表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 風穴
2/2

Another Story

しとしとと雨が降る。

放課後、俺はここに入学して初めて図書室へ行ってみる。

いつもこの時間なら野球部の喧しい声が聞こえるが、今日は生憎の雨。未だ降り続く雨音だけが校内を満たす。

図書室に向かう廊下には雨音と俺の足音だけが虚しく響く。

以前にも増して今日は何か物寂しい気もする。部活の喧騒とは関係無くなってしまった俺。

今は踏ん切りが付いたものの、こういう日はあの日々を思い出して寂しくなるもんだ。


キィッ

図書室のドアを開ける。

先客が一瞬ドアの方へ目をやり、また本へ目を戻す。


「お前は、同じクラスの……」


俺は先客に声をかける。

彼女は同じクラスの女子。頭も良いし、博識。……頭良いも博識も大体意味一緒か。

まぁ、いつもテストは最高得点。全国模試も毎回上位だって噂だ。

それに……艶のある肩口まで伸ばした黒い髪。柔らかそうな白い肌。目鼻立ちもしっかりしていて、普通に美人。俺とは真逆の人間かもな。


「お前、ここで何してんの?」


俺は少し恥ずかしくなりながらも彼女に声をかける。少しぶっきらぼうだったかな?


「本、読んでるの。ここで読むのが好きなの」


彼女は本から目を話さずお返しとばかりにぶっきらぼうに返す。


「そっか……」


俺は返事をしてくれた事が嬉しかったけど、バレないように小さく呟き、演技出来なくなる前にすぐその場を離れた。

てか、あの子、声も綺麗なのか……



翌日も昨日の雨がまだ残っているかのように雨が降り続いた。

俺は今日も図書室へ向かう。彼女は居るだろうか?

今日も雨音と足音が廊下に響く。彼女の顔を見るのが待ち遠しい。


キィッ

ドアを開け、今日も彼女が居るのを確認する。


「お前、昨日も居たな。暇なのか?」


知ってた。いつも彼女がここに居るのは女友達から聞いてて知ってた。けど聞いた。彼女に話しかけたかったから。


「そうね。野球部を辞めたあなたと同じくらい暇かも」


彼女が皮肉ってきた。


「失礼なやつだな」


本心ではない。


「お互い様よ」


彼女はそう言うと、本へと視線を戻す。

俺も何か読むべきかと本を探し読んでみる。

が、イマイチ内容は掴めないし何が面白いのか分からない。

俺は本を読む振りをしてチラチラと彼女を見ることにした。

彼女は本に集中しているのか俺の視線には気付いていないようだ。

しばらくすると雨が上がったのか野球部の喧しい声が聞こえ始める。チラッと彼女を見ると、嬉しそうに口角を上げ笑っていた。


「お前、何で笑ってんの?」


と、彼女に聞いてみる。


「笑ってないわ」


彼女はそう返す。


「いや、笑ってたよ。雨が上がったからか?」


俺は彼女が笑った理由が知りたくて、彼女ともっと話していたくて聞いてみる。


「あなた、暇なのね。私の顔しか見てないんじゃないの?」


ギクリ。

彼女が図星を突いてくる。


「ンなことねぇよ!たまたま顔を上げたらお前が笑ってたから聞いたんじゃねぇか!」


俺は彼女の顔をチラチラと見ていたことがバレないようにと反論するが、これでは全くもって説得力がない。

顔が熱い。顔から火が吹くとはこの事か……


「それにしても、最近よく来るわね。やっぱり野球部辞めてから暇なの?」


彼女から話しかけてきたのは初めてだったから少し驚いたが……野球。懐かしいな。

昔からプロ野球選手になるんだとリトルやシニアに所属して、毎日毎日白球を追い回しグローブを磨き、バットを振る。野球だけが楽しくて。野球だけが取り柄で頑張ってきた。

去年までは。医者からはオーバーワーク。しっかりストレッチしていても今まで取り切れなかった疲労の蓄積が決壊したんだと言われた。野球はもう出来ないと。


「まぁな。野球辞めてから暇だよ。ずーっと野球しかして来なかったからな……何していいかわかんねぇんだ」


約1年。

医者からの冷たい宣告。バットもグローブも、捨ててしまった。

マメの痕が薄くなった手だけが俺が野球をしていたという証拠。いつかはこれも消えてしまうのだろう。そう思うと少し寂しく思う。


「そう。……だったらここで勉強したらいいじゃない。どうせ野球しかしてこなかったんだから勉強は疎かになってたんでしょうしね」


彼女が皮肉っぽく俺に言う。

俺はふと顔を上げて彼女を見る。

彼女は優しい表情で俺を見つめていた。


「ありがとう」


そう俺は心の底から彼女に感謝することが出来た。

彼女は皮肉っぽい言葉を言いつつも優しげなその表情から本当に優しい、暖かな人である事がわかる。


雨上がりの雲間から陽が差す。

彼女の顔は西日で紅く染まっているように見えた。

グラウンドにはいつも通り野球部の大きな喧しい声。

雨上がりの空には綺麗な虹が掛かっていた。


雨も案外悪くない。

非常に短い拙作ですが、お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ