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私のオロチさま! ~スサノオとヤマタノオロチが同級生!?~  作者: 南野 雪花
第3章 犬が喋るとか、ワンダフルだよね!
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犬が喋るとか、ワンダフルだよね! 4


 週末のことである。

 私たちは電車でぬらりひょんが住むという田園調布(でんえんちょうふ)に向かった。


 つーか田園調布だよ。

 高級住宅街だよ。

 けっ。


「なんでいきなりくさってんだよ。美咲は」

「金持ちは敵だ」


 南麻布(みなみあざぶ)とか白金(しろがね)だってお金持ちばっかりだけど、田園調布はちょっと違うんだよね。

 まず一戸建ての比率。

 八割くらいの人が一戸建てに住んでんの。マンションじゃなくてね。


 これはどういうことかっていうと、昔っから東京に住んでいるってこと。あと、もともと金持ちだってこと。

 成り上がり者じゃなくて。

 くっそくっそ。


「敵だとかいって、ずいぶん詳しいじゃないか」


 七樹が嫌な顔をしている。

 こいつも金持ちだから本質的には私の敵なんだけど、カレシなので別枠なのだー。

 いずれ山田家の財産は、すべてわしが奪ってやるのだー。


「怖いわ。櫛田美咲の野望かよ」

「ちなみになんで詳しいのかっていうと、調べたからだよ。敵を知り己を知れば百戦危うからずだよ」

「あきらかに用法を間違ってる気がするんだけどな。そもそもいつ戦うつもりなんだよ」


 苦笑しながら私の頬を七樹がつつく。

 いつものじゃれ合いです。


 雪那と伊吹は、とくにかまうことなく資料を読み込んでいる。

 むしろ視線すら向けてくれない。

 さみしい。


「あ。済んだ? ピロートーク」


 じっと見つめていると、雪那が顔を上げた。

 なんて良い草だっ!


 もっと私にかまってよっ。

 もっと私に優しくしてよっ。

 目標をセンターに入れてスイッチしてよっ。


「元ネタの判らないボケをぶんぶん振り回さないで。つっこめないから」

「く。これがジェネレーションギャップか」

「同い年だからね。念のために言っておくと」


 高校二年生です。

 四人とも。


「いちゃついてるから、そっとしておいてあげたんじゃない」


 なまあたたかく笑いながら、姐御が資料をくれる。

 ぬらりひょんについて調べたものだ。

 昨日のうちに作ってくれたらしい。

 さすがです。姐御。


「まあ、伊吹が手伝ってくれたからね。たいした作業じゃないよ」

「手伝ったというかこき使われたというか……」


 下僕ってるなぁ。

 がんばれ伊吹くん。


 プリントアウトされた情報に目を通してみる。

 ふーむ。


 ぬらりひょんってのは、あんまりオカルトに詳しくない私でも知ってるレベルの妖怪だ。

 ただ、最初から有名人だったわけじゃない。


「昭和から平成にかけて、妖怪の総大将って言われるようになった、と」


 なんでだろ?

 私は首をかしげた。

 けっこう最近じゃない? なにか妖怪の世界に革命的な出来事でもあったんだろうか。


「アニメ作品の影響だよ」


 雪那が疑問に応えてくれる。


「いやいや。アニメて」


 なんでアニメで妖怪のありようが変わるのさ。


「ん。それに関しては解説が必要だろうね」


 ちらりと雪那が視線を投げると、それを受けて伊吹が頷く。

 阿吽の呼吸っぷりが相棒(パートナー)って感じで、ひっじょーに羨ましいでござる。


「それが本来、妖怪ってもんなんだよ」

「というと?」

「人間に認識されることで、存在が強くなったり弱くなったりするんだ」


 もともと、ぬらりひょんはそこまでメジャーな妖怪じゃなかったらしい。

 百鬼夜行のうちの一匹、くらいで。


 風向きが変わったのは、民俗学者の藤沢衛彦(ふじさわ もりひこ)氏の著書がスタートっぽい。そのなかに「妖怪の親玉」って記述があったんだってさ。

 なんで親玉なんだかはさっぱりわかんないんだけど、そこから派生するカタチでどんどん拡大解釈されていったの。


 んで、一九八五年から放送された有名なアニメで、主人公の宿敵として登場する。

 そんときの呼称が総大将。

 これが全国的に認知された瞬間らしい。


「ここからぬらりひょんの印象は、妖怪どもの総大将ってことになっていくんだ」

「ふーむ」


 伊吹の解説に、私は腕を組んだ。


「シュールストレミングの猫ってやつだね」


 確認するまで存在ははっきりしないとか、そういうやつ。

 量子力学とか、なんか難しいガクモンだ。


「シュレディンガーの猫。シュと猫しかあってないよ。ものすごく臭い猫ってどういうことさ。可哀想すぎんでしょ」


 雪那が呆れた顔で指摘する。

 シュールストレミングってのは世界一臭いっていわれてるスウェーデンの缶詰製品らしい。

 よくわかってない言葉を、うろ覚えで使うんじゃねーよ、と、秀麗な顔に大書きしてあった。


「ううううるさいなっ わざとだよっ 試したんだよっ」

「はいはい。ともかく妖怪ってのは印象が大事らしいね。昨日、伊吹から説明されて、ウチも腑に落ちるところがあったわ」


 流された。

 悲しい。


 雪那が話したのは、那須で会ったたまちゃんこと九尾の狐のことだ。

 彼女は自分の評判とかを非常に気にしている。

 山火事が狐火の仕業ではないと証明したがっていたのも、評判を落とさないためである。

 エゴサーチしてるとかも言ってたしね。


 人々の持つ印象によって妖怪の本質が変化していくなら、そりゃ気にもなるだろう。

 悪と認識されれば、悪になっちゃうんだから。


「七樹とはだいぶ違うね」

「俺たち神格は人間がどう思おうと関ねえからな。そもそも本体は精神生命体(アストラル)に近いんだし」


 アストラル! また出たよ中二病ワード!

 そして私も中二側の存在なんですよ。

 嫌になっちゃうよねー。





 妖怪ぬらりひょんの家は、ものすげー立派なお屋敷だった。

 なんつーか、この国が抱える富の偏在ってやつ体現したようなお姿ですよ。

 あるところにはあるんだよなー お金って。


 ちなみに表札は、滑瓢(ぬらりひょん)ではなかったよ。

 菅江(すがえ)ってなってた。


「……なるほどね」


 ふっと姐御が微笑する。

 なんだい? またなにか気付いたのかい? シャーロック。


「あんたはウチをどういうキャラ付けにしたいんだよ」


 小突かれました。

 ありがとうございます。


「資料にある名前でしょ」

「うおう。あったあった。菅江真澄(すがえ ますみ)。江戸時代の人じゃん」


 ぬらりひょんについての記述を残したひとりらしい。

 漂泊の旅人なんだってさ。

 東北から北海道をあちこち旅したそうだ。

 んで、ぬらりひょんのことは秋田のあたりの伝承的なものとして書かれてる。


「いくか」


 とくに緊張することなく門をくぐり庭を抜け、七樹が呼び鈴を押した。

 まあなー いくら総大将っていっても妖怪が邪竜や邪神より強いわけないしなー。いざとなったらぶった斬っちゃえばいいや、くらいの気持ちなんだろうね。


 ややあって戸口に現れたのは、和装の青年だった。

 またしても美形ですよ。


 はんなりとした雰囲気で着流し姿。艶やかな黒髪は無造作に束ねている。

 無髭の白皙はやや細面。切れ長の黒い瞳は一重で、なんか色っぽい。


 あれですね。

 BL系のゲームに絶対ひとりはいるタイプですね。


「ようこそ。神代から客人たちよ」


 優雅な仕草で一礼したよ。

 てゆーかさ。ぬらりひょんっておじいちゃんっぽいイメージなんだけど。

 若いなぁ。

 二十代の中盤くらいに見えるよ。


「話は通ってるか?」


 尊大な態度で伊吹が訊ねる。

 あんたはもうちょっと年長者を敬いなさいって。いくら神様でも、いまは高校生なんだからさ。

 軽く頷くのを確認して、雪那に場所を譲る。


 いやいや。

 尊大だったのは、雪那の方がえらいんだよって見せるためかい。

 それで良いのか素戔嗚尊。


「はじめまして。菅江真澄(おう)


 おっと。

 そう呼ぶんですか。姐御。


「どうぞ」


 イエスともノーとも言わず、着流しの青年が私たちを招き入れる。

 微笑をたたえて。

 なんか底知れない御仁だなぁ。


「おじゃましまーす」


 ちょっとおっかなびっくり私は靴を脱いだ。

 いやほら。なんかお屋敷だしさ。

 緊張してんのよ。

 貧乏人だから。


「大丈夫だ。美咲。敵意は感じない」


 七樹が手を握ってくれる。

 心強いけど、うん、そういうのでびびってたわけじゃないんだよ。

 お金持ちのカレシどの。


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