神代の恋って、ロマンチックだよね! 5
七樹と一緒に教室に戻ると、なかなか信じられない光景が展開されていた。
王様みたいに座った転校生と、でろーんとしなだれかかる涼夏先生。
周囲には女子たちが侍っている。
なんすかね。このハーレム状態は。
つーか男子たちはどこに消えた?
「やっと戻ったか。美咲」
もごもごと口を動かしながら、こっちを見る。
なに食ってやがるんだ、と思ったら、彼の周囲には弁当箱が散乱していた。
生徒たちから奪い取ったのだろう。
うん。
他にもっと献上させるものあるだろ?
なんで弁当奪ってるねん。
あと涼夏先生。あーんとかしてやらない。
教室で女教師を侍らせてる男子生徒の図って、ある意味でメイドカフェとかより痛々しいから。
「あんたに呼び捨てにされるいわれはないわ。ちゃんと様をつけなさい。早来某」
強気に言い放ってやる。
七樹が一緒だからね。
格好悪いところは見せられないべさ。
こんなんでも、生まれてはじめてできた彼氏だもの。
「様て……」
「あと、台詞の前後にはサーをつけなさい」
「それはあきらかに間違ってる」
いちいち横から七樹がツッコミをいれる。
あんたは誰の味方じゃ。
面食らったように、目をぱちくりする早来伊吹。
「記憶が戻ったわけではないようだな。美咲」
「様つけろ!!」
むっきーって怒鳴ってやる。
私けっこう危ない人っぽいな。
まともに相手にしない、という方針を立てたのだ。
相手は無茶苦茶なやつなんだから、こっちが常識的な反応をしたら不利になるだけ。
より以上に頭おかしい態度で臨む。
「はいはい。美咲様」
呆れたように早来伊吹が苦笑する。
「サーはどうした!!」
「……ふざけてんのか?」
「当たり前でしょ。なんでアンタみたいなのを、まともに相手しないといけないのよ」
私は唇のはしを持ちあげた。
ぶっちゃけ、宣戦布告をするつもりで教室に戻ったのである。
相手のペースになど、絶対になってやらない。
「……良い度胸だ。楽に死ねると思うなよ? 前以上のなぶり殺しにしてやるぞ」
ぞわっとするような笑みを浮かべる。
本気でやべーやつだなあ。
告白しちゃってるじゃん。奇稲田姫を殺したのは自分だって。
怖い怖い。
けどね、スサノオ。
現代社会において、その怖さは諸刃の剣だよ。
「一応きいておくけどさ。男子たちはどこにいったのよ?」
「邪魔だからな。帰したさ」
「OK。それで充分よ」
にっと笑った私は、がらりと教室の引き戸を開いた。
廊下に待機していた先生たちが入ってくる。
「な!?」
驚愕の表情をスサノオが浮かべる。
私が何の策もなく教室に戻ったとでも思ったかい?
そんなわけないでしょ。
「聞いての通りです。この早来某って男は、たぶん変な薬でも使ったんじゃないですかね」
信じられないものでも見るような目の先生たちに、私が勝手な解説をしてあけだ。
そりゃね。
ここまで異常な光景を見ちゃったら、麻薬とかそういうのを疑うよね。
神通力なんてものを信じる人は、現代社会にはいないんだよ。スサノオ。
「きさま……」
「あと、殺人予告も録音しました」
制服のポケットから携帯端末を取り出して、再生してみせる。
なぶり殺しが云々ってくだりだ。
怖いですねぇ。
この人、面と向かって殺すとか言ってますよ。
「いやあ。俺には美咲の方が怖いけどな?」
苦笑した七樹。
「警察にも連絡済みだ。終わりだな。早来伊吹」
トドメを刺しにいく。
いやいや。あんたもなかなかのもんだと思うよー?
やがて、事務員さんに案内された制服警官が教室にやってきた。
能力的に不利な七樹と記憶が戻ってない私。
この状態で正面から戦おうってほど、私の頭の中はトロピカルでもパラダイスでもない。
むしろ、平成の世の中で異能バトルとか、ありえないっしょ。
その意味では、すでにスサノオはファウルラインを超えちゃっているのだ。
ホームルームのときに涼夏先生を操っていたっぽいからね。
そして反則をしたプレイヤーが、審判から注意なり警告なりされるってのは理の当然。
もちろん審判は私や七樹じゃない。
社会構造そのものだ。
職業は神様ですってのは、残念ながら通用しないのです。
私も七樹も早来伊吹も、身分はただの高校生でしかない。
それが教師を操ったり女子生徒を侍らせたり男子生徒を勝手に家に帰したり、誰がどう見たって異常事態だ。
神の力で操りましたー なんて言い訳は通用しない。
普通に麻薬とか使ったんじゃないかって疑われるだろう。じっさいこんなふうに人間を操ることができる麻薬があるのかないのか、なんてのは、後からの検証になる。
いやまあ、薬物の反応なんて出ないだろうけどね。
でも現実問題として複数の人間が操られた。
そこになんらかの科学的な理由付けをするのが現代文明ってものですよ。
集団催眠とか、そういう結論になるにしても、しばらくの間は早来伊吹は拘束されるだろう。
事情を聴かせてもらう、という名目で連行されてゆくスサノオの転生者に視線を送りながら、私はせいぜい怯えた表情を作っていた。
もっのすごい睨まれてますけどね!
七樹が手を握っていてくれるから、そんなに怖くはない。
ただ、ちょっと残念なのは、警察官を相手にこの男が特殊能力を使わなかったことだ。
ここでキレて大暴れしてくれた方が、話は簡単だったのに。
「さすがにそこまでバカではなかった、ということだろうな」
耳元でささやくように七樹が言う。
私は軽く頷いてみせた。
アニメやライトノベルなんかでは超能力者が万能の存在みたいに無双しちゃってるけど、じつはそんなことはない。
ああいうのはファンタジー世界だからできることで、平成日本では不可能である。
どちらかというと、追いつめられ狩られる存在になってしまう。
八十年代のSF作品みたいにね。
べつに日本人に限らないれけど、動物ってのは異質なものを嫌うから。
アルビノの人が差別されたり迫害されたりするのと一緒。
ましてなんらかの力を持っている、なんてことになったらどうなるか、推して知るべしってやつだろう。
「私としては、この場を切り抜けるために超能力無双とかやらかして、国家機関に追い回され、捕まったあげくに人体実験されて死ぬ、って結末を期待したんだけどね」
「えげつな……」
「まともに戦って勝てるなら、私だってそうするけどさ」
「そうか? 勝てる状況になっても美咲は搦め手を使いそうなんだけど」
「搦め手じゃないよー? ハメ技だよー?」
「悪化してるじゃねえか」
七樹が肩をすくめる。
ともあれ、異常事態の元凶は警察に連れて行かれた。
残された私たちは通常授業、ってわけにはさすがにいかない。
男子生徒は帰宅させられちゃってるし。
いったんは解散って流れになるかな。
涼夏先生は病院に連れて行ったほうがいいだろうしね。
麻薬とかじゃないって私たちは知ってるけど、スサノオの使った神通力がどんな悪影響を及ぼすかわかんないから。
つーか、涼夏先生が廃人とかになったら絶対に許さないぞ。スサノオ。
「櫛田くん。山田くん。ちょっといいかね」
「あ、はい」
声をかけられて振り向くと、だいぶ頭が寂しくなった恰幅の良い男性が立っていた。
校長先生である。
事情聴取かな?
「なんともおかしなことになってしまったが、話をきかせてもらえるだろうか。どうやら君たちくらいしか正気を保っていないようだ」
女子生徒たちと涼夏先生はぼーっとしちゃってる。
男子生徒はいない。
「まあ、私たちは現場にいませんでしたからね。保健室にいたんで」
軽く頷いてみせる。
説明したのは、朝のホームルームで転校生に絡まれたこと。
その時点で涼夏先生の様子はおかしかったこと。
私は間一髪で七樹に助けられたけど、気を失ってしまったので保健室に運ばれた。
教室に戻ったら異常な光景が展開されていたので、教師とか警察に連絡した。
「という次第ですね」
べつに私は嘘は言っていない。
事実のすべてを語っていないだけだ。
転生が云々って話は信じてもらえるわけがない。それどころか、こっちが異常者だと思われちゃうからね。
「校長先生。美咲も疲れているので」
「あ、ああ。そうだな」
上手いタイミングで七樹が合いの手を入れてくれる。
さすがですな。
我が彼氏どの。