犬が喋るとか、ワンダフルだよね! 2
雪那の牙城は揺るがない。
本人のカリスマもあるし、恋人は伊吹だし。
魅力と暴力のコラボだよ。誰が逆らえるってのさ。
ついでに友達の七樹は金力も持ってるんだぜ。
姐御と愉快な仲間に死角なし!
ちなみに私はとくに芸もないよ。ふつーの高校生だし、貧乏だし。
「つまり美咲のガードはしっかりやりなさいよ。山田」
雪那の言葉だ。
なにがつまりなのか、さっぱりわからないでござる。
どういう脈絡でつながったのさ。それ。
「ああ。言われるまでもない」
七樹まで頷いてるし。
「狙うとしたら、まず美咲を狙うってことさ」
首をかしげてる私に、伊吹が説明してくれた。
そうなん?
意味なくない?
だって私に手を出すってことは、七樹と敵対するってのと同義だよ。
こいつ敵に回すの怖くね?
ヤマタノオロチ云々は置くとしてもさ、金持ちだし不気味だし強いし。
「もうちょっと褒めてくれてもいいぞ?」
「背が高くて格好いいし、顔も良いし、筋肉も良い感じだし、キスも上手いし、優しいし」
「…………」
酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくする七樹。
真っ赤になって。
あんたが褒めろいうたのよ?
褒めさせておいて照れるとはこれいかに。
「いじめとかをする連中が、そんなまともな計算できるわけねーだろ」
私と七樹のじゃれあいを横目に、伊吹が説明を続ける。
どことなく怒ったような口調になってしまうのは、彼の経験に基づく感想だからだろう。
伊吹っていうより、伊吹の身体の持ち主っていった方がいいかな。
まあ、たしかにいじめとかおこなう連中が、そんなこと考えるわけがないよね。
損得勘定でも、いじめなんてしない方が良いに決まってる。
道徳うんぬんって以前にね。
だってあれってさ、訴訟を起こされたらアウトだよ?
いじめの問題なんて、弁護士も裁判所も神経質になってんだからさ。
学校に頼んで解決してもらおうしないで、いきなり訴訟に持ち込んでしまえば、たぶん八割九割の確率で勝てるんじゃないかと思う。
そうなったら、たぶん学校は加害者をかばわないしね。
で、私でも判る程度のことを判らない人たちだってことだからさ。
いじめをする人たちって。
「なーんにも考えないで美咲にちょっかいをかける可能性はあるさ。もちろん雪那にもな」
ふんすと鼻を鳴らす伊吹。あんたもたいがい怖いからね?
朝の件で、緑川さんになんかするんじゃないよ?
「俺は何もしねーよ。手も出さねーって。精神を操って全裸で町内を一周させる程度だって」
「やめんかいっ!」
すぱーんと姐御の裏拳ツッコミが決まる。
ナイス!
ったく。なに考えてんだ。この邪神は。
そんなことに神通力を使うんじゃない。
「だな。そんなことをしてなんになる。伊吹。相手は高校生だ。親の方を圧迫して日本に住めなくする方が効率的だろう」
「おまえもかっ!」
あ、いまのツッコミは私です。
邪竜の方は、一応は私の管轄なんで。
怖いわ。怖すぎるわ。
権力アタックはやめろ。
神通力を使わなきゃ良いってもんじゃないのよ?
「っとに。この男どもときたら」
「過保護なのかアホなのか、微妙なところよね」
ともあれ、四人の中で私が一番弱いのはたしかなのだ。
これはしっかりと自覚しておかないといけない。
与しやすしって思われちゃう可能性だってあるんだし、私が七樹のアキレス腱になるってのは、すこしばかり格好悪い。
「基本的に七樹にくっついてるようにするよ」
「ウチは伊吹にべったりしとけばいいんだよね」
にまー、と笑い合う私と雪那。
大義名分ってやつですよ。
狙われる可能性があるってことで、堂々といちゃつくんですよ。
めんどくさいことに、妖怪たちを束ねる存在というのはいないらしい。
妖怪生活協同組合とか、妖怪労働組合とか、そういうものも存在しないという。
考えてみれば当然だ。
彼らはべつに全体の利益とか考えるような人々じゃないもの。
基本的には個人主義で、自分の都合で行動している。
「ようするに、一人ひとり交渉していかなきゃいけないってことね」
「非常にめんどくさいね」
携帯端末を見ながら呟いた姐御に、私が笑いかけた。
四人の端末には、交渉すべき妖怪の名前と所在地が送られている。
もちろん安藤氏から。
妖怪の情報を電子機器でやりとりする時代ですよ。
デジタルアプレーション物語ですよ。元ネタは私にも判りません。
女神が転生したってことで許してください。
さすがに一九八七年だと、母親だって物心ついてるかどうか微妙なラインですって。
「うん。だいたい知ってるわね。美咲。でもあんたはクシナダであって、イザナミじゃないわよ」
「OK姐御。あんたもやるじゃない」
「なにいってんだ。お前らは」
やれやれと七樹が呆れた。
放課後である。
私たちは連れだって、妖怪の住処に向かっている。
放課後怪奇クラブだ。
「よくもまあ適当な単語がぽんぽんでてくるよな。美咲は」
伊吹にまで呆れられた。
いと理不尽なり。
「最初に会うのは仙狸。猫の妖怪だってさ」
「狸なのに猫とはこれいかに。ド○え○んですか?」
「山猫って意味らしいけどね。この場合の狸は。もともとは中国の生まれで、愛知の方を根城にしてたけど、何十年か前に東京にやってきたみたいだね」
端末を見ながら雪那が説明してくれる。
安藤ペディアだ。
「なんでその人を最初にしたんだろう?」
「それなりに大きな集団を率いてるっぽいね。神と手を結ぶことについて興味は示してないけど、まずはここから当たってみる感じ」
ふーむ。
興味ないならほっとけばいいんじゃね? って、私なら思っちゃうんだけどなあ。
ことは政略だから、それなりの勢力なら避けては通れないってことなのかな?
むつかしいよね。
「で、その仙狸の住処はどこなんだ?」
七樹が訊ねる。
自分で確認しなさいよ。
なんでもかんでも姐御に頼るんじゃない。
雪那はわしのもんじゃー。
「いや。間違いなくそれだけはないよ」
ぽこっと姐御に小突かれました。
「秋葉原だね。メイドカフェを経営してるっぽい。妖怪を集めて」
でもって説明してくれる。
優しい姐御なのです。
つーかなんでメイドカフェ?
「なぁる。そいつは上手い手だぜ」
感心したように言うのは伊吹だ。
なにが上手いん?
「妖怪たちのエネルギーは人間の精気だからな。大昔は売春とかして奪ってたもんだけど」
きわどいこと言ってるし。
でも、今のご時世そういうのの取り締まりも厳しくなって、街角に立って春を売るってのも簡単ではないらしい。
すぐ通報されちゃうんだってさ。
その点、店舗なら黙っていても客は寄ってくるからね。
「メイドカフェで売春したらまずいんじゃね?」
雪那が首をかしげる。
まあねー。
ある意味、そっちの方が捕まるような気がする。
「精気というのは生命エネルギーの象徴だ。だからべつにそういうことをする必要は、必ずしもないんだ」
やや頬を染めながら七樹が説明してくれた。
「むふーん。そういうことって、どういうことかなー?」
すかさず私がからかう。
「そういうことはそういうことだ!」
「具体的に言ってくれないと判らないなぁ」
うーりうーりと七樹のお腹あたりを押したりして。
私はセクハラオヤジか。
「メイドを見て、うおおって興奮すれば、それはそれで精気は集められるからな。むしろ最終的な満足を与えないってやり方は、継続して精気を奪うのに向いてるだろうよ」
「なーるほどねー よく考えたもんだわ」
私たちの漫才を眺めながら、伊吹と雪那が話している。
なんつーか、あっちのカップルの方が大人だよね。
七樹だってさ。いちいち照れるからからかいたくなるんだよ。
「俺が悪いみたいな言い方はヤメロ」
ぬっと手を伸ばした邪竜が、私のほっぺをむにっと押した。
こういうのは恥ずかしくないんかい。あんたは。
まったく、わしのカレシどのは面倒臭い為人じゃのう。




