ゲーム大好きアシュリーさん
使えそうな物がないか、優はポケットを探った。すると、今の今まで失念していた物体を掬い上げることとなった。生前にちゃっかりとポケットの中に入れていたので、ここまで残っていても不思議ではない。ただ、この局面で役立つかどうか。
「ユー、そいつは何だ」
アシュリーは興味津々だった。もしかして、使えるのではなかろうか。優は机の上に置く。クロナからもらったゲーム〇―イを。
「これはゲー〇ボーイといって、ゲームができる機械なんだ。ほら、ここをこうすると」
優がゲーム機の電源を入れるとロゴが表示された後に不細工なおっさんが亀をいじめている画像が出て来た。
アシュリーがボタンを押すといきなりゲームがスタートする。最初はおっかなびっくりですぐにゲームオーバーになってしまったが、操作方法を説明されるとすぐにステージをクリアしていく。敵を踏みつけて倒しながら、下に落ちないようにジャンプして進んでいくというパクリ元と酷似したゲームシステムだった。
優がいることを無視してアシュリーは一心不乱にゲームに興じている。そのまま一時間が経過した。
「あの、アシュリーさん。そろそろ依頼に移ってもらってもいいですかね」
「もう少し」
二時間が経過した。
「アシュリーさん、依頼を」
「もう少し」
三時間経過。
「アシュリーさん、依頼」
「もう少し」
五時間経過。
「アシュリ」
「もう少し」
「やりすぎじゃ、ボケえええええええ!」
さすがに優は絶叫した。よいこはゲームは一日一時間で止めましょう。
「むう。このサムゲタンとかいう亀が全然倒せん。壊れてるのではないか」
「こいつか。ちょっと貸してみ」
アシュリーからゲーム機を受け取ると、素人とは思えないボタン裁きでサムゲタンなるモンスターの攻撃を回避していく。そして、難なくステージ最奥のボタンを起動させると、サムゲタンはステージの下のマグマへと墜落していった。
「すごい。ユーはゲームの達人」
「いやあ、それほどでも……あるぜ」
元ネタとなっていると思われるゲームでク〇パを数十体ぐらい虐殺してきたのだ。パチモンのク〇パなど優の敵ではない。
ついゲームに夢中になってしまったが、本来の目的を遂行する必要がある。物欲しそうにゲーム機と睨めっこしているアシュリーを尻目に優は切り出す。
「俺の依頼についてですが、こいつと引き換えに受けてもらえないでしょうか」
「デスを倒せばゲームをくれるというのか」
額がごっつんこしそうなほど接近してくる。餌をねだるチワワみたいな奴だなと思ったのは内緒だ。優が首肯してゲーム機を手渡すと、アシュリーは鼻歌混じりでステップを踏んだ。
「うむ。ユー、君の依頼を受けよう。デスは強敵だが、過去に討伐したことがある。こんな面白いものをもらえるのなら安いぐらいだ」
よもや、二十年以上前のゲーム機で喚起乱舞するとは。この世界の文明レベルが心配になる優であった。
さっそく討伐。と、行きたいところだったが、思い出したことがあったのかアシュリーは柏手を打った。
「すまない、ユー。君の依頼はすぐには達成できそうにない」
「問題でもあるんですか」
「むう、大したことじゃない。ユーの前に一つ依頼を受けていた。ちょうど、ターゲットの活動が活発になる頃。まずはそいつを殺しに行く」
「随分、物騒ですね」
「殺すは言いすぎた。でも、場合によっては冗談じゃないかもしれない」
生死がかかっているとは、想像以上に熾烈な現場になりそうだ。いつクロナに狙われるか分からないので、優もアシュリーの仕事に同行させてもらうことにした。
オシリエス通りから中央広場に抜け、そこから北東に伸びるイシュース通りへと踏み入れた。所々でランタンの炎が灯されているが、電灯やらコンビニの灯やらで照らされた都会の夜と比べると薄暗い。加えて、普通にゾンビとかが歩いているものだから心臓に悪い。
優がいちいちアンデットに驚いていると、アシュリーは珍しそうに微笑した。
「子供でもそんな大げさな反応はしない。わざとやっているのか」
「ゾンビとかスケルトンが町中を闊歩しているって、慣れようと思って慣れるもんじゃないですから」
「無一文だし、面白すぎるおもちゃを出すし、アンデットにビビるしで、ユーは本当に愉快な人だ。一体、どんな人生を歩めばそうなる」
「別に特別なことはしてないんだけどな」
注釈するまでもなく、優はいわゆる普通の十六歳である。むしろ、この世界の方がぶっ飛んでいるのだが、現地人のアシュリーに訴えても鼻で笑われるだけだろう。
そうこうしている内に今回の現場となる民宿へと到着した。扉を開けるとオーナーと思われる初老の男性が出迎える。
「ようこそいらっしゃいました、アシュリー様。そちらは同業者の方ですかな」
「いや、私の顧客だ。訳あってボディーガードをしている」
いつクロナに襲われるか分からないので間違ったことは言っていない。優は照れくさそうに一礼すると、アシュリーと共に広間へと踏み入れた。
「さっそく依頼についてですが、予めお話した通りです。この宿の二階の客室に数週間前から上級のアンデットが宿泊、いや、もう住み着いてしまっているのですが、奴らがやりたい放題やって困っています。毎晩酒盛りをするわ、近所迷惑を顧みず大騒ぎするわ。ひどい時は、泊りに来た女性客にいたずらをしようとしたこともありました」
「うむ、女の敵、許すまじ」
「数週間も宿を占拠されるって、警察は何をやってるんですか」
「ケーサツ? 新しいモンスターか?」
アシュリーのみならず、宿屋の主人までも興味津々に腰を浮かせていた。「町の平和を守るために悪い人を捕まえたりする職業」と幼稚園児向けの説明をしておく。納得されなくても致し方なしだったが、合点がいったのかアシュリーは手を打っていた。
「私の同業者みたいなものか。エクソシストの主な仕事は問題を起こしたアンデットを浄化することにある」
「それで、問題なのは件のアンデットが並のエクソシストでは浄化できないほど強いということなのです」
逮捕しようとしても力づくで逃れてしまうということらしい。これまで数人のエクソシストに討伐を依頼したが失敗に終わり、今回ナハトの町で最強と評されるアシュリーに白羽の矢が立ったというわけである。
打ち合わせをしていると、上の階から激しい振動音が響いた。どうやら不埒者が今日もどんちゃん騒ぎをしているようである。「さっそく浄化する」とアシュリーは自前の杖を構えた。白銀の柄にスカイブルーのクリスタルが装飾された片手持ちのワンドと呼ばれるものであった。魔法少女の変身アイテムかと優が錯覚したのはここだけの話だ。