星降る夜の告白は、リリカルだよね! 1
夏になった。
相変わらず、綱吉は私たちと一緒にいる。
自由だな残留思念。
「美咲。海いこうよ海」
雪那が絡みついてきた。
暑いんだからくっつくな。
「金がない」
私だって遊びにいきたいけど、無い袖は振れぬのじゃよ?
「美咲。山いこうぜ山」
伊吹も誘う。
あんたらセリフがほとんど一緒じゃん。このリア充め。
爆ぜろ爆ぜろ。
「金がない」
私だって遊びにいきたいけど、無い袖は振れねーんだよ。
何度もいわせんじゃねーよ。
「いっそ海外いくか。金は俺もちで」
「七樹、好き」
これだ。こうでなくては。
この太っ腹なところが良いんだよ。
「バブル時代にはね。伊吹。アッシー君とかメッシー君とか呼ばれる人種がいたんだってさ」
「それはあれか? 七樹のような存在のことか?」
「うん。たぶん」
「哀れな……」
雪那と伊吹がなんかぼそぼそ言ってる。
しかしその知識は間違っているぞ。
ミツグ君っていうんだよ。
「よし美咲。なにか言い残すことはあるか?」
ぴきぴきと青筋をたてた七樹が、私のこめかみに拳を当てた。
「あ、いや。まって。話せばわかる」
「問答無用!」
「ぃぎゃーっ!! 言い残すことはって言ったくせにぃぃぃぃっ!!」
ぐりぐりとひねりこまれる。
いたいいいたい!
死ぬから!
「愚かな。雉も鳴かずば撃たれまいにのぅ」
なんだか悟りきったように言って、綱吉が後ろ脚で頭を掻いた。
論評とかいいから、たすけて。
ちなみに、海外に行くというプランは、発動のはるか手前で頓挫を余儀なくされた。
七樹が機嫌を損ねたから、ではなく、私と伊吹はパスポートなんぞ持っていないからである。
つーか、なんで七樹と雪那は持っているのか。
あ、いや、理由なんていわなくて良いよ?
海外に行かないなら、そんなもん必要ないもんね。
けっ。
このセレブめ。
あ、綱吉もパスポートはもってないよ。犬だから。
「それ以前の問題として予は霊体じゃ。税関で止められることなどない」
もっともである。
保安検査所に幽霊センサーとかが設置されないかぎり大丈夫だろう。
「むしろ、七樹と伊吹の武器の方がやばいよね」
草薙剣と天羽々斬剣のことである。
金属探知器に引っかかっちゃう気がする。さすがに。
「アストラルに収納してるんだから平気だと思うけどな」
中二病くさいことを言って七樹が首をかしげる。
実験したことはさすがにないらしい。
彼がハワイに行ったのは、まだ草薙剣を返してもらってなかった時代らしいからね。
「海外とは言わないけど、せめて海くらいは行きたいよね」
姐御が肩をすくめてみせる。
だーから、金がないっていうとるやろが。
安藤氏からもらった報酬だって、高校生が手にしても良い程度の額だったしね。
常識的な美髭の紳士なんだよ。
で、そのお金は、みんなで千葉にあるテーマパークにいったときに使っちゃったじゃん。
今のわしはすっからかんじゃ。
逆さまにして振っても、なんにも出ないよ。
せいぜいスカートがめくれてぱんつが見える程度だね。
「じゃあ、うちの別荘にでもいくか? 和歌浦だから海はあるぞ」
「別荘!?」
「ふざけんなっ! ふざけんなっ!」
私と伊吹が憎しみの地団駄ダンスを舞った。
言うに事欠いて別荘ですよ。
どんだけセレブなんだよ。
「まあまあ。宿泊費がかからないならラッキーじゃん」
姐御が慰めてくれる。
相変わらず肝の太いお人である。
「べつに別荘くらいで大騒ぎすることもあるまいにの」
これは綱吉のセリフだ。
そりゃあんたは将軍だったんだから、別荘だろうと大奥だろうと持ち放題だろうよ。
「ただ、車が出せないから、移動が公共交通になるんだけどな」
執事さんもメイドさんも夏休みに入っちゃうんだってさ。
ばつが悪そうに七樹が頭を掻いた。
まあ、遊びに行くから休み返上で車を動かせや、とはいえないよね。
こればっかりは仕方がない。
「他に免許のある知人はおらぬのか?」
毛繕いをしながら綱吉が訊ねる。
私たちは高校生なので、交友範囲だってだいたい同年代に絞られてしまう。
なかなか難しい問題だ。
まともでない方の付き合いなら、大人は何人かいるけど。
「菅江さんとか?」
「あれはダメじゃな、〆切がぁぁぁとか泣いておったからの。遊んでる暇などはあるまい」
「ありゃりゃ。ご愁傷様」
私は作家の仕事というのを知らないけど、〆切とかに追いまくられているんだろうなって想像くらいはできる。
となれば、あとは安藤氏くらいしか心当たりがない。
カルラさんとかはダメ。
あんなダイナマイバディなお姉さんがきたら、私なんてぜったい水着になれないじゃん。
雪那ですら霞んじゃうんだから。
「公共交通を使うかどうかは、安藤の予定を確認してからでも良かろうな」
「どうして綱吉は車にこだわるんだ?」
伊吹が首をかしげる。
たしかにね。べつにどっちでも良いと思うけど。
公共交通にしたって、切符代は七樹が出してくれるだろうしっ。
出してくれるだろうしっ。
「いっそ清々しいまでにたかる気満々ね。美咲」
「だってお金ないもん。交通費を作る方法なんて、パンツ売るくらいしかないんだぜ」
「出すから。出すからお前は変なこと考えるな」
間髪入れずに七樹がたしなめてくる。
あんたは私をなんだと思ってるんだ? さすがにそんなことはしないよ? たとえ話だよ?
「……まあ、美咲は追いつめられたら、平然とやりそうだけどね」
「……判ってくれるか姐御。俺の危機感を……」
おめーらなぁ。
「和歌浦に限らぬが、リゾート地というものは、たいていは田舎なのじゃよ。伊吹や」
「まあ、そりゃそうだな」
こっちは一匹と一柱の会話だ。
ふむふむと頷いちゃってる伊吹は、なんか綱吉の弟子みたいに見えるね。
「東京のような公共交通の充実は、期待できぬということじゃよ」
あー。
旅番組とかでよく見かけるね。
次のバスまで一時間もある。どうしよう。みたいなやつ。
で、時間あるからって遊んでいて、間に合わなくなったりね。
でもあれってフィクションでしょ?
「おぬしは何を言っていおるのじゃ。美咲よ。テレビ局のクルーがいけるような田舎なぞ田舎でもなんでもないわ。せいぜいがなんちゃって田舎といったところじゃろうな」
はん、と、やたら可愛らしい仕草で綱吉が吐き捨てた。
反則級である。
「バスが一時間に一本? ずいぶんと大都会じゃな」
「いやいや。大都会て」
「一日に三本以下になったら、田舎と認めてやっても良いがの」
それは生活していくのが困難なレベルじゃね?
なんとはなしに私は雪那に視線を送った。
彼女も同意見なのか、肩をすくめている。
「それがこの国の現実じゃよ。おぬしら東京人には田舎の不便さは理解できぬじゃろうがな」
だから人がどんどん都会に流れる。
日本の地方都市の多くが、いまや消滅可能性都市なのだと、子犬が説明してくれた。
なんとなく薄ら寒い話である。
もしかしてこの国は、すでに死に至る病に冒されているのではないだろうか。
「まあ、国の将来を憂うのは次の機会にするとしてもじゃ。そんな田舎に、おぬしら都会人が行ったらどうなるのか、という話じゃな」
不便さを楽しむ、という心境にはなかなかなれぬじゃろうよ、と付け加える。
移動も思い通りにいかず、買い物も簡単にはできない。
いらいらが募り、ちょっとしたことでケンカになる。
素人トラベラーがよく陥ることなのだそうだ。
「だから機動力が必要ってことなのか? 綱吉」
「そうじゃよ。足があれば自由度は高くなるからの。実際には使わなかったとしても、安心感が違うのじゃ」
「なるほどな」
神妙に頷く伊吹。
私を含めた他三人も頷いちゃったよ。
なんだこの犬。
旅行の達人か?
将軍さまはツアーコンダクターか?
どこのラノベだよ。
ところで、安藤氏の予定はOKだった。
夫妻で参加してくれるそうだ。
行き先をきいてすげー微妙な声を出してたけどね。
なんなんだろ?




