デーモンはちみちみザウルスがお好き
道場破りもかくやの勢いでアシュリーは問題の部屋の扉を開く。最奥の椅子にもたれかかっているのは鬼であった。
比喩の意味で鬼と言っているのではない。昔話の桃太郎で人々を苦しませていたが、犬と猿と雉を連れた人間に討伐された例の化け物がそのまんま鎮座しているのだ。
そいつの傍に控えているのはゾンビとスケルトン。人当たりの良さそうな顔つきをしていたゾンギエフとは一転して、チンピラでしか発揮できない凶悪な三白眼を光らせていた。酒盛りの最中だったのか、床のあちらこちらに空のグラスが転がっている。
「なんだあ、てめえらは。迷子ならとっととお家に帰りな。俺はガキには興味ねえ」
「私の名はアシュリー。宿屋の主人からの命により、お前を討伐しに来た」
鬼の威圧にも負けず、アシュリーは堂々と名乗りを上げる。対して浴びせられたのは爆笑であった。さしものアシュリーも露骨に不機嫌を顕わにする。
「親分、この子供がエクソシストのようですよ。俺たちも舐められたものですね」
「お尻ぺんぺんしてさっさと黙らせちまいましょうぜ」
手下にからかわれ、アシュリーはワンドを握りつぶしそうであった。鬼も怖いが、隣にいるアシュリーも怖い。仮に優が尿意を我慢していたら、すぐさま失禁していたかもしれない。
「アシュリーさん。あの鬼が問題のアンデットですか」
「オニ? あいつは上級アンデットのデーモン。オニなんて名前のアンデットは聞いたことがない」
どこからどう見ても鬼なのだが、所変われば名前も変わるということだろうか。鬼、もといデーモンはどっこいしょと腰を上げる。頭の角が天井スレスレにまで達しており、睥睨されるだけで息が詰まりそうになる。
巨大なデーモンと小柄なアシュリー。弁慶対牛若丸、鬼対一寸法師の例からするとアシュリーが有利そうだが、実際に対面するとどうやって勝つのか皆目見当がつかなかった。
「私は無闇にアンデットを消し去ることはしない。自らの悪事を悔い改めるなら許してやってもいい」
「口だけは一丁前じゃねえか。いいだろう、遊んでやるよ」
お互いに火花を飛ばしあう。魔法が存在する世界なので実際に飛ばしていると勘違いしているかもしれないが、これはあくまで比喩である。そもそも、両者とも火花を飛ばす魔法は習得していない。
先に動いたのはデーモンだった。巨大な手を伸ばしてアシュリーを握りつぶそうとする。優は「危ない」と言いかけるが「あ」と発音した時点で掌底はアシュリーの頭に達していた。ここであっさり終わってしまうのか。
だが、事態は思わぬ方向に転んだ。理不尽な暴力でアシュリーが握りつぶされる。そうではなく、よしよしするように頭を撫でている。力任せにぶん殴ったり、手からビームを出して虐殺したりするような意味ではなく、慈しむ方の意味で可愛がっているのだ。
アシュリーもまさか敵がこんな行動に及ぶとは予想外だったらしい。目を白黒させて戸惑っている。
「まあ、ツンケンしても仕方ねえ。どうだ、一杯飲もうか。酒が苦手ならミルクもあるぞ」
「おお、ミルクか。話が分かる」
浮足立ってアシュリーはデーモンの横にちょこんと座る。そして、軽快にグラスで乾杯すると、酒盛りを始めてしまうのだった。
呆れた表情を浮かべる金魚のフンのゾンビとスケルトン。優もまた状況が把握できずに間抜けな顔を晒していた。
「あの、どうなってるんですか、これ」
「親分の悪い癖が始まったんです」
「親分は女好きなんですが、特にあのエクソシストのようなちっこい女の子が大好きなんです」
「あいつ、ロリコンだったのかよ」
まったく、小学生は最高だぜと素で言ってそうな輩であった。肝心のアシュリーはミルクの虜になってしまって使い物にならない。どうにか、ロリコン、ではなくデーモンをアシュリーから引き離さなくては。
このままグダグダと宴会が続く。と、思われたが事態は悪化してしまうのであった。
「こ、こら、やめる……」
「いいじゃねえかよ。ほれほれ~」
デーモンは公然とセクハラをしている。図体がでかすぎるためか、指先で器用にアシュリーの胸をお触りする。逃げようとしても、がっちりと肩をホールドされているようで、全く身動きができない。
酒におぼれた上に痴漢行為を働くとは、完全に最悪な酔っ払い客である。だが、冗談を言っている場合ではない。優の力ではどうこうできるとは思えなかったが、かといって手をこまねいているのも癪であった。
「この野郎! 何やっとんじゃあああああああ!」
自棄になって優は体当たりを仕掛ける。
「優!? 早まるな、君の勝てる相手ではない」
「うぜえぞ、小童が!!」
全身を用いた突撃は巨大な拳に迎えられた。正面衝突した挙句、優は部屋の壁に押しつぶされる。勝利を確信し、デーモンは下賤な笑みを浮かべた。
うるさいハエを叩き潰した。デーモンにとってはただそれだけだったかもしれない。しかし、この理不尽な暴力が彼の運の尽きだった。
宴会の続きを始めようと、デーモンはアシュリーの肩を掴もうとする。だが、その腕に牙が突きつけられた。一瞬怯んだ隙に、アシュリーはデーモンの懐から脱出した。
「てめえ、俺に噛みつくなんてとんだじゃじゃ馬娘じゃねえか」
「まったく、汚いものを噛んでしまった。口の中にばい菌が入ったらどうする」
「ふざけたことを。俺は一週間前に風呂に入ったばかりなんだ。清潔だからばい菌なんかいるわきゃねえだろ」
「うわあ、くせえ」
アシュリーは本気で引いていた。手下のゾンビも鼻をつまむ始末だ。誤解のないように言っておくが、手下ゾンビは昨日風呂に入ったばかりなので、決して不潔ではない。
「エクソシストは基本、罪のないアンデットを浄化することはできない。でも、この瞬間に浄化する大義名分ができた。私の依頼人に対する暴力行為。そもそも、この宿での傍若無人な振る舞い。それらは決して容認できない。今、ここで貴様を排除する」
ワンドを掲げ、高らかに宣言する。対して、デーモンは牙を剥き出しにして両腕を広げた。
「この俺を本気で浄化しようってのか。おもしれえ。お前ら、こっちに来い。大人しくしていれば、俺の嫁に迎えても良かったが、そっちがその気なら仕方ない。後で泣いても許さねえからな」
手下のゾンビとスケルトンも加えて臨戦態勢に入る。今度という今度はおふざけが介入する余地がない。一瞬でも気を抜いたほうが消される。緊迫した空気が部屋中に満ちていた。
ところで優は無事なのでしょうか。そこは次回をお楽しみに。