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私のオロチさま! ~スサノオとヤマタノオロチが同級生!?~  作者: 南野 雪花
第3章 犬が喋るとか、ワンダフルだよね!
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犬が喋るとか、ワンダフルだよね! 5


 通された応接間は、当然のように立派だった。

 豪勢ななかにも品があり、訪れた人をリラックスさせるような、絶妙なバランスが保たれている。


 うん。こういうのいいなぁ。

 心地良い空間ってやつだ。


 わびさびの心? たぶん違うけど。


「なにもないところだけど、くつろいでくれ」


 私たちを案内したあと、ちょっと席を外していた菅江さんが、人数分のお茶をもってもどってきた。

 ペットボトル入りの。


 台無し。

 わびさび台無し。


「一人暮らしが長くてね。茶の点て方などすっかり忘れてしまったよ」


 私の視線に気付いたのか、なんか言い訳めいたことを言っている。

 まあ、抹茶とか出されても、作法も飲み方も知らないんだけどね。


「ところで、きみが交渉役なんだね。みたところ普通の人間のようだけど」


 面白そうに雪那を見る。


「押しつけられた結果として」


 くすりと姐御が笑った。

『ぴゅあにゃん』でも同じような受け答えをしたことを思い出したんだろう。


 すんませんねえ。

 七樹とか伊吹とかに交渉とか、たぶん無理なんですわ。


 こじれた瞬間、草薙剣か天羽々斬剣で斬りかかりそうじゃん。

 やばすぎる。


「僕のことを菅江真澄と呼んだね。お嬢さん」

「違ってました?」

「いや。大正解さ。けど、推理の根拠を聴きたいかな。僕は江戸時代に死んだことになっているからね」


 にこっと笑う菅江さん。


「最後は勘ですよ。菅江真澄の容姿についての諸説があんまりにも多すぎるとか、民俗学における治績のわりに妙に評価が低いのに作意を感じるとか、漂泊していたのは一ヶ所に留まらないんじゃなくて、留まれなかったんじゃないかとか、根拠のない想像の積み重ねです」


 長いセリフのあとに、姐御が肩をすくめた。


 雪那からもらった資料にもちょっと書いてあったね。

 故郷を出奔してるけど理由がよく判らないって。


「菅江真澄が最初からぬらりひょんだったのか、途中からそうなったのか、ウチには判りませんけどね」

「……なんというか、きみはすごいね、お嬢さん。僕も姐御って呼んで良いかな?」

「ぬらりひょん……お前もか……」


 ジュリアス・シーザーみたいに、雪那が嘆いてみせる。


 ちなみに、菅江真澄は人間だったらしい。ただ、地神より風神の加護を喜ぶような為人(ひととなり)だったから旅そのものは好きだった。

 で、旅の途中で、ぬらりひょんになった。


「なるほど。わからん」


 私は腕を組んだ。

 途中をいろいろすっ飛ばしすぎでしょう。

 なったってなにさ。なったって。


「人間が怪異に変わるのは、べつに珍しい話じゃないんだ。美咲」

「そーなの?」


 七樹の補足に首をかしげる。


「『山月記』でも虎になってるだろ」

「それフィクション!」


 中島敦(なかじま あつし)の短編小説だ。

 教科書とかでも紹介されるから、いくら私だって知ってる。

 でもあれ創作だからね。


「実在の個人・団体とは一切の……あっ」


 良くあるフレーズを言いかけて私は気付いた。世間に溢れるあやかしモノの創作物について、安藤氏が言っていたことを。

 半分は、実際にあやかしが絡んでるって。

 七樹が頷く。


「あれは清代の故事が下敷きになってるけど、そっちが創作でないとは言い切れないだろ?」

「なるほど……」


 菅江さんに視線を送る。


「僕の場合は、町の人のお世話になることが多かったんだ。話を聴いたりもしたかったしね。それがいつの間にか伝承になっていったんだね」


 夕暮れどき。

 住人たちが忙しくしていると、なぜか家にいて普通にお茶を飲んだりしてる。

 普通におしゃべりしてる。

 誰も不思議に思わない。

 当たり前のように、そこの家の人だと思っちゃう。

 むしろ主人なんだねーって納得しちゃう。


 これが妖怪ぬらりひょん。


「いやあ。気付いたら歳を取らなくてさ。びっくりしたよ」


 はっはっはっ、と、笑ってるし。

 いやあんた、かるーく言っちゃってるけど、大変な事態じゃないの? それって。


「歳を取らないから一ヶ所にも住めないし戸籍も作れない。困ったものさ」

「いやいや。住んでるじゃん。高級住宅街に。高級住宅街にっ」


 大事なことだから二回言っちゃうぞ。


「美咲美咲。私怨まるだし」


 雪那が笑う。

 うっさいうっさい。こんな大邸宅、私だって住みたいわ。


「ぬらりひょんの特性だよ。きっとこれもね」

「ご明察だよ。姐御」


 彼が入り込んでも誰も不思議に思わない。

 そうやって住み着いてしまった。

 家人が誰もいなくなっても、彼は住み続けている。

 それはそれで、なんだか切ない話だ。


「因果な商売だねえ。どこでもいるしどこにもいない。それが僕たちアヤカシだよ」

「私としては、この家の維持費とか固定資産税とかどーしてんのか、そっちの方が気になる」

「ちゃんと払っているよ。一応、稼ぎはあるからね」

「あるんだ……」

「筆名を使って作家をやってる」


 ああ、まあ長く生きてるなら知識量もすごいだろうしね。

 民俗学の本とか出してるのかな。


「ライトノベルの」

「ラノベなのかい!」


 思わずつっこんじゃった。

 妖怪の総大将はライトノベル作家。エキセントリックすぎて泣けてくるよ。

 そうやって精気(エナジー)を集めているらしい。


 妖怪もいろいろだなぁ。

 メイドカフェで精気集めをする妖怪もいれば、ライトノベルを通して集める妖怪もいる。

 なんというか、平成の世の中はとってもバラエティに富んでるね。





「杞憂だと思うけどね。彼の美神は心配性だよ」


 本題に入る菅江さん。

 私たちがここを訪れた目的だ。

 妖怪が神と手を結ぼうとする可能性、それを彼は簡単に否定してみせる。

 安藤氏ことコノハナサクヤが心配しすぎだって。


「たしかにきみたちはすごい強いんだろうけどね。だからこそ、そんな力を欲するのは妖怪じゃない」


 皮肉げに唇を歪めたりして。


「人間、ですよね。欲しがるのは」


 同様の表情を雪那が浮かべる。


 なるほど。

 たしかにね。


 妖怪なんてのは基本的に個人主義者。でも人間はそうじゃない。

 求めちゃうのだ。

 強い力を。莫大な富を。他人を意のままに操る権力を。


「僕だって機嫌損ねたらばっさりやられちゃうかもって相手と、一緒にいたいとは思わないよ」


 そういって、菅江さんは七樹と伊吹に笑ってみせた。

 スサノオとヤマタノオロチ。

 それはものすごい力だけど、利用しようとして失敗したときのリスクが高すぎる。


 ふ、と笑う七樹。

 伊吹も。


 私とか雪那は恋人だから忘れがちなんだけどさ。こいつらってけっこー邪悪な存在なわけですよ。

 邪竜と邪神なわけですよ。


「邪悪いうなー」

「そうだーそうだー」


 すげーバカっぽいけどね。

 下手に近づいたらばっさりなんだって。


「でも、じっさい神に近づこうとした妖怪もいるって話でしたけど?」


 雪那が首をかしげる。

 安藤氏はそういってたよね。たしかに。


「そういう輩をゼロにはできないよ。姐御なら判るだろう?」


 菅江さんの表情はほろ苦い。

 妖怪でも人間でも同じだ。

 主流があれば非主流が生まれる。

 仕方のないことである。


 たとえば、ハロウィンの渋谷で大騒ぎするパリピなんて、日本人全体からみたらごく少数だ。

 誤差っていっても良いくらいの数なのである。

 でも迷惑なことには違いないし、彼らを取り締まったところで、また別の誰かが似たようなことをするだろう。


 そういうもんなのだ。


「世に盗人の種は尽きないってやつよね」

「だなぁ。それを突き詰めていくと人間を滅ぼすかって話になるしかないから、高天原は不干渉なんだ」


 とは、伊吹の言葉である。

 そりゃあ神様たちからみたら、あまりにも不完全な存在だもんね。人間なんて。


「一応さ、僕は総大将ってことになってるから、あやかしたちに釘を刺すことはできるよ」


 に、と、ぬらりひょんが笑う。


「でも無条件ってわけにはいかない、ですよね」

「さすが姐御だ。話が早い」


 その笑みは、たしかに総大将っぽい邪悪さだった。


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