人と神がラブラブなんて、アメージングだよね! 10
バランスとは何か。
本来、高天原は地上の出来事には干渉しない。
人間が何をしようとも、それによって滅びようとも、基本的には無視だ。
「それって、お賽銭をいくら入れても無意味って事ですか? ほのかさん」
「美咲や。個人的な願いを聞き届けることはあるよ。じゃが、国を救ってくれとか、世界全人類が平和でありますように、などという願いには応じられぬな」
ふーむ。
ファウルラインが良く判らないね。
第一志望の大学に合格しますようにって願いなら聞くけど、グローバルなお願いはダメってことかな。
「あー ちょっと判る気がするかも」
雪那がぽんと手を拍った。
「判るの?」
「誰かの願いが叶うってことはさ、美咲。誰かの願いは叶わないってことでしょ」
この世はしょせんゼロサムゲーム。
誰かが得をした分、他の誰かが損をするようにできている。
みんなが幸せにというのはありえない。
というより、それはみんなが不幸にといってるのと同じだ。
「そういうことじゃな。姐御」
「あんたまでウチをそう呼ぶんかい。ほのかさんや」
「ともあれ、地上のことには干渉しない高天原の方針にもかかわらず、三貴神の一柱たる大叔父が動いてしまったのじゃ」
そりゃあ衝撃じゃろう? と、ほのかさんが苦笑する。
主神級が動く。
それは方針の転換だと思われても仕方ない。
「儂のような木っ端神が動くのとはわけが違うからの」
「あんたは木っ端じゃないでしょうが」
「いやあ。サクヤはそこそこ有名じゃがの。仏教では観音っちゅーことになっておるし。じゃが儂なぞ、ほとんど名前も知られておらぬじゃろ?」
切ない話である。
天照大神の孫で、しかもニニギの孫が天皇家のスタートなのに。
「まあ、私の妊娠を本当に自分の子なのかと疑ったり、私の姉を不細工だからとふったり、さんざんですからね」
「ひどい話じゃよなぁ」
顔を見合わせて肩をすくめる安藤ご夫妻。
まあ、神話なんてそんなもんだ。
私だって、スサノオに救われたことになってんだから。
「伊吹が動いたのがまずいってことだな」
愚痴大会に移行しそうな雰囲気を、七樹が軌道修正する。
こほん、と、ほのかさんが咳払いした。
「汝もじゃよ。ヤマタノオロチ。まさかスサノオとオロチが共闘するなど、普通は思わぬからの」
地上の出来事に神が関わる。
ならば妖怪たちだってもっと積極的に人間に絡んでも問題ないだろう、と考える連中が出てきてしまう。
あいつらがやってるんだから、という理屈だ。
「本来、理屈にもなんにもなっていないのですがね。しかしそれこそ理屈の通じる相手ではないのもたしかなのです。あやかしというのは」
好き勝手に生きてるから、と、付け加える。
たしかに、世のため人のために生きる妖怪というのは、ちょっと聞いたことがない。
「けど、伊吹が暴れたくらいで崩れるって、ずいぶん危ういバランスよね」
「暴れたいうな。山田だって暴れただろうが」
伊吹が支離滅裂な発言をする。
暴れてないのか暴れたのか、どっちなんだよ。
「そうじゃの。美咲や。神、人、妖、魔、この四者のバランスは非常にきわどい。軽く一押しすれば簡単に崩れてしまうほどにの」
「事実、あやかしの目撃談はここ数年で爆発的に増えていますしね」
ほのかさんの言葉を、安藤氏が補強した。
ていうか増えてるの?
私、九尾の狐に遭遇したのが初体験なんだけど。
「昨今の、あやかし系小説の大流行。不思議だとは思いませんか?」
顔色を読んだのか、安藤氏が微笑する。
美髭が揺れた。
「や。でもあれはフィクションじゃん。実在の個人・団体とは一切関係がないって謳ってるじゃん」
姐御が首をかしげる。
うん。私も同意見だよ。
京都で、あやかしで、なんかわりとどうでも良い謎解きってやつかすごく流行ってるけど、あくまであれは物語だ。
「なにもないところに流行は生まれませんよ。そういう作品がひとつあって、ヒットしたとして、二匹目のドジョウを狙った作品まで売れるわけがありません」
「むろん、全部が全部あやかしどもが絡んでいるわけではないがの。半数ほどの作者は、なんらかのカタチであやかしに接触しておるよ」
その体験がベースになったり、あるいは実際に執筆の手助けをしていたりするそうだ。
どうなってんだ。この国は。
「でもそれって時間軸がおかしくない? 山田が暴れたのなんて、つい最近じゃん。本が発行されるのは最低でも半年はかかるってきいたことあるよ?」
「安易に単数形にすんな。伊吹も一緒に暴れてる」
雪那の言い分に、七樹が厳重な抗議をおこなった。
そーだそーだー。
七樹は悪くないぞー。
「……テキスト履歴をさかのぼって、ひとつ前の自分のセリフを確認してみろ。美咲」
半眼を姐御が向けてくる。
テキスト履歴ってなにさ?
「そうですよ。七樹くんや伊吹くんの件より以前に、バランスは崩壊しかかっていました」
きゃいきゃいとじゃれ合っている私たちを咳払いで牽制し、安藤氏が説明を続ける。
「具体的には、平成の二十七年くらいからじゃの」
「えらく具体的な数字ですね? ほのかさん」
「バカとバカとバカがケンカしたり手を結んだりしておるのじゃ。バランスもなにもあったものではないわ」
吐き捨てるように言ってるし。
微妙に怒ってる感じ?
なんなんですかね?
「私たちでは手も口も出せません。下手に手を出して怒らせたら高天原ごとぶっ飛ばしちゃうような連中ですからね」
やれやれと安藤氏が肩をすくめた。
こっちは諦めきった表情だ。
「それって、もしかして北海道のことか?」
半ば挙手するように七樹が訪ねる。
安藤夫妻が軽く頷いた。
「なんとかしようと少しだけ手を出しましたが、かえって彼らの力を増すだけの結果になってしまいました」
「ヒヒイロカネまで持ち出したのにのう」
どうしようもないと言って苦笑いしている。
「ちょっとまて。俺の宝物庫から盗んだのは、お前だったのか。ニニギ」
「儂だったのじゃ」
「まったく気付かなかった」
「暇をもてあました」
「何をやらせたいんだよ。お前は」
「途中までは乗っておったくせにのう」
ジト目で睨む伊吹。しれっと応えるほのかさん。
「それにの、大叔父上。盗んだのではない。勝手に持ち出しただけじゃ」
「それを盗んだっていうんだよ! 意味わかんねーよこの姪孫は!!」
「まあまあ。かわいい姪孫のやることではないか」
「可愛くなんぞないわ! どんだけ貴重だと思ってんだあれ!!」
ふかーふかーと伊吹が威嚇するが、ほのかさんはどこ吹く風だ。
なんとなーく力関係が判るよね。
殴り飛ばすわけにもいかず、かといって口ではまったく勝てず。
苦労してるね。スサノオ。
雪那がぽむぽむと伊吹の肩を叩いてやってる。
やさしい姐御である。
「私たちでは手に負えません。そしてそれは、ほとんどの神も魔も同意見です。ですから静観しているわけですが」
じゃれ合っている妻とその大叔父を放っておいて、安藤氏が私たちに視線を向ける。
北海道に何があるか判らないけど、ようするにそこはデンジャーな感じなんで、誰も手を出さないって解釈で良いんだろう。
七樹も頷いた。
「ですが、主神級が絡むとなれば話は別。そう考える者がいるのです」
「ふーむ」
私は腕を組んで唸った。
よーするに、七樹と伊吹が手を組んだから、そこに一枚かませてもらおうって連中がいるってことか。
でもって問題は、一枚かんで何をするかって部分だよね。
「だな。北海道に戦いを挑もうとか、そういうのはちょっと勘弁して欲しいところだ」
これでも平和主義なんで、とか邪竜がおっしゃってます。
まあじっさい七樹は平和主義者だ。
子供の頃から、いじめみたいなことに遭っても、べつに反撃とかしたことないし。
むしろ子供に殴られたくらいだと、蚊が刺したほども効果がないからね。
「私たちとしても、人外大戦はもうこりごりなのですよ」
安藤氏の言葉。
もうて。
その口ぶりだと、一回はあったってことじゃないですかやだー。
「ですから、美咲さんたちにおいでいただいたのです」
美髭が揺れる。
おいおい、なにをさせるつもりだよ。




