人と神がラブラブなんて、アメージングだよね! 8
満天の星。
東京じゃちょっと見れないよね。これは。
下草が鳴り、誰かが近づいてくる。
「なんとも盛りだくさんな一日だったな」
誰かっていうか、彼氏どのの声でした。
振り返る。
七樹の手には蚊取り線香の赤い光があった。
うん。
風情ゼロ。
「那須高原にきて、絡まれて、たまちゃんに出会って、変な動画の撮影に協力して、恋人と星空を見上げて、次はキスシーンかな」
「なんでそういうこというの!」
「や。定番かなーと」
「言ったらできなくなるじゃん! 察しろよ!」
地団駄ダンスを踊るドラゴンさん。
めんどくさい男である。
「ふーん。キスしてくれる気持ちはあったんだ」
「ぐ……」
暗いから見えないけど、真っ赤になってるんだろろうなぁ。
純情邪竜だから。
「ん」
両手を広げる。
でも自分からは近づかない。
ちゃんと抱き寄せてね。
「美咲には振り回されっぱなしだな」
ちょっとだけ呆れたような声が聞こえ、柔らかく腰を抱かれた。
重なり合う唇。
今日はバーベキュー味だね。
もっとこう、わしらのキスは食欲から解放されるべきだと思うのじゃよ。
はじめてのキスはカレー味。キャンプ場でのキスはバーベキュー味。夏休みの海水浴でのキスはイカ焼きの味、みたいな流れじゃん。これ。
ゆっくりと身体を離す。
「ん。美味しかった。ごちそうさま」
「キスの後の会話としておかしすぎると思わないか? 美咲」
「照れてんのよ。察しなさいよ」
「そいつは失礼」
もう一度抱き寄せられ、唇を奪われる。
貪欲ドラゴンめ。
七樹の手が腰からお尻へと移動していく。
おいおい。
初めては屋外ってのは、ちょっとあれでないかい?
とはいえ私の方も気持ち的にはOKだ。
蚊取り線香もあるし、虫さされとかは気にしなくて良いだろう。
ばっちこいだぜ。七樹。
と、そのとき、携帯端末がぴろりんと鳴った。
くそう。
仕方なくポケットから取り出して画面を見る。
二人同時に。
なかなか間抜けな構図っすね。
ムードが吹き飛んじゃった。
「安藤さんからだ。げ。なんか怒ってる」
「あちゃあ……さっきのやつだね……」
メッセンジャーソフトには見知った名前と、先ほどの一件についての厳重な抗議が表示されていた。
七樹と伊吹は映ってなかったと思うんだけどなぁ。
見るひとが見たら判っちゃうらしい。
スサノオとヤマタノオロチが共闘してるだけでも頭おかしいのに、九尾の狐とも仲良しっぽい。
これは、そうとうにめんどくさい状況なんだってさ。
「話があるから戻ったら顔を出してくれ、て、話っていうか説教だよな。あきらかに」
やれやれと七樹が肩をすくめた。
良い雰囲気だったんだけど、帰ったらお説教が待っているのだと思えば、そんな気分にもなれない。
「……みんなのとこにもどりますかね。七樹さんや」
「……そうですな。美咲さんや」
何ともいえない笑いを浮かべ、私たちは振り返った。
そして固まった。
雪那と伊吹の顔が、トーテムポールみたいに重なってこっちを見ていたのだ。
じーっと。
身長差的に、たしかにそういう遊びはできるだろうけどね!
「あ。おかまいなく。ウチらはここから見物してるんで」
にへら、と、雪那が笑う。
かまうわ!
「すまねえ兄ちゃん。何とか止めようとしたんだけど、俺じゃ無理だった」
テント前に戻った私たちに蓮斗が詫びる。
いやまあ、君では雪那と伊吹は止められまいよ。
「きにすんな。短い時間でも美咲とふたりきりになれた。充分だ」
言って、ぼんぽんと蓮斗の頭を叩く七樹。
良いお兄ちゃんしてるなあ。
「ならいいけどさ」
照れ笑いの弟くんである。
「あんなのと付き合ってくれる貴重な人材だからさ。俺でできることはなんでも協力するよ」
OK。
そのセリフは、照れ隠しとして越えてはいけない一線を越えたぞ。
「明日から、蓮斗の晩ご飯は白飯のみだぜ」
「卑怯だぞ姉ちゃん! メシを人質に取るなんて!」
「ふはははは。ひれ伏すが良い愚弟よ。姉の力を思い知ったか」
「に、兄ちゃん。姉ちゃんがいじめるよう」
「すまん蓮斗。俺は常に美咲の味方だ」
「ひでぇ!」
お馬鹿な会話を繰り広げる。
まあ、将来の義兄弟が仲が良いのはけっこうなことじゃて。
ほっほっほっ。
「で、なんだったのよ? さっきの着信。いきなりふたりとも顔色変わったけど」
寸劇に参加することなく雪那が訊ねてきた。
付き合いの悪い姐御である。
「知り合いからね。たまちゃんのことでちょっと」
曖昧に応えた。
SNSに流れた動画の件だとはさすがに言えない。ましてあれに私たちが関わってるなんて、言えるわけもない。
「たまちゃん? だれ?」
きょとんとする。
ぐっは!?
もう術とけてんのかよ!
「あー えーっと、知り合いっていうか」
「え? さっききてた人だろ? なにいってんだ? 雪那さん」
蓮斗が首をかしげた。
のぉぉぉっ!?
こっちは術とけてないしっ!
効果は個人差があります。
とかじゃないんだから。
勘弁して。いやまじで。
「こいつは……まいったな」
ぽりぽりと七樹が頭を掻いた。
伊吹も苦笑している。
「三石。ちょっといいか。美咲も」
野郎ふたりが手招きする。なにさ?
私と雪那が首をかしげながら近寄ると、七樹が声を潜めて説明をはじめた。
「こういうケースは珍しいけど、ないわけじゃないんだ」
「どういうこと? 山田」
「お前、たまちゃんのこと憶えてないだろ?」
「だから誰よそれ。蓮斗クンまで変なこといってるし」
「さっきまで一緒にメシを食ってたんだけどな」
「……あ」
はっとしたように目を見張る雪那。
それからゆっくりと私たちを見まわす。
「あいつ誰? なんでウチ、なんにも不思議に思わなかったんだろ。初めてあったやつが食事に混じってたのに」
「ちゃんと説明するよ」
やや疲れたように、伊吹が言った。
それは、踏み込むということ。
雪那をこっちの事情に巻き込んでしまうということだ。
「ちょっと伊吹……」
「いや、美咲。もう仕方がない」
抗議しようとした私を、七樹がおしとどめた。
「狐の幻術を打ち破るくらいの精神力だ。遅かれ速かれボロは出てしまう」
七樹の言葉に頷き、伊吹が説明をはじめる。
「さっきの女は人間じゃないんだよ。三石」
「……ほほう? 妖怪変化だともいうつもりかね? 幻術とか聞こえたし」
両手を腰に当て、挑むような口調で雪那が質問した。
さすがの胆力です。姐御。
「まあ、そう言うつもりなんだ。予想通りで恐縮だけど」
伊吹としてはそう答えるしかないよね。
事実を伝える方が信じられないってのは、けっこう悲しい事態ではある。
「ツッコミは最後に入れるから、まずは全部しゃべっちゃいなさい」
おごそかに命令してるし。
なんていうか、伊吹は被告席に立ってる囚人みたいですよ。
神様なんすけどね。
「あれは玉藻。九尾の狐だ。俺と七樹、美咲がいることを知って接触してきた。挨拶という名目でな」
過不足なく説明してゆく。
放火事件で狐火という噂が立ちはじめ、評判が悪くなることを警戒して、きちんとした犯人を用意するために動画を撮った事をふくめて。
「……なるほどね。だいたい判ったわ」
「疑わないのか?」
「ツッコミは最後にするって言ったでしょ。続けて」
じっと雪那が見つめる。
諦めたように、伊吹が息を吐いた。
「俺は人間じゃないんだ。あ、いや、この身体は人間だけど」
事実だけと、事実なんだけど、かえって痛々しい。
身体は人間だけど魂は人間じゃないとか。
中二病もびっくりだ。
そしてそれは、私も七樹も同じなのである。
せつなすぎる。
「人間じゃないとしたらなんなのよ? 宇宙人? 未来人? 異世界人? 超能力者?」
おいばかやめろ姐御。
それは危なすぎる。
「全部ハズレだ。俺は素戔嗚尊。七樹は八岐大蛇。美咲は奇稲田姫だな」
「…………」
伊吹の言葉に呆然としていた雪那だったが、やがて腹を抱えて笑いはじめた。
気持ちは良く判るぜ。
痛い子すぎるよな。
「だから美咲を取り合ってたのか! だからライバルだったのか!!」
大爆笑である。
いやいや。
そこに受けてんのかよ。




