人と神がラブラブなんて、アメージングだよね! 1
早来伊吹がおとなしくなった。
こわい。
ちょっかいをかけてこなくなった。
むしろクラスで孤立しちゃってる。
転校してきてから一週間。つまり私と七樹がつきあい始めてから一週間だ。
つっかかってこないと、こっちとしてもリアクションがとれない。
一応、七樹はスサノオ討伐を依頼されてはいるけど、こちらから仕掛けるのは避けたいところなのだ。
というのも、勝算が低いんだって。
草薙剣を装備した七樹ではあるが、天羽々斬剣を装備した早来伊吹には、やっぱり分が悪いんだそうだ。
今のところはスサノオも目立った動きをしていないし、機会をうかがった方が良いだろうって安藤氏もいってた。
なにしろ再度の挑戦はないからね。
七樹で勝てないとしたら、正直なところ他に勝てそうな人間もいないらしい。
もし負けちゃったら、いよいよ北海道の謎の街に頼らないといけないって心配していた。
あの心配っぷりは、そーとー嫌がってるね。
ぜってー関わり合いになりたくないって感じ。
安藤氏がそこまで嫌がるなら、私だって関わりたくないし、そもそも七樹が負けて死んじゃうとかありえない。
仕掛けるなら必勝のタイミングで、だよね。
そんなわけで、私と七樹は虎視眈々とチャンスを狙ってる。
でも、早来伊吹は動かない。
何を考えているのか。
手を出せないまま時間だけが過ぎてゆく。
そして、これって良くない傾向だと思うんだよね。
「早来のやつ。完全に孤立しちゃってるな。なんとかしないと」
ある朝、心配そうに雪那が呟いた。
ほらね。
ほらね。
こうなると思ったよ。
この頼もしい姐御は、困ってる人を絶対に見捨てたりしないんだ。
「ほっとけばええんちゃうかなー」
「むー○ん。それはいけないよ」
「誰がむーみ○か。このえせス○フキンめ」
私の反対意見など、きいちゃくれない。
早来伊吹は私にもクラスにも大迷惑をかけたわけで、孤立するのはむしろ当然だ。
いじめとかに走らないだけ、うちのクラスはおとなしいと思うよ。
まあそんなことになったら、姐御がすぐに止めるだろうけどさ。
つーか、よく学校これるよな。あいつも。
クラスメイトと涼夏先生を操ったんだぞ。神通力で。
外道の極みじゃねーか。
「なんて雪那は平然と許しちゃえるのよ。私たちが警察に連絡したから良いようなものの、タイミングが遅かったら何されていたかわかんないんだよ?」
女子たちに献上させた弁当を食べ、身体を触った程度だけど、わりとファウルライン越えちゃってるっしょ。
エスカレートしてたら、もっとすげーことまでされたかもしれない。
つーか、涼夏先生はやられちゃってるって噂だ。
ありえへーん!
死刑じゃ死刑じゃ!!
打ち首じゃ!
「そうなんだけどさ。ああいう風にぽつんと座ってられると、なんか哀れでさ」
「ゴブリンに同情して見逃してやったら、後ろから攻撃されるよ?」
「それはなんの話なのよ」
「人前に出てこないゴブリンだけが良いゴブリンじゃ」
まあ、あいつは小鬼じゃなくて神様だけどね。
「意味がわからぬ」
「雪那ってさ。捨て猫とか放っておけないタイプだよね」
「見かけたら捕まえて馴化して、飼い主を探すくらいはやるけどね」
「いろいろおかしすぎる」
馴化ってのは人に慣れさせること。
野良猫の保護で最も一般的な方法のひとつなんだけど、そう簡単な話じゃない。
そもそも、猫なんて容易くは捕まえられないから。
あんたは手からスパイダーストリングでも出せるのか?
「一人暮らしのお年寄りとかね。ウチが調教した猫を喜んでくれるよ」
「調教いうな」
「お小遣いもくれるよ」
「営利目的かよ」
ともあれ、雪那的に早来伊吹を放置するのはダメらしい。
困ったリーダーである。
私は肩をすくめてみせた。
「具体的にはどーすんのよ?」
「エサで釣ればいいんじゃね?」
動物かよ。
あ、でも七樹を餌付け中だったわ。私。
美咲さんは餌付けがしたいんですよ。
「弁当を巻き上げてたからね。腹へってんじゃないかなーと」
「そんな理由で奪ってたのかなぁ?」
違うと思うぞー?
あれは権力を誇示したかったとか、そういう行為だと思うんだよね。
腹ぺこ神様ってのは、なんぼなんでも絵にならなすぎだろう。
「ま、話してみるよ」
よいしょ、とババくさいかけ声とともに雪那が席を立った。
「早来ってさ。謝罪とかできない人?」
ぼっち神様の前に立った雪那が斬り込んだ。
もっのすげー大上段から。
「なにを言ってる……?」
いぶかしげな顔をする早来伊吹。
うん。普通はそういうリアクションだよね。
「この状況さ。早来が作ったんだって自覚してるのかって話だよ」
うわあ。
この姐さん。神様の机にどんって座っちゃった。
怖ぇぇ。
「あんたさ。へんな力でクラスのみんなを操ったでしょ?」
えー?
それ訊いちゃうんすか?
やばくないっすかね。
「…………」
「催眠術とかそういうやつ? 薬とかじゃないって話だけどさ。でもまあ、企画もののAVかエロ同人かってことをやったわけだ」
おい。姐御。
なんであんたはそんなもんの知識があるんだ。
七樹といい雪那といい、知見の方向性がおかしすぎる。
「そんだけのことをしておいて、謝罪会見も開かないんだから、そりゃ空気だってギスギスするさ。OK?」
「…………」
「OK?」
「……ああ。理解した」
渋々といった風情だけど、早来伊吹が頷いた。
姐御すげえよ。
押し込んじゃったよ。
クラスメイトたちは、ごくりと唾を飲み込みながら見守っている。
「すごいな。三石は。事態をあっという間に矮小化してみせた」
いつの間にか近寄っていた七樹が感心したように呟いた。
「だね」
みんな、あいつの神通力が謎だったから近づけなかったんだ。
怖いからね。
また操られたらどうしようって思うのは、わりと当たり前の心理である。
それを雪那はひっくり返した。
そこが問題なんじゃないんだよって。
やっちまったもんは仕方ないんだから、ちゃんと謝罪して二度とやらないって誓えって。
「なら、やるべきことはやらないとね」
早来伊吹を立たせ、教壇へと誘う。
なんだろう。
死刑囚を引き立てる処刑人みたいだ。
悟りきった顔で、クラスメイトたちを見わたし、ゆっくりと頭を下げる。
「すまなかった」
「そんな謝罪があるかーっ!!」
次の瞬間、雪那の両手が早来伊吹の頬を掴み、びろーんと横に伸ばした。
神様のほっぺを伸ばすJK。
強すぎる。
「いひゃいいひゃいっ!?」
「頭下げれば良いってもんじゃない! 誠心誠意あやまんないとダメでしょっ!」
うわあ。
スサノオ涙目だよ。
ばっちんと手を離し、両手を腰に当てる雪那。
「つっても原稿も用意してないだろうし、ウチの言うことを復唱して」
「わ、わかった……」
頬をさすりながら神様が頷く。
「このたびは大変な迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」
「このたびは大変な迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」
「今後はクラスの一員として、また、雪那さまの下僕として誠心誠意つとめますので、よろしくお引き回し下さい」
「今後はクラスの一員として、また、雪那……いやいや。ちょっとまて。おかしいだろ!?」
「ち」
「舌打ちしたなっ!」
なんだこの寸劇ってシーンである。
たまらず教室が爆笑に包まれた。
なんだよ。なかなか面白い奴じゃないか。くらいの感じだ。
「空気を支配したな。ほんとに何者なんだよ。三石は」
「おそろしいわー 姐御おそろしいわー」
もう操られた事件のことなど気にしている人はいない。
ちゃんと謝ったし、雪那の下僕(笑)になるっていうなら許してやるか、みたいなノリである。
そうなるように、雪那は計算した。
違うかな。
あれ、きっと素だよ。
「思った通りに行動してるんだろうね。姐御は」
「ああいうのを将器っていうんだろうな」
自然とリーダーシップがとれて、黙っていても周囲がついてきてくれる人のことだ。
将来、政治家とかになりそう。




