神代の恋って、ロマンチックだよね! 10
蓮斗と七樹の一次接触は、なかなかの緊張感を孕んでいた。
「あんたが姉ちゃんの男? イケメンじゃん」
「美咲の弟か。良い面構えしている」
互いに右手を差し出して握手とかしてるけど、なんか視線が火花を散らしてる。
ライバル! みたいな感じで。
これはあれかな。
お姉ちゃんをとられる弟の気持ちってやつかな。
アン○ローゼを後宮に連れて行かれたライ○ハルトとか、そういうやつ。
やばいな。
そしたら蓮斗ってば、姉を奪った七樹に復讐するために戦わないといけないじゃん。
「一応きいとくけど、バカで貧乏で地味で顔もスタイルも普通な姉ちゃんだぜ? 本気でこんなんで良いのか?」
「ばっかお前。それがいいんじゃないか」
「OK。もう返品きかねえぞ」
「返せっていっても、もう返さないさ」
あれれー?
なんか流れがおっかしいぞー?
左手で肩とか叩き合ってるし。
なんで男の友情成立しちゃってるの。
お前なんかにお姉ちゃんはあげないぞ! って流れじゃないの?
「ほら。バカだろ?」
ちらりと私に視線を投げる弟くん。
その態度はいただけないな。
きみだけノーマルカレーにしちゃうよ。
「知ってるさ。小学校のときから同じクラスだし」
「あれ? もしかしてあんたがナナキさんか」
「ん? そうだけど」
「へぇぇ! じゃあやっと想いが届いたってことかー じつはガキの頃から姉ちゃんは……」
「おっとそこまでにしてもらおうか!」
ろくでもないことを口走ろうとする弟の前に身体を滑り込ませる。
まったく。
油断も隙もない。
「んだよ? いいじゃん。せっかく初こ……」
「OK蓮斗。きさまは晩飯抜きだ」
「あ、いえ。はい。すいません。なんでもありません」
伝家の宝刀を抜こうとした私に、へこへこと卑屈な態度であやまり、自室へと引っ込んでゆく。
ごゆっくりー、とか言いながら。
おんぼろアパートだけど、いちおうは3LDKなので私も弟も自分の部屋がある。
せっまいけどねー。
まあ、だから寝るとき以外は、たいてい居間にいるわけだ。
「ふ。悪は去った」
「照れるようなことか? 俺たちは因縁は小学校からなんてレベルじゃないだろうに」
「それはそれよ」
エコバッグから出した食材をダイニングテーブルに置きながら、私は七樹に笑ってみせる。
前世が云々なんて話をしたら、それこそ精神病院おくりだ。
制服の上からエプロンを身につけ、手を洗う。
「着替えないのか?」
「いくら七樹相手でも、部屋着を披露するのはちょっとね。ぼろすぎるから」
べろべろに伸びたTシャツと中学時代のジャージズボンである。
しかも膝に穴が空いちゃったので、適当に切ってハーフパンツしたから左右の長さが違うというかっこいやつだ。
あんなん着てみせるくらいなら、裸エプロンの方がなんぼかマシだ。
恥ずかしさの質がだいぶ違う。
「あ、もしかして裸エプロンのが良かった? だったらちょっと頑張っちゃおうかな」
「頑張らなくて良い」
呆れたようにため息を吐いた七樹が私の横に立つ。
手伝ってくれるらしい。
「できるの?」
「野菜を洗うくらいはやれるさ」
「感心感心。いい旦那さんになるよー」
うん。
こういうのも悪くない。
「ふおおおお!!」
「ぬぉぉぉぉ!!」
奇声を上げている謎の生命体がふたつ。
何を隠そう、私の母と弟である。
前者は区役所の職員で後者は中学生だ。
父親はいない。
私が小学にあがるまえに病死した。
亡くなったときはまだ二十代だったため、たいした貯蓄もなく、かけていた生命保険だって微々たるものだった。
以来ずっと貧乏暮らしである。
それでも母子家庭というのは、行政がけっこう手厚い援助をしてくれるので、なんとか暮らしていけてはいる。
といっても、かなりワーキングプアには近いが。
だから、目の前にあるカツカレーは、すごいごちそうだ。
なにしろスープとサラダまでついている。
「はい。スポンサーさまに盛大な拍手を!」
「ははーっ」
「ありがたやありがたやーっ」
私の音頭で、母と弟が七樹に感謝の意を示した。
「俺は材料費を出しただけで、作ったのは美咲なんだから」
一方の七樹は遺憾の意を示している。
「ゆーて、いくら私が泥を金に変える料理技術をもっていても、無から有は生み出せないからね」
「錬金術師まで後一歩だな」
笑い合う。
実際、七樹もけっこう手伝ってくれた。
不器用な手つきで皮むきつかってる姿なんか、かなり微笑ましかった。
「そんなわけで、あらためて紹介します。恋人の山田七樹くんです。お金持ちです」
「なんで最後つけたしたし」
母の美彩が驚いた顔をした。
「山田くんって、小学校から一緒だったあの山田くん?」
「はい。その山田ですね。きっと」
微笑する七樹。
くわっと母親が目を剥いた。
「美咲! 身分違いの恋よ!」
「おちつけ母さん! 平成日本に身分はない! それどころかもうすぐ平成おわる!」
怒鳴り返してみたものの。なかなかめんどくさい恋なのはたしかだよ。
一方は大企業のオーナー社長の息子だもの。
まともに考えたら釣り合うわけがないのさ。
ふっと笑った私の頭を、七樹が撫でる。
「そりゃ考えすぎ。うちは名家ってわけじゃない。むしろ成り上がりものだからな。格式とかとは無縁さ」
そういうものじゃろうか?
婚姻政策とかあるんじゃねーのかな。
伝統とか格式とかない分、政財界と繋がらないといけない、みたいな。
「心配ない。もしめんどくさいことになったら全部斬り破るだけだし」
「おいばかやめろ」
草薙剣を返してもらったからって調子に乗るなよ。
つーかそういう暴力的な解決法ばっかり選ぶから、邪竜とか悪竜とかいわれたんじゃねーの?
平和的にいこうよ。
「一応ね。明日から七樹の分の弁当も作るんってことになったから」
「材料費は出しますんで、よろしくお願いしまっす」
ふたりして事情を説明する。
なんだかんだいっても、これが最も一緒にいる時間を自然に増やす方法だろう。
提案してくれた雪那に感謝だ。
「胃袋をつかみにいったぜ……さすが姉ちゃん……」
「しかもお金は相手持ちで……我が娘ながら怖ろしいやつ……」
だまれ貴様ら。
その弁当作りで余った食材が、貴様らのエサになるのだぞ。
普通は夕食の残りとかが弁当のおかずになるんだろうけど、どう考えても弁当が最も豪勢になるんだから仕方がない。
櫛田家は貧乏なのである。
「ていうか山田くん。ほんとにこんなので良いの? 母親の私がいうのもなんだけど、かなりおかしいわよ? うちの娘」
おかしいいうなよ。まいまざー。
「それが良いんじゃないですか。蓮斗くんにも言いましたけどね」
まい彼氏は、弁護するつもりがあるならもうちょっと言葉を選べ。
出会ったときには愛していたとか。
ときめいたらカーニバルだったとか。
いろいろあるべや。
「ていうかね。あんたらの中での私の評価、低すぎるんじゃないかと思うんだよ」
「そんなことないよ。姉ちゃんの作るメシは美味いし」
「そうそう。お店に出せる味よね」
「俺も、食事が楽しいと思ったのは生まれて初めてだ」
OK。
誰が調理師として評価しろといったのか、責任のある回答をもらおうじゃないか。
見上げる夜空には、たぶん春の星座が広がっているんだろう。
東京じゃまったく見えないけどね。
「ごちそうさま。美咲。むちゃくちゃ美味かった」
「惚れ直した?」
外まで見送った私に、七樹が笑いかける。
「もうストップ高さ。これ以上株価があがったら市場が崩壊してしまう」
「おうおう。口が上手いことで」
肩をすくめる。
私は子供の頃から七樹が好きだった。
その思いは奇稲田姫のものなのか、それとも私のオリジナルなのか、判らない。
童女だったっていうしね。
まだ愛だの恋だのを知る年齢じゃなかったんじゃないかな。
だから、
「これから始まるのは、続きじゃないよね」
呟く。
「ああ。新しい物語だ」
微笑した七樹が私を抱き寄せた。
顔が近づいてくる。
いまはやめた方がいいんじゃねーかなー?
と、口にするより早く、彼と私の唇が重なった。
「…………」
「…………」
ゆっくりと身体を離す。
微妙な顔で。
「ファーストキスは……」
「カレー味だったでしょ」
えらくしょーもない新しい物語のスタートである。




