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私のオロチさま! ~スサノオとヤマタノオロチが同級生!?~  作者: 南野 雪花
第1章 神代の恋とか、ロマンチックだよね!
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神代の恋って、ロマンチックだよね! 3


 それは誤解というものである。


 私は記憶を取り戻してなどいない。

 たんに七樹の言葉と、転校生の態度から類推しただけだ。


 どこぞの難聴系主人公ではないので、ちゃんと言葉は聞こえているし理解もできる。それに基づいて推理を構築することだってできるのである。

 八岐大蛇とか素戔嗚尊とか呼び合っているんだから、そこに女が加わるとすれば奇稲田姫しか存在しない。


 もちろん、七樹と転校生が重篤な中二病患者で、そういう設定で押し通そうとしているのだという可能性もないではないが、さすがに確率としてはかなり低いだろう。


 ていうか、なーんにも因縁とかないのに私に迫ってきたんだとしたら、ぶっちゃけ通報案件だ。

 ゆえに、私の言葉は推理の結果であり、記憶が云々という話ではない。


わひゃっらら(わかったら)ほのへほはらひははえ(その手を離したまえ)ららほんふん(ナナトンくん)


 頬を左右に引っ張られたまま腕を組み、私は解放を願い出た。

 なにしろこのままでは、すべての台詞に字幕が必要になってしまう。


「……誰だよナナトン……」


 もっのすごい疲れたような顔で言って、七樹が両手を離した。

 それはもちろん、七樹とワトソン医師の合体だよ。

 ちなみにワトソンってのは、シャーロック・ホームズに登場する助手的な人物である。


「……そこの解説を求めてると思ったんだ……」


 より一層疲れてるっぽい七樹。


 二十五年くらい勤めた会社を突然リストラされちゃって、こんなの尽くしてきたのにどうして、と、途方に暮れるオッサンみたいな感じ?

 知らんけど。


「まあまあ七樹。そんなに落ち込まないで。すぐに再就職できるよ」

「すまん美咲。俺にはお前の言っていることが、一ミリグラムも理解できない」


 なんか頭を抱えている。

 めんどくさい男だ。


「冗談はともかくとして。助けてくれてありがと。七樹」

「おま……このタイミングで礼とか……反則だろ……」


 微笑する私に真っ赤になってる。

 ちなみにそれは彼だけの専売特許じゃない。


「私だって照れくさいのよ。察しなさいよ」


 なんていうかさ。

 数年ぶりに喋るのだって、お礼を言うのだって、けっこうはずかしいんだよ。

 嬉しくもあるけどね。


 下の名前で呼び合っちゃってるよ。私たち。

 小学三年生ぶりくらい?

 懐かしいねー。


 時間が戻っていくようですよ。旦那。

 あの頃はけっこう仲良くしてたよね。


 でもまあ、いまは小学時代の思い出に浸るより、解決しないといけない問題があったりするんだけど。


「実際のところ、どうなの? 私ってほんとに奇稲田なの?」

「記憶が戻っていないなら説明しても意味がないと思うんだけどな。ていうかむしろ、なんでそんな簡単に受け入れてんだよ。お前は」


 はあ、とため息を吐き、ベッドサイドのオットマン椅子に七樹が座り直した。


 受け入れてるわけじゃないさ。

 けど、聞こえちゃったからね。副音声みたいな感じで。

 素戔嗚尊とか八岐大蛇とか。


 ああいう不思議な体験をしちゃったら、さすがに「美咲、あなた疲れているのよ」で済ますわけにはいかんでしょ。

 そんなバカな、とか言ってるうちに、どんどん退っ引きならない状況になっていくもんだしね。


 妊娠したかも、いやいや、まさかそんな、なにかの間違いじゃ、違う検査薬を使ったら……なんてやってるうちに、あっというまに二十一週と六日(中絶手術可能期間)を過ぎちゃうんだよ。


「なんで妊娠(それ)で例えたのか……」

「ちなみに、あ、こない、やばいかもってなったときは、もう四週目に入ってるから。そこんとこよろしく」

「その説明必要だったか!?」

「現実から目をそらしていても意味がないってことよ」


 どんだけ荒唐無稽でも、中二病でも、七樹が八岐大蛇と副音声っぽいもので呼ばれたのは事実なわけだから、そこを基準に考えないと。


「相変わらず強いな……美咲は……」

「母子家庭じゃもの。たいていの理不尽にはもう慣れっこじゃよ」


 笑ってみせる。

 ほんとは、けっこうぎりぎりだけどね。


 私としては、あんまり伝奇アニメみたいな世界に関わりたくないさ。ごく平凡な学生時代を過ごして、区役所とかに就職して、安定した収入を得る。

 これが理想ですよ。


 けど、関わってしまった以上は仕方がない。

 このまま放置していても、事態は悪くなる一方だ。


 あの転校生(くそやろう)が取ったおかしげな行動のせいで、私はだいぶ目立ってしまった。

 クラスカーストの上位者たちからみたら、かなり面白くないだろう。

 今日にでもいじめははじまってしまう。


 そして担任の涼夏先生は、たぶんアテにならない。

 おそらくすでに転校生(くそやろう)にローラクされているだろうから。

 そうじゃなかったら、突然の席替え指示で私の隣を空けるなんてありえないからね。


 保健室にいる間に善後策を講じる必要があるのだ。

 そしてその立案には、正確な情報が不可欠である。


 正しい判断というものは、正しい情報と正しい分析の上に、はじめて成り立つものなのですよ。ナナトンくん。


「七樹がオロチって設定なのはどうでも良いとして、なんで私を助けたのかってのも疑問だしねー」

「設定いうなよ……」


「日本神話なら逆じゃん」

「まあ……そこを説明しないわけにはいかないだろうな……」





 昔々あるところに、巨大なドラゴンが住んでおりました。

 大変に強く、怖ろしく、人々に忌み嫌われていましたが、あるときそのドラゴンは人間の子供を拾いました。

 口減らしのために捨てられたのか、なんらかの事故で親とはぐれたのかは判りませんが、とにかくほっといたら死んじゃうだろうと判断したため、保護することにしたのです。


 立派な人ですね。竜だけど。

 このドラゴンが八岐大蛇で、拾われた子供というのが奇稲田姫。つまり私なわけですよ。


「つーか、いきなり全否定じゃん日本神話」


 私は苦笑を浮かべた。

 素戔嗚尊の八岐大蛇退治は、日本神話の中でも最も有名なエピソードのひとつだろう。

 高天原を追放されたスサノオは、生贄にされるところだった私ことクシナダを助けて見事オロチを討伐したよーん、というのがだいたいの筋だ。


 クシナダがオロチと暮らしていたなら、生贄ってのはおかしい。


「あれは捏造されたものだからな。うそっぱちさ」


 仏頂面で七樹が言う。

 伝説では毎年一人ずつ娘を食べていったというが、八つの谷と八つの葦原に渡るほどの巨大なドラゴンの食事量が一年に人間一人とか、普通に考えておかしすぎる。

 どんだけ小食なんだか。


「そもそも、なんで好きこのんで人間なんぞ食わないといけないんだよ」

「いや、そこ私に怒られても」


 べつに人間に限らないが、雑食の獣というのは美味しくないらしい。

 私は食べたことがないからわかんないけどね。


 ともあれ、一年に一人食べるくらいでそんな巨体が維持できるなら、ぶっちゃけなんにも食わなくてもOKなんじゃね? という話である。


「いかにも取って付けたようなっていうか、後付された伝説さ。ドラゴンがその身体に見合うだけの肉を食ったら、日本なんぞ七日で人口ゼロだぜ」

「じゃあ何を食べるの?」

「べつになにも食わなくても平気さ。大気や海や大地に宿る魔力を吸収してるからな」


 肩をすくめてみせる。

 つまり生贄を要求する必要なんかない。


 それがすでに足名椎(あしなづち)手名椎(てなづち)の子供を七人も食べたことにされたのは、いかにも邪悪な存在として描くためである。


「じゃあその七人より前は何を食べていたのかって話だしね」

「困っている人を助けた、ということにしたかったのさ」


 七樹が吐き捨てる。

 そうとう恨んでますね。


 けど、そうなってくると、私っていうかクシナダは足名椎(あしなづち)手名椎(てなづち)の娘じゃないってことになるよね。


「娘のわけないって。そもそも年齢が合わないだろ?」


 笑いながら七樹が説明を続けた。

 スサノオが出会ったのは老夫婦。そして『日本書紀』でクシナダははっきりと童女と描かれている。

 いくら八番目の子供だとしても、さすがに老夫婦に童女という年齢の子供は無理があるだろう。


「いくら神話だからってなあ。いくつのときの子供なんだよ」

「けっこう前提からおかしいってことね。でもなんでそんな伝説を作ったのかしら」


 七樹がいうように、取って付けたような後付設定ばかりだ。


「もちろん、あいつがやった鬼畜の所行を隠すためさ」



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