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私のオロチさま! ~スサノオとヤマタノオロチが同級生!?~  作者: 南野 雪花
第3章 犬が喋るとか、ワンダフルだよね!
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犬が喋るとか、ワンダフルだよね! 7


 元禄ってのは天下泰平。戦国の世が終わって、町民文化が花開いた時代だ。


 井原西鶴(いはら さいかく)とか松尾芭蕉(まつお ばしょう)とか近松(ちかまつ)門左衛門もんざえもんとか、私でも名前を知ってるような文化人たちがいろんな作品を発表したし、人々は戦のない平和な世の中を楽しんだんだって。

 でも、問題がなかったわけじゃない。


 これは今の日本だって同じだけどね。

 平和で豊かだからって、犯罪がなくなるわけじゃないからね。


「とりわけ問題だったのは、命が軽かったことじゃな」


 ふうと綱吉がため息を吐く。

 可愛い子犬に、そんな物憂げな表情をされたら困ってしまう。

 ぎゅっと抱きしめたくなっちゃうから。


「命が軽い?」

「うむ。人は死ぬのが当たり前、という考えじゃな」

「んー? むしろ当たり前じゃね?」


 私は首をかしげた。

 そりゃ死ぬでしょうよ。この世に死なない生物なんかいないし、壊れないモノなんかない。

 七樹や伊吹だって、身体は人間なんだからいつかは死ぬ。

 もちろん私もね。


「意味が違うよ。美咲」


 くすくすと雪那が笑う。

 ここでいう当たり前というのは、死ぬのが当然なんだから助ける必要はない、という意味らしい。


 少し考えて、私ははっとした。

 ちょっと待って。それって……。


「そうじゃ。たとえば病人が出たらそのまま外にポイ捨てじゃし、生まれた子供が経済的な理由などで育てられなければ普通に捨てられておった」

「そんな……」

「そもそも、基本的人権などという言葉もない時代じゃよ」


 ぶっちゃけた話、子供なんて犬や猫と同じ。

 育てられなければ捨てるだけだった。

 しかも避妊とかの知識だってない時代だ。日が暮れてしまえば、男女がやることなんてひとつしかない。


 ぽこぽこ生まれ、ぽいぽいと捨てられる。

 そしてそれは子供だけじゃない。介護が必要な老人や病人だって、容赦なく捨てられるのだ。


「予は、これを何とかしたいと思ったのじゃ。家臣どもには文弱(ぶんじゃく)だと笑われたがの」


 文弱てあんた。

 辞書的な意味なら、学問とか芸術ばっかりにかまけて弱々しいってこと。

 それのなにが悪いのよって私なら思っちゃうけど、なにしろ綱吉は武家のトップだから。


 弱者救済とか、鼻で笑われちゃったんだそうだ。

 弱ければ死ぬだけ。生き残りたければ強くなれってのが、サムライの発想らしい。

 どこの戦闘民族だよ。


「他人の助けがなければ生きられないものなど、戦でなんの役に立つのか、というやつじゃな」

「ひど……」

「平成日本でも似たような主張をする輩はおるがの。生産性がどうとかいって」


 綱吉が皮肉げな口調を作る。

 あー それはたしかに。

 人間の本質なんて、いつの時代でも変わらないってことかなぁ。

 なんか認めたくない話だよ。


「ようするに、生類憐れみの令とは、そなたらはもう少し命というモノを重く考えよ、というのを明文化したものじゃよ」

「いやいや。ものすげー大事なことじゃん」

「皆が美咲のように考えてくれれば良かったのじゃがの。実際は揚げ足取りとのいたちごっこじゃったよ」


 たとえば、野良犬に餌を与えて世話をしたなら、最後まで面倒をみなさいって命令したとする。

 そーすると、面倒をみるのが嫌だからエサを与えないってことになっちゃう。


 これだけなら今の日本でも同じなんだけど、現実をみれば当時の江戸には野犬がうじゃうじゃいた。具体的には十万匹以上ね。

 同時に、ストリートチルドレンもわんさかいた。


 エサをもらえない野犬はどうすると思う?

 当然のように浮浪児たちを襲うよね。群れを作って。

 抵抗力の小さい獲物なんだからさ。


 でもって、町の人々は助けない。

 生きられないなら死ねって考え方だからだ。

 すると、町には怪我人と死体が溢れてしまうわけ、この状態だと簡単に疫病が発生しちゃう。


 事態を憂慮した綱吉は、野犬の収容施設を作ったんだよ。


 しかたないよね。町民がやらないんだもん。

 国でやるしかないさ。

 で、ここが大事なんだけど、国でやるってことは税金で運営するってこと。


「大ブーイングじゃったよ。俺らの税金で犬を飼うのか。人間より犬の方が大事か、とな」

「うわぁ……」


 バカなの?

 江戸の人たちって。

 頭悪すぎじゃない? 自分たちではやりたくない。公的機関がやるのもダメっていったら、誰がやるのさ。

 放置ってのは、ない話じゃんさ。


「これもまた、平成日本も同じじゃがな。どうやっても利益が出ない場所に税金を投入すれば、大バッシングじゃろうよ」


 収益が出るなら企業がやるじゃろうにな、と、綱吉が笑う。

 どうやっても損しかしないけど市民生活には必要。そういう部分だからこそ国がやらなくてはいけない。

 そもそも税金というのは、そういう場所に使うためのものだ。


「最悪じゃん。日本人。江戸時代から変わってないのかよ」

「だから高天原は干渉しないんだぜ。ぶっちゃけ皆殺しにして作り直した方が話がはやいからな」


 呆れる私に、伊吹が人の悪い笑みを浮かべた。

 たしかにねー いちいち手を入れていたらきりがないわ。


 ともあれ、本質を見ない頭悪い人たちが茶化した結果として、綱吉は犬公方なんて呼ばれるようになったわけだ。


「じゃあさ、犬を殺したら死罪にされたとか、腕に止まった蚊を潰したらクビになったとか、そういうのは?」


 雪那が首をかしげる。


「ほとんどが後世の捏造じゃよ。姐御。予が禁じたのは故意に殺すことじゃ。やむを得ない場合や自分を守らねば場合などは、当然のように含まれぬ」


 たとえば野犬が襲いかかってきた場合、黙って噛まれろって話にはならないのだ。

 命を大切にってのは、自分の命を粗末にしなさいって意味ではない。


 じっさい、生類憐れみの令によって処罰されたのって七十件くらいしかないらしい。

 発布から綱吉が死ぬまでの二十年くらいでその数って、けっこう少なくね?


「そうじゃよ? 九割方は例外規定が適応されるようにしておるのじゃから当然じゃ」

「いやいや。それって意味がないんじゃ?」

「弱者を守る法がある、というのが大事なのじゃよ。弱者はこれを拠り所にして自らを守ることができるじゃろ? 労働基準法などと同じじゃ。違反した者を処罰する規則がなければ、ブラック企業だらけになってしまうでの」


 うっわ、この犬。どんだけ深いこと考えてんだ。

 そして、そこまでしても網の目をかいくぐる輩がいるってことに、せつなくなっちゃうね。


「だいぶ印象が変わったね。そうなると水戸黄門が文句を言ったってのも嘘くさいね」


 姐御が苦笑する。


光圀(みつくに)どのはものの道理を弁えた御仁じゃよ。ただ、どうしても時代劇などでは悪役が必要になるからの」


 笑ってるけどさ、綱吉。あんたそれでいいの?


 江戸時代を代表する暗君って描かれてるんだよ?

 あんまりじゃない?

 命を守る政策を打ち出した人が暗君って、おかしすぎるでしょ。


「予の風評など顧慮するに足りぬよ。大事なことは、ちゃんと死後も残ったでな」

「大事なこと?」

「美咲は水子という言葉をしっておるかの?」

「うん」


 さすがにそれくらいはね。

 生まれてくることができなかった赤ちゃんのことだ。

 流産、堕胎、間引き。いろいろあるけど、とにかく、生きることができなかった可哀想な子供たち。

 供養するお寺とかもあるはず。


「美咲も知っている。それこそが予の勝利じゃよ」


 生類憐れみの令。その生類にはもちろん人間も含まれる。

 育てられない赤ん坊は捨てたり殺したりしても当たり前。そんな風潮に綱吉は一石を投じた。


 だから彼の治世のあと、子供を捨てるのは害悪と考えられていくようになる。

 水子って言葉が生まれたのも、そのころだそうだ。

 命は大事なんだって。

 かけがえがないんだって。


「予はな。勝ったのじゃよ」


 誇らしげに子犬が胸を張る。

 バカにされ、悪し様にいわれながら、彼はたくさんの命を救った。

 これ以上の勝利があるか、と。


『綱吉っ!』


 同時に叫んだ私と雪那が、七樹の頭からひったくり、子犬の身体を胸に抱く。

 そうせずにはいられなかった。


「JKふたりのおっぱいに挟まれたのじゃから。報酬としても充分じゃろ?」


 くだらない冗談を言って、照れたように笑っている。

 やばいよ綱吉。

 あんた最高だ。


「ぽつーん」

「ぽつーん」


 置き去りにされた邪神と邪竜が、さみしそうに佇んでいた。

 うん。

 おめーらは綱吉の爪の垢でも煎じて飲むと良いぞ。


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