっかく説明したのに。
「つーか、七樹は嬉しくないの? 初彼女じゃないの?」
「初だけどよ。なんで喜びを全身で表現しないといけないんだよ……」
嬉しいからに決まってるじゃん。
こいつバカだから判ってないだろうけど、ものすげーことなんだよ。
小学校のころに好きだった相手が、じつは神話時代からの運命で結ばれていたって。
私はさほどロマンチックな思考の持ち主じゃないけどさ。
まるで乙女ゲームみたいじゃないか。
じっと見つめる。
「子供の頃から、七樹が好きだった」
「きゅ、急に真顔になるのやめろ!」
しどろもどろになって左手で顔を隠しちゃった。
防御力低すぎないか? あんた。
そんなんでスサノオに勝てんの?
あ、すでに一回負けてたっけ。
「問題はこれからよねぇ」
「だな。警察だって任意同行だし。すぐ戻ってきちまうだろうな……」
「……あ、うん。そうだね……」
「ん? そのことじゃないのか?」
言えねえ……。
金持ちのアンタと母子家庭のうちじゃつりあわないんじゃないか、とか考えてたなんて。
絶対に言えねえ。
どんだけ先走ってんだよ。私。
「いやいや。いやいや。そのことだって。やだなぁ。なにいってんだよ。七樹さんは」
「むしろ美咲が何だ? 違うこと考えてやがったな」
くっそ。
変なところで鋭いやつめ。
とはいえ、そっちも問題ではあるよね。
スサノオは逮捕されたわけじゃない。
つまり警察は彼を拘束することができないわけだから、帰ると言われたら解放するしかないのだ。
もちろん疑念が晴れたわけじゃないし、当然のようにマークはされるだろうから今後は動きにくくなるだろうけど、それだけなのである。
表立って動けないなら裏に回れば良い。
じっさいスサノオにはそれを可能にする能力がある。
今回は、ああいう派手なことをしたから足下をすくわれた。
あいつに頭があるなら、当然のように戦訓を得るはずなんだ。それを活かせないような相手なら、ぶっちゃけなんにも怖くない。
勝手に自滅するだろう。
「たぶん次は、こんなに上手くはハメられない」
「どんな手でくると思う?」
「闇討ち」
「直接すぎるな」
うん。
でも、もう人を操るのは無理なんだ。
どうしてかっていうと、今回の件で彼は完全に手札を封じられたから。
もう彼の言葉は信用されない。
仮に操っていなくても、他人の目には操っているように見えちゃう。
ていうか、もう学校にはこないと思う。
きたら総攻撃だろうからね。
生徒や先生の記憶を操作でもしないかぎり、忘れるわけがないんだから。
それをひっくり返そうと思ったら実力行使しかない。
番長になって学校を支配するとか。
「いやいや。マンガかよ」
七樹が苦笑する。
そりゃそうだ。
マンガとかアニメとかで、よく学校を支配するみたいな描写があるけど、現実にはまったく意味がない。
高校なんて、だいたいは三年で卒業するからね。
そんな期限付きの場所を支配してどーすんのって話さ。
そもそも学校なんて、いかないって選択を取れる場所だしね。
「だから闇討ちなんだよ。警察と敵対しちゃったって短絡したら、裏社会に接近するかもだけどね」
私は肩をすくめてみせた。
正直、そうなったらちょっとめんどくさい。
ヤクザでも暴力団でも良いけど、ああいう人たちって手段を選ばないだろうから。
母親や弟に危害を加えられるのは非常に困る。
「高校生とは思えない先読みですね。それでまだ覚醒していないというのですから、驚きです」
唐突にかかる声。
さっと七樹が前に出て、私をかばうように両手を広げる。
むちゃくちゃ格好いいけど、そこに立たれると私なんにも見えないんですけど。
「……何者だ?」
地の底から響くような声で威嚇する。
私は七樹の背後に隠れながら、正面に視線を送った。
立っているのはスーツ姿のおじさま。
すらりと長身で、口元の美髭がおしゃれな感じ。
「怪しい者です。名を安藤と申します」
自分で怪しいって言っちゃった!
怪しいおじさまに案内され、私と七樹は喫茶店に入った。
や、同行したくなんてまったくなかったけど、なんか事情を色々知っていそうだし。
「……で、なにものなの?」
ありふれた喫茶店のありふれたボックス席に腰掛け、訊ねる。
安藤さんと名乗ったけど、どう考えてもただの人間じゃないよね。
「そうですね。世代が違うので面識はないかと思うのですが、私もそちら側の記憶を持つものです」
ほほう。
世代ときましたか。
もちろんそれは、今の年齢のことではないだろう。
私は視線で先を促した。
「木花開耶といって、判りますかな?」
えーと。
ちょっとまってね。
私は鞄からごそごそと携帯端末を引っ張り出した。
きいたことはあるんですよ?
あるんですけど、さすがにソラでは出てこないです。
横を見ると、七樹も携帯端末をいじっている。
だよね!
高校生の知識量なんてそんなもんだよね!
でも、アンタは八岐大蛇の知識もあるよな。電子機器に頼るなよ。伝説のドラゴン。
あった。
木花開耶姫。木花咲耶って書く方が一般的らしいね。
天照大神の孫の瓊瓊杵尊の奥さんだ。
で、神武天皇のお祖母さん。
ようするに日本の天皇家の直系の先祖ってことだね。
「つーか女神じゃん……」
ものすげー美人の女神様じゃん。
なんで格好いい髭のおじさまになってんのよ。
「今生において性が変わっている神はけっこうおります。私の知っているところでは、八意思兼が女性に転生していますよ」
「まじかー 七樹が女の子になっちゃう可能性もあったのかー」
「なんで俺を引き合いに出した?」
ジト目で見つめてくる七樹。
まあ、そうならなくて幸いだ。
私に同性愛の趣味はないからね。
スサノオもオロチもクシナダも、みーんな女の子ってんじゃ、どこの美少女ゲームだよって話である。
「素戔嗚尊が転生したのは、すでにご存じかと思います」
じゃれ合いに入ろうとする私と七樹に、こほんと安藤氏が咳払いして注意を喚起した。
まあ、ご存じもなにも一戦交えている。
「じつは、それは非常に厄介な事態なのです」
「というと?」
もちろん厄介ではあるよ。私にとって。
「主神級は本来、転生しません。人の生の間とはいえ、高天原を空けるというのはあまりよろしくありませんので」
主神ってのは、アマテラスとかツクヨミとかスサノオとか、よーするにえらい神様のことらしい。
すんませんね。私はくそ地味なクシナダで。
七樹なんて、神様どころかモンスターだし。
「なんか言いたそうだな? 美咲」
「べっつにー?」
ともあれ、いくら八百万もいる日本の神様でも、主神級ってのはそれなりに忙しくて、人間に転生して遊んでるってのはNGらしい。
人間の命なんて、せいぜい百年くらいなんだけどね。
「素戔嗚尊の転生に関しては、高天原でも問題視されました」
「まあ、そりゃそうよね」
現実問題として、さっそくトラブル起こしちゃってるしなあ。
どんだけ問題児なんだよ。
おとなしくしていられないのか? あいつは。
「驚愕ですよ。転生して一週間も経たないのに警察のご厄介になるとか」
やれやれと安藤氏が肩をすくめる。
高天原としては、事態を憂慮せざるを得ない。
人間界には不干渉ってのが、基本姿勢らしいんだ。
自分で事件を起こしちゃうとか、もうね。ありえないってレベル。
「主上は大変に嘆かれ、もうちょっとでまた天の岩戸に引き籠もってしまうところでした」
「いやいや。それはそれでどうなのよ? 天照大神」
嫌なことがあったらすぐ隠れるってのは問題だと思うよ?