第一村人(ゾンビ)とギルドのお姉さん
デジャヴがあるが、気絶した優が覚醒するとまたも見知らぬ場所だった。木製のベッドに寝かされており、その他は小さな机と椅子があるぐらいの質素な小部屋である。死後の世界でまた死んだ場合はどうなるのだろう。益体の無いことを考えながら、優はベッドから這い出る。
ふとした拍子に髪に触ったのだが、妙な感触がした。濡れているのだ。雨に降られた記憶はない。なのに、しっとりとしている。風呂上がりにドライヤーをかけ忘れたらこうなるか。髪型がパンクロックの人みたいになっていそうだ。
連続で気絶したせいか、地面に足をつけた途端に立ち眩みがする。バランスを崩し、壁に衝突した。本能的危機からとにかく脱出を図らねばと必死になる。だが、優の抵抗は空振りに終わるのだった。
「目覚めたべか。ずっと眠ってたから心配したべさ」
野生のゾンビがあらわれた! しかも、失神する直前に遭遇したのと同一個体だ。密室の唯一の出口を防がれているため逃げられない。
絶体絶命の状況下、優はなけなしのファイティングポーズをとる。すると、ゾンビは大慌てで両手を振った。
「構えなくてもいいべ。おらはおめえを煮て食うつもりはねえ。ただ、いきなり気絶したもんだから町まで運んで介抱したんだべ」
「その方の言っていることに嘘はありませんよ」
後押ししたのは眼鏡をかけた柔和な雰囲気のお姉さんだった。ようやくまともそうな人間が出て来たことで、優はいくらか警戒心を解く。
「ここはどこなんですか。それに、あなたたちは一体何者ですか」
「自己紹介がまだだったべか。おらはゾンギエフ。このナハトの町で冒険者をやってるべ」
「私はナハトの町の冒険者ギルドの職員ルーニアです」
「俺の名は優。日本の高校生だ」
流れで優も名乗ったが、どこまで通じるかは博打だった。案の定、ゾンギエフとルーニアは怪訝な顔をしている。
「二ホン? 聞いたことが無い国だべさ。でも、ファントミック国の公用語をしゃべれるということはこの近くの出身かもしれないべ」
「そうかもしれませんね。あと、アンデットでも無さそうですし、なんらかの事情で旅をしている人間というところでしょうか」
「あの、勝手に話を進めないでもらえますか。次々と訳の分からない言葉が出てきているのですが」
「すまなかったべ」と一礼してゾンギエフは椅子に腰かける。ルーニアからもう一方の椅子を譲られたため、優は素直に腰掛けた。
「話からすると、ここはファンなんちゃらという国のナ、えっと、なんちゃらという町なんですよね」
「ファントミック国のナハトの町だべ」
「そう、それ」
さすがに未知の国名を一発で覚えろというのは無理がある。ただ、優が知りたい事実は他にあった。
「単刀直入に聞きますけど、ここって死後の国なんですか」
「違うべ。おらは一回死んだことあるけど、ちゃんと生きてるべ」
「その格好、特殊メイクとかですか。滅茶苦茶クオリティ高いですね」
「メイク? おらは化粧する趣味はないべさ」
本気で惚けられて優は閉口した。てっきり、ゾンビ映画に出演している俳優だと思ったのだが違ったようだ。本気で一度死んだことがあると言っているのならただの頭がおかしな人である。
質問を間違えると事態を更にややこしくしそうだ。優が話の切り口を探っていると、先行してゾンギエフが語り出した。
「おめえには済まないことをしたべさ。まさか、あの罠で人間がひっかかるなんて予想外だったべ」
「そうだ、謎の穴だ。あんな巨大な穴を掘ってどうするつもりだったんだ」
「ギルドからの依頼で草原に生息するアルミラージというウサギのモンスターを捕まえようとしていたんだべ。動きがすばしっこいから落とし穴に落とすのが定石なんだべ」
「ゾンギエフさんは嘘を言っていませんよ。アルミラージの捕獲は確かにうちのギルドから依頼を出しています」
援護するようにルーニアは一枚の紙きれを机の上に置いた。ミミズがのたくったような意味不明の文字が並んでいる。だが、「ナハト郊外の草原でアルミラージを捕獲すること」と読み解くことができた。外国語は英語しか習っていないのに、いつの間に判読できるようになったのだろうか。とりあえず、一切の意思疎通ができないよりはマシなので、この疑問は一旦脇に置いておくことにする。
「おらと出会ってすぐに気絶しちまったもんだから、荷馬車でアルミラージと一緒にギルドへ運んできたんだべ。なんか知らんが血まみれだったもんだから、魔法使いの知り合いに頼んで水の魔法をぶっかけた後、炎と風の魔法を使って乾かしたんだべ」
気絶している間にヒ〇ドとメ〇とバ〇を喰らっていたようである。それでよく生存できたなと優は我ながら感心する。
「アルミラージで思い出したんだべが、優、おめえはなんであんなところにいたんだべさ。草原は凶悪なモンスターが徘徊しているから、ギルドからの依頼を受けた冒険者以外は滅多に寄り付かないはずだべ」
「どう説明したらいいかな。気絶して目覚めたら草原にいたとしか言いようが無いし」
「転移魔法でも使ったのでしょうか。優さんの母国の二ホンは魔法が発達しているのかもしれませんね」
勝手に日本が魔法使いの国にされている。もちろん、優が魔法を使えないことは言うまでもない。
「それで、いきなり野犬に襲われて大変だったんだ」
「草原に出現する犬というと、ヘルハウンドかもしれません」
「十中八九そうだべ。おめえ、あんなのに襲われて良く生きていられたな。あいつはDランクのモンスター。経験を積んだ冒険者ならどうにか対処できるが、一般人だったら食われてお陀仏だべ」
まさしくヘルハウンドの夕飯になりかけるところであった。生還できたのは運が良かったと言う他あるまい。クロナが来なかったらどうなっていたか。
そこで優はとんでもなく重要な事実を思い出した。
「そうだ、死神だ。俺、死神だと自称する変な女に追われているんです」
「死神? ひょっとしてデスのことだべか。本当ならまずいべ。デスは上級のアンデット。並のエクソシストが対処できる相手じゃないべ」
「アンデットに? エクソシスト?」
またも未知の用語が飛び出し、優は混乱する。足し算ができないアホを蔑むような顔をされた時はさすがにむかっ腹が立った。
「もしかすると、ネフティーヌ教の信者ではないかもしれませんね。世界は広いですから、他の国ではアンデットの存在は非一般的の可能性もありますし」
「んだな。簡単に説明すると、人間が死ぬと一度だけアンデットとして蘇生できるんだべ。ほんで、そのアンデットが悪さをした時に取り締まるのがエクソシストだべ。もっと細かいルールがあるんだが、一気に教えると混乱するから、とりあえず今言ったことだけ覚えてもらえればいいべ」
小学生でも理解できそうな説明をしてもらえたので、優は素直に首肯する。上級とカテゴライズされているということは、クロナはこの世界でも相当ヤバい奴と認識されているのだろう。
「上級アンデットが相手でしたら、あのお方に頼んだらいいと思います」
「むしろ、あのお方ぐらいしか対処できないべ」
「エクソシストの達人でもいるのですか」
「そんなとこだべ。この町の外れの一軒家にアシュリーというエクソシストが住んでいるべ。アンデット関連の事件をいくつも解決してきた、この町最強といっても過言じゃないお方だべ。相談してみればきっと力になってくれるべ」
「分かりました。とりあえず、その人のところに行ってみます」
「アシュリーさんの家は地図のこの場所にあります。ナハトの町も初めてでしょうから、地図は差し上げましょう」
「何から何までありがとうございます」
「んだ。気を付けて行ってくるんだべ」
見送る両者に手を振り、優はさっそくアシュリーという名のエクソシストの自宅へと向かうのであった。