神代の恋って、ロマンチックだよね! 4
私は童女だったらしい。
神話時代の童女というのが何歳くらいを指すのか判らないが、さすがにティーンエイジャーってことはないだろう。
普通に考えたら五歳とか六歳とか、そんな感じ?
うん。ちょっと落ち着こうか。
「わしの記憶がたしかならば、スサノオはクシナダを嫁にもらうって条件でオロチ退治をしたんじゃなかったかのう」
「大丈夫だ。間違っていないぞ。じっさい嫁にして、ヒャッハーな気分を歌にしてるしな」
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を
日本最古の和歌らしい。
「……歌の意味は?」
おそるおそる訊ねてみる。
悪い予感しかしないんだけど。
「すげー雲が浮かんでる。まるで八重垣みたいだけど、俺がこれから嫁とやりまくる家にも閉じこめておくための厳重な八重垣を作ってるぜ。くらいの意味だな」
いやぁぁぁぁっ!
変態だぁぁぁ! ロリコンだぁぁぁぁっ!!
なんなのその気持ち悪い歌!
五、六歳の女の子をお嫁さんにして、生け垣で防音もばっちりだからやりまくるぜって気合いを歌にするとか!
通報して!
もしもしポリスメン!!
「こわい! きもい! それ私どうなったのよ!」
両腕、鳥肌びっしりですよ。
「すまん美咲。それは俺にも判らないんだ。殺されてしまった後の話だからな」
さすがに気まずそうに七樹が言う。
表情から判ってしまった。
絶対ろくな目に遭ってない。
ていうか、あの転校生なんて言ってたっけ。
良い声で鳴く玩具とか。
うっわ。
推して知るべしじゃん。
「ただ、おそらくという域を出ないけど、早死にしてしまったんじゃないかとは思うんだ」
「なんで? えろえろとひどい目に遭わされたから?」
「あのなぁ……女子なんだからもうちょっと言葉選べよ。そういうのもあるだろうけど、スサノオとクシナダの子供って一人しかいないんだよ」
八島士奴美神っていうらしい。
あんまりきいたことのない名前だけど、大国主神に連なっていく系譜なんだってさ。
まあ日本の国津神の主神だね。
ただ、一人ってのはすごく少ない。
「産後の肥立ちが悪かったのか、あるいは低年齢出産だったから母体が耐えられなかったのか。その後の出産記録がないし、スサノオが別の妻を娶っていることを考えても、な」
「早逝したって考えるのが普通ね」
言いづらそうにする七樹に、私は頷いてみせる。
こいつはちょっとヤバイ相手だ。
ドラゴンが保護していた女の子をヨコシマな目的で奪うだけでもすごいのに、それを正当化するために色々捏造しまくっている。
どこの神話でも、神様ってもんは人間のことなんぞまったく考慮していないが、こいつのは極めつけだ。
「考えてみたら、オロチ退治だけが妙に浮いてるのよね」
「高天原でのご乱行の方が、あいつの本性だろうさ」
かなりの暴れっぷりで、神殿に大便を撒き散らすわ、用水路を破壊して田圃をダメにするわ、馬を生皮を剥いで殺してその死体を女神たちの作業場に投げ込むわ。
ショックで女神が死んじゃったりもしてるから、かなり洒落にならない。
あまりのことに、天照大神が天の岩戸に隠れてしまったくらいだ。
それが地上に降りたら一変して正義の味方である。
困っている老夫婦を助け、悪竜を退治し、宝剣を献上し。
「ないね」
「ああ」
ふつうにありえない。
七樹の言うとおり、悪神というのが本性だろう。
問題は、その悪神に私が目を付けられているということである。
どうしよう……。
「七樹があの転校生をやっつけてくれるとか、そういうサービスはないの?」
「そうしたいのはやまやまなんだけどな。俺、いっかいあいつに負けてるからなあ」
自信なさげである。
弱気になるなよ。
だいたい、負けたっていっても、あんなの騙し討ちじゃん。
お酒飲ませて眠らせて、その隙に切り刻むとか。
「卑怯な戦法で負けたってだけでしょ」
「戦いに卑怯もへったくれもないさ。勝ったやつの勝ちだ」
肩をすくめる七樹。
や、そりゃそーなんだろうけどさ。
正義の味方の戦い方じゃないっしょ。
格好良く戦って負けるより、どんなに泥臭くても石にかじりついても勝つって方が立派だと私も思うけどさ。
それは反則して良いよって意味じゃないと思うんだよね。
食べ物に毒とか仕込んで相手を弱らせるーなんて方法で勝っても、すごい! 立派! かっこいい!! とはならないって。
「……俺も油断していたしな。まさか村人連中が抱き込まれているとは考えなかった」
毒酒を差し入れた連中のことだろう。
たぶん七樹っていうか、オロチは信用していたんだ。
たから計略にはまった。
「でもさ、まともに戦ったら七樹の方が強いってことだよね。そうじゃなかったらこんな小細工をするわけがないし」
「ところがそうでもないのさ。俺の属性はドラゴンだからな」
属性とか、また中二病くさいことを言いだしたぞ。
この陰キャドラゴンは。
「どういうこと?」
「竜は英雄には勝てないんだよ。古今東西、どんな神話でもな」
強大な力をもったドラゴンをやっつけることで、より英雄の強さをアピールできるらしい。
まあそれは神話に限らないよね。
マンガやライトノベルだって主人公の強さとか際立たせるために、強敵をやっつけるわけだし。
話を盛りすぎて、滑稽なことになってる作品もあるけどね!
ただ、神話の存在である八岐大蛇や素戔嗚尊にとっては、そういう部分ってかなり重要なんだって。
自己同一性に関わる部分だから。
「でも、転校生は退いたっぽいじゃん?」
私は見てないけど。
気絶しちゃったから!
「そこは、さっき美咲が言ったことに繋がるんだ。騙し討ちで倒したっていうやつな」
「ぬう?」
「騙し討ちをしなければ勝てなかったのか、という疑念。それがやつを縛る鎖になる」
ううーん。
判ったような判らないような。
ようするに、正々堂々とした一騎打ちの結果として倒したわけじゃないから、実力において勝るものという証明がない、と。
それはつまり、英雄神であるスサノオの優勢を否定する材料となってしまう。
七樹が言ったとおり、本来であれば、竜と英雄なら後者にアドバンテージがあるのに。
「なんかめんどくさい設定ねえ」
「設定いうな。つーか転生者なんてたいていめんどくさいんだよ。いろんなもんに縛られてるからな」
「それって私も?」
私の問いに七樹が頷く。
記憶が戻れば、使える権能とかも判ると。
はて。
クシナダ姫に特殊能力なんぞあったじゃろうか?
スキルブーストとか?
いやいや。なんかのゲームじゃあるまいし。
「ともあれ、これからは七樹が守ってくれるんだよね?」
「当たり前。問題はあるけどな」
「問題って?」
「守るってことはずっと一緒にいるってことだからな」
そりゃそーだ。
笛を吹いたら駆けつける、なんてわけにはいかないだろう。
そもそも、七樹が駆けつけるまでの時間を私に稼げるはずもない。
さくっとさらわれちゃう。
「したら……つきあってるとか思われたりとか……」
ごにょごにょ言ってる。
大丈夫か? 八岐大蛇の転生者。
どんだけ純情ボーイなのよ。
「なにさ? 私と付き合ってって言われるの、ヤなの?」
「嫌じゃない!」
「おうふ」
くわっと目を見開いて断言するから、ちょっとびっくりしちゃった。
まあ、私だって嫌じゃないし。
つーか中学の頃とか、普通に好きだったしね。
イケメンだから!
暗いけど、顔は良いから!
「ならいいじゃん。付き合っちゃおう」
「えー……なにそれ……簡単に決めすぎじゃね……?」
ぶちぶちと不満を漏らす。
もっと盛り上がりが欲しいとか、恋人になるためのイベントをこなしていないとか。
バカじゃねーの?
「はっ! うぶなネンネじゃあるまいしっ」
「いや。俺もお前も普通に未経験だと思うんだけどな?」
「細けえことはいいんだよ!」
まったく。
女から告らせるなんて、甲斐性なし。