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私のオロチさま! ~スサノオとヤマタノオロチが同級生!?~  作者: 南野 雪花
第1章 神代の恋とか、ロマンチックだよね!
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神代の恋って、ロマンチックだよね! 10


 蓮斗と七樹の一次接触は、なかなかの緊張感を孕んでいた。


「あんたが姉ちゃんの男? イケメンじゃん」

「美咲の弟か。良い面構えしている」


 互いに右手を差し出して握手とかしてるけど、なんか視線が火花を散らしてる。

 ライバル! みたいな感じで。


 これはあれかな。

 お姉ちゃんをとられる弟の気持ちってやつかな。


 アン○ローゼを後宮に連れて行かれたライ○ハルトとか、そういうやつ。

 やばいな。

 そしたら蓮斗ってば、姉を奪った七樹に復讐するために戦わないといけないじゃん。


「一応きいとくけど、バカで貧乏で地味で顔もスタイルも普通な姉ちゃんだぜ? 本気でこんなんで良いのか?」

「ばっかお前。それがいいんじゃないか」

「OK。もう返品きかねえぞ」

「返せっていっても、もう返さないさ」


 あれれー?

 なんか流れがおっかしいぞー?


 左手で肩とか叩き合ってるし。

 なんで男の友情成立しちゃってるの。

 お前なんかにお姉ちゃんはあげないぞ! って流れじゃないの?


「ほら。バカだろ?」


 ちらりと私に視線を投げる弟くん。

 その態度はいただけないな。

 きみだけノーマルカレーにしちゃうよ。


「知ってるさ。小学校のときから同じクラスだし」

「あれ? もしかしてあんたがナナキさんか」


「ん? そうだけど」

「へぇぇ! じゃあやっと想いが届いたってことかー じつはガキの頃から姉ちゃんは……」

「おっとそこまでにしてもらおうか!」


 ろくでもないことを口走ろうとする弟の前に身体を滑り込ませる。

 まったく。

 油断も隙もない。


「んだよ? いいじゃん。せっかく初こ……」

「OK蓮斗。きさまは晩飯抜きだ」

「あ、いえ。はい。すいません。なんでもありません」


 伝家の宝刀を抜こうとした私に、へこへこと卑屈な態度であやまり、自室へと引っ込んでゆく。

 ごゆっくりー、とか言いながら。


 おんぼろアパートだけど、いちおうは3LDKなので私も弟も自分の部屋がある。

 せっまいけどねー。

 まあ、だから寝るとき以外は、たいてい居間にいるわけだ。


「ふ。悪は去った」

「照れるようなことか? 俺たちは因縁は小学校からなんてレベルじゃないだろうに」

「それはそれよ」


 エコバッグから出した食材をダイニングテーブルに置きながら、私は七樹に笑ってみせる。

 前世が云々なんて話をしたら、それこそ精神病院おくりだ。

 制服の上からエプロンを身につけ、手を洗う。


「着替えないのか?」

「いくら七樹相手でも、部屋着を披露するのはちょっとね。ぼろすぎるから」


 べろべろに伸びたTシャツと中学時代のジャージズボンである。

 しかも膝に穴が空いちゃったので、適当に切ってハーフパンツしたから左右の長さが違うというかっこいやつだ。


 あんなん着てみせるくらいなら、裸エプロンの方がなんぼかマシだ。

 恥ずかしさの質がだいぶ違う。


「あ、もしかして裸エプロンのが良かった? だったらちょっと頑張っちゃおうかな」

「頑張らなくて良い」


 呆れたようにため息を吐いた七樹が私の横に立つ。

 手伝ってくれるらしい。


「できるの?」

「野菜を洗うくらいはやれるさ」

「感心感心。いい旦那さんになるよー」


 うん。

 こういうのも悪くない。






「ふおおおお!!」

「ぬぉぉぉぉ!!」


 奇声を上げている謎の生命体がふたつ。

 何を隠そう、私の母と弟である。

 前者は区役所の職員で後者は中学生だ。


 父親はいない。

 私が小学にあがるまえに病死した。


 亡くなったときはまだ二十代だったため、たいした貯蓄もなく、かけていた生命保険だって微々たるものだった。

 以来ずっと貧乏暮らしである。


 それでも母子家庭というのは、行政がけっこう手厚い援助をしてくれるので、なんとか暮らしていけてはいる。

 といっても、かなりワーキングプアには近いが。


 だから、目の前にあるカツカレーは、すごいごちそうだ。

 なにしろスープとサラダまでついている。


「はい。スポンサーさまに盛大な拍手を!」

「ははーっ」

「ありがたやありがたやーっ」


 私の音頭で、母と弟が七樹に感謝の意を示した。


「俺は材料費を出しただけで、作ったのは美咲なんだから」


 一方の七樹は遺憾の意を示している。


「ゆーて、いくら私が泥を金に変える料理技術をもっていても、無から有は生み出せないからね」

「錬金術師まで後一歩だな」


 笑い合う。

 実際、七樹もけっこう手伝ってくれた。

 不器用な手つきで皮むき(ピーラー)つかってる姿なんか、かなり微笑ましかった。


「そんなわけで、あらためて紹介します。恋人の山田七樹くんです。お金持ちです」

「なんで最後つけたしたし」


 母の美彩(みあや)が驚いた顔をした。


「山田くんって、小学校から一緒だったあの山田くん?」

「はい。その山田ですね。きっと」


 微笑する七樹。

 くわっと母親が目を剥いた。


「美咲! 身分違いの恋よ!」

「おちつけ母さん! 平成日本に身分はない! それどころかもうすぐ平成おわる!」


 怒鳴り返してみたものの。なかなかめんどくさい恋なのはたしかだよ。

 一方は大企業のオーナー社長の息子だもの。

 まともに考えたら釣り合うわけがないのさ。


 ふっと笑った私の頭を、七樹が撫でる。


「そりゃ考えすぎ。うちは名家ってわけじゃない。むしろ成り上がりものだからな。格式とかとは無縁さ」


 そういうものじゃろうか?

 婚姻政策とかあるんじゃねーのかな。

 伝統とか格式とかない分、政財界と繋がらないといけない、みたいな。


「心配ない。もしめんどくさいことになったら全部斬り破るだけだし」

「おいばかやめろ」


 草薙剣を返してもらったからって調子に乗るなよ。

 つーかそういう暴力的な解決法ばっかり選ぶから、邪竜とか悪竜とかいわれたんじゃねーの?

 平和的にいこうよ。


「一応ね。明日から七樹の分の弁当も作るんってことになったから」

「材料費は出しますんで、よろしくお願いしまっす」


 ふたりして事情を説明する。

 なんだかんだいっても、これが最も一緒にいる時間を自然に増やす方法だろう。

 提案してくれた雪那に感謝だ。


「胃袋をつかみにいったぜ……さすが姉ちゃん……」

「しかもお金は相手持ちで……我が娘ながら怖ろしいやつ……」


 だまれ貴様ら。

 その弁当作りで余った食材が、貴様らのエサになるのだぞ。


 普通は夕食の残りとかが弁当のおかずになるんだろうけど、どう考えても弁当が最も豪勢になるんだから仕方がない。

 櫛田家は貧乏なのである。


「ていうか山田くん。ほんとにこんなので良いの? 母親の私がいうのもなんだけど、かなりおかしいわよ? うちの娘」


 おかしいいうなよ。まいまざー。


「それが良いんじゃないですか。蓮斗くんにも言いましたけどね」


 まい彼氏は、弁護するつもりがあるならもうちょっと言葉を選べ。


 出会ったときには愛していたとか。

 ときめいたらカーニバルだったとか。

 いろいろあるべや。


「ていうかね。あんたらの中での私の評価、低すぎるんじゃないかと思うんだよ」


「そんなことないよ。姉ちゃんの作るメシは美味いし」

「そうそう。お店に出せる味よね」

「俺も、食事が楽しいと思ったのは生まれて初めてだ」


 OK。

 誰が調理師として評価しろといったのか、責任のある回答をもらおうじゃないか。





 見上げる夜空には、たぶん春の星座が広がっているんだろう。

 東京じゃまったく見えないけどね。


「ごちそうさま。美咲。むちゃくちゃ美味かった」

「惚れ直した?」


 外まで見送った私に、七樹が笑いかける。


「もうストップ高さ。これ以上株価があがったら市場が崩壊してしまう」

「おうおう。口が上手いことで」


 肩をすくめる。


 私は子供の頃から七樹が好きだった。

 その思いは奇稲田姫のものなのか、それとも私のオリジナルなのか、判らない。

 童女だったっていうしね。

 まだ愛だの恋だのを知る年齢じゃなかったんじゃないかな。


 だから、


「これから始まるのは、続きじゃないよね」


 呟く。


「ああ。新しい物語だ」


 微笑した七樹が私を抱き寄せた。

 顔が近づいてくる。


 いまはやめた方がいいんじゃねーかなー?

 と、口にするより早く、彼と私の唇が重なった。


「…………」

「…………」


 ゆっくりと身体を離す。

 微妙な顔で。


「ファーストキスは……」

「カレー味だったでしょ」


 えらくしょーもない新しい物語のスタートである。

 

 

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