犬が喋るとか、ワンダフルだよね! 8
そんな綱吉からの願いは、仁君っぷりを発揮したものだった。
とある動物虐待事件を解決して欲しい、と。
なんと、都内で起きているらしい。
すでにして二十匹以上の野良猫が犠牲になっている。
で、綱吉は殺された猫たちの霊が悪霊化しないよう、自分の身体に取り込んでいるという。
だから彼は集合霊体なのだ。
「ふざけんなって話よね」
週明けの学校。
ふんすと姐御が鼻を鳴らす。
彼女は事件そのものにも怒っているが、それ以上に、ぬらりひょんと綱吉にも怒っているんだそうだ。
「交換条件なんか出さなくても解決してやるわよ。この雪那さまをみくびんな」
ということらしいです。
ツンデレなので、あまりつっこまないであげてください。
とはいえ、状況としてはあんまり良くなかったりもする。
この場合、法律に基づいて犯人を処罰したところで、あんまり意味がないからだ。
それで猫たちの恨みが晴れるか、という意味合いにおいて。
七樹が教えてくれたところによると、猫でも犬でも良いが、残念ながら人間の法律は理解できない。
まあ、そりゃそうだよね。
当然のように、罪刑法廷主義ってのも理解されるわけもない。
あ、これは、どんな罪でもそれに対する罰は裁判で決めなきゃダメだよってこと。
日本では私刑ってのは許されてないんだ。
殺したんだから殺されても仕方ない、というわけにはいかないのよ。
犯人を特定して、捕まえて、裁判にかけて、それから罰が決まる。
迂遠なようだけど仕方がない。
それが法治国家だから。
すべての罪は、法によって裁かれなきゃいけないんだ。
誰かが勝手な判断で死刑とかしちゃったら、法律なんて意味がなくなっちゃうからね。
んで、人間の私たちですら、ときとしてその罰は軽すぎるんじゃないかって思うことがある。
とんでもない凶悪事件を起こした犯人が、未成年だからって実刑判決を免れたり、罪が軽くなったりね。
人間よりもずっとずっと本能に忠実な動物の霊が、それで納得してくれるかって話。
「まして、動物愛護法の罰則じゃな」
七樹が腕を組んで唸る。
懲役で二年以下、罰金で二百万円以下。
これはあまりにも軽い。
あなたは自分の親兄弟とか友達を殺されて、あるいは自分が殺されて、犯人が懲役六ヶ月とかそのていどの罰でOKですかってゆー問題になってしまう。
「他人が飼っている動物なら、器物破損でも攻めれるがのう。野良ではそのラインも使えぬ」
我がカレシの頭の上では、綱吉も腕を組んでいる。
器用だな。犬の身体なのに。
まあ霊体だから、ポージングは自由なんだろうけどさ。
もちろん彼の姿が見えているのは、私と雪那、七樹と伊吹の四人だけだ。
「器物ってのもせつないけどね」
動物だって命を持っている。
もの扱いとはこれいかに。
「やむを得ぬさ。この国を支配するのは人間じゃからな。同列に置くわけにはいくまいよ」
同列に置いてしまったバカが言うのじゃから間違いない、と、綱吉が皮肉を飛ばす。
なんというか、神様、人間、犬と揃っているチームで、犬がもっとも思慮深いってのは、どうかと思うんだ。
年の功とか言いだしたら、七樹や伊吹の方がずっと年上なのにね。神様の年齢的に。
「なんで自分を除外したし」
ジト目で伊吹が睨んでくる。
だって、私は記憶が戻ってないもん。
ただの女子高生だもん。
「ねー」
「ねー」
姐御と頷きあう。
「ていうかさ、綱吉の時代より平成の方が遅れてね? 動物愛護に関するかぎり」
「それだけ彼が先進的だってことよ。美咲。ぶっちゃけ綱吉ほどの識見とかもった政治家なんて、今の時代にもいないよ」
「だよねぇ」
バカ殿とか暗君とか言われてるけどさ、ほんとにダメな人だったら、元禄文化が花開いたかどうか。
厳格で、武士優先で、庶民のことなんか何にも考えないような、そんな人のわけはないんだよ。
「褒めてくれるのはありがたいがの。事態の解決には半グラムも寄与せぬぞ」
照れくさいのか、綱吉が毛繕いをしながら言う。
こういうとこなんだよなー。
いや犬で良かったと思うよ?
同級生とかだったら、私も雪那も間違いなくぽーっとなってたもん。
「犯人の特定は、それほど難しくないとは思う」
「そうだな。霊体に追わせればすぐだろう」
七樹と伊吹が実務的な話を進める。
問題は、その後なのだ。
犯人を捕まえたとして、それからどうする?
警察に突き出して解決ってわけにはいかない。
仮に懲役二年を喰らったって、それで反省してその後の人生を殺した猫たちの菩提を弔うために使うとも思えないし。
ぶっちゃけ、懲役二年なら執行猶予が付く可能性だって高い。
そしたら、俺は自由だーとばかりに、また猫たちを殺しはじめるだろう。
「社会的に殺すってのはどうかな?」
提案してみる。
たとえば個人情報とかを晒してやるのだ。インターネットとかで。
顔写真とかも添付してね。
もう外を歩けなくなるだろう。
「相変わらずの見事なえげつなさだけどね。美咲。たぶん意味がないよ」
雪那が肩をすくめる。
住めなくなったら引っ越すだけ。
そして引っ越した先で同じようなことをするだけだろう。
住民の移動が制限されていた時代ではないのだ。
「ハメられた恨みつらみで、より以上の虐待をはじめる可能性もあるし」
「それは最悪だ……」
まったく解決になってないじゃん。
考えてみたら、自分より明らかに弱い生き物を虐待するメンタリティの持ち主である。
「それにさ、ネットの力は過信できないよ」
と、付け加える姐御。
ほろ苦い表情で。
ものすごく流れが速い世界だから。
同じ話題が一週間も語られることはない。
拡散力は強いけど、そのぶん消えるのも速いのだ。
「となると、最後の手段しかなくなってしまうんだけどな」
ふう、と、七樹がため息を吐いた。
最後の手段、つまり犯人を殺すということ。
じつのところ、殺された猫たちの霊にとっては、これがもっとも納得できる結論だろう。
しかし、殺人である。
私たちに一線を越える覚悟があるのかって部分になってしまう。
や、方法としてはべつに難しくないんだよ。
七樹にしても伊吹にしても、持ってる力の万分の一以下で、成し遂げることができるだろう。
サイコパスだろうとなんだろうと、相手はただの人間なんだから。
負けろっていう方が無理なくらい。
隠蔽だって難しくない。安藤氏に依頼すれば、これ以上ないってくらい完璧に痕跡を消してくれると思う。
そんな人間なんて元々いなかったよーん、ってレベルでね。
でもさ、簡単にできるからやっちゃって良いかって話なんだよね。
人を殺すのはいけないこと。
私たちはそうやって教育されてきたから。
ある意味で、綱吉が意図したようにね。
「どうしよ……」
「手は、あるよ。美咲」
静かな、とても静かな雪那の声だ。
それは一種の覚悟にも似ていた。
「まさか、もう一度会うことになるとはねぇ」
もっのすごい美人が苦笑する。
カルラ王さんである。
放課後、姐御に呼び出された彼女は、私たちがよく利用する喫茶店にやってきた。
なんと雪那は、仏教の闘神と連絡先を交換していたのである。
びっくりですよ。
あの短時間の会談のどこにそんなことをする余裕があったのか。
どんだけ抜け目ないんですか。
「気まずいのはたしかよね」
返す雪那も苦笑いしている。
妖怪仙狸の陣営にではなく、雪那は個人的にカルラ王さんに連絡を取った。
もちろん理由がある。
クシナダ陣営と仙狸陣営の話ではない、という体裁を保つためだ。
「ていうか、クシナダ陣営ってなに? 私が代表なの?」
スサノオ陣営でもヤマタノオロチ陣営でも、姐御と愉快な仲間でもええのんちゃうんか。
「何でも良いなら、べつにクシナダ陣営でも問題ないってことでしょ」
えー?
なにその論理のアクロバット。
私モブでいいよー。あるいは食事係とか、そんなのでいいよー。
「漫才を見せるために妾を呼び出したの?」
なんともいえない表情をするカルラ王さんだった。
や、私も知らないんですって。
あなたを呼んだ理由は。




