優のチート能力
ナハトの町はしばらく「ドラゴンを討伐した滅多に死なない男」の話題で持ちきりだった。危険度ランクSであるシルヴァを倒しただけでも一大ニュースだ。なのに、あまりにも奇抜すぎる方法で討伐したのである。これで話題になるなという方が無理だ。
「なあ、知ってるか。防御力100万の男。あいつ、ドラゴンまで討伐したみたいだぜ」
「なにしろ、ドラゴンにわざと食われて窒息死させたそうだ」
「いや、腹をかち割って出て来たって聞いたぜ」
「ケツの穴を塞いでう〇こさせないようにしたんじゃなかったっけ」
噂が変な方向に広まりつつあるが、多分によくあることなどで気にしてはいけない。優としては便秘の原因になるのだけはご免だったが。
そして、噂の対象となっている張本人はどうしているかというと。
「まったく。無茶しすぎです。一歩間違えれば死んでいたかもしれないんですよ」
ギルド職員のルーニアさんから叱責されていた。
アシュリー同伴のもと、優とクロナはギルドの一室で正座させられていた。「ユー君のせいだかんね」と抗議されるが、ルーニアに睨まれクロナは自粛した。
シルヴァを倒したことはお手柄ではあるが、本来Sランクのモンスターを討伐できるのは同じSランク、許容できたとしてもAランクの冒険者だけだ。まして、最低ランクの冒険者が挑むなど御法度もいいところ。ハッキリ言って自殺行為に他ならない。ギルドとして、命を粗末にする行いを許すわけにはいかなかった。
「大体、どうして冒険者ランクという制度があると思ってるんですか。アンデットとして蘇ることができるといっても命には限りがあるんです。無意味に命を落とさないために、身の程に合った依頼を受けるようにする。これが鉄則だと説明しましたよね」
「そうだっけ」
「言ってたような、言われていないような」
冒険者として登録した際のガイダンスで説明されていたが、こと細かに記憶している者など皆無だ。ただ、「ランクに合った依頼を受けるように」と口酸っぱく注釈されていたので、惚けとおすのは無理があった。
長時間の正座で足が痺れてきたところだった。ルーニアは深くため息をつくと一旦退室していった。ようやくお小言も終わったかと足を崩そうとするが、麻痺に襲われてうまく立てない。クロナだけは。
「ねえ、ユー君はどうしてあっさり立てんの。足が、足が痛いんですけど」
「死神も正座で足が痺れるんだな」
「んもう、どさくさに紛れてパンツ見ないでよね」
「誰が見るかよ」
起立しようと四苦八苦しているせいで、着物の裾がはだけそうだった。ミニスカートで正座をする時は気を付けよう。
さほど時間を置くことなくルーニアが戻って来た。何食わぬ顔で優は正座を再開する。いくら正座しても足が痺れないとは、優の防御力の高さに平伏するばかりだ。
「まったく、慣れないことをすると疲れますね。上からの指令だから仕方ないのですが」
先ほどまでの厳格な態度から一転、いつものぽわっとした調子に戻っていた。肩を回しながらあくびを披露している。
「上からって。俺にはどんな処分が下ってるんですか」
不穏な単語が聞こえたので、恐る恐る訊ねてみた。ここで冒険者としての資格をはく奪されては、エクソシストになる道が完全に断たれてしまう。適当に仕事をしながらクロナに殺されて死神になるのを待つなんて御免だ。
「そういえば、上からの伝令をまだ言ってなかったですね。ちょうど、今から話そうとしていたんですよ。
えっと、伏見優。ランクEにも関わらず危険度ランクSのシルヴァに挑んだことは重大な規約違反に抵触する。本来であれば冒険者ランクのはく奪も致し方なし」
やはりか。優は項垂れる。むしろ、当然の処遇ともいえる。さっさと荷物をたたもう。なんて、諦観した時だった。
「しかし、シルヴァはナハトギルドの総力をあげても討伐できなかった相手。その強敵を倒したことは称賛に値する。加えて、この功績も無視できない。
以上を鑑みて、伏見優、およびクロナを厳重注意のうえ、冒険者ランクDへの昇格を認める」
「ランク……Dだって」
「うそ、私も」
優だけでなくクロナも瞠目した。資格はく奪どころか、冒険者ランクが上昇するとは。寛大すぎて末恐ろしくなる処置だった。
とはいえ、優とクロナはランクアップしたことに浮足立っていた。
「よっしゃ! やっとランクDだ。この調子ならSだって夢じゃないぜ」
「私もランクDだよ。ユー君とお揃いだね」
「今回の処置は異例ですからね。ランクDになればモンスターを討伐する依頼も増えるから、高ランクの相手と戦う機会も増えます。人によってはこれから一気に高ランクまで昇格する者もいるぐらいです。でも、油断は禁物ですよ」
「メッ」とルーニアは窘めるが、舞い上がっている優たちには馬の耳に念仏だった。ランクSまではまだまだ道のりは遠いが、彼らにとっては大きな一歩であった。
意気揚々とアシュリーの自宅へと戻る一同。すると、入り口の扉に手紙が挟まっていた。
「私の家に手紙なんて珍しい。エクソシスト学校の同窓会の案内か」
「こっちの世界にも同窓会なんてあるんですね」
「うむ。面倒くさいから出席してない」
「でも、これ、ちみっこ宛ての手紙じゃないみたいだよ」
「勝手に見るな」
クロナから手紙を奪い取ったアシュリーだったが、やがて無言のまま優へとパスする。なぜ回されたのか不思議に思っていた優だったが、宛先を確認して納得した。なんと、優宛ての手紙だったのだ。
異世界に来てからというもの、交流を持った相手といえば、アシュリーやクロナの他はゾンギエフとルーニアぐらいしかいない。ゾンギエフにはアシュリー宅で居候していると話したことがあるものの、手紙を出す程の用事があるとは考えにくかった。
一体差出人は誰なのか。手紙を裏返した途端、優たちは更に驚愕することとなる。
「ネ、ネフティーヌ様だって!?」
念を押しておくが、優は転生時のチート能力によってファントミック国の公用語を読み書きすることができる。なので、当然手紙のあて名を読み解けたのだ。勘違いかと思って何度も読み直してみるが、どうやっても「ネフティーヌ」としか解読できなかった。
現地人であるアシュリーにも読ませてみるが、「間違いなくネフティーヌと書いてある」と震える声で返答する。震えは指の先まで伝達しており、もはや手紙を持っているのが困難だった。
「アシュリーさん。神様から手紙が来るなんてことはあるんですか」
「むう。こんなの初めて。優、ネフティーヌ様に失礼を働いたか。おやつを勝手に食べちゃったとか、塀に落書きをしたとか」
「近所のクソガキじゃないんだから、そんなことしませんよ」
「ネフちゃんが大事に取っておいたせんべいを食べちゃったことはあるけど、それじゃないよね」
「だったら、クロナのところに直接抗議が来るだろ」
手紙の内容が「せんべいを食べた奴は誰だ」だったら逆に怖い。むしろ、そんなくだらない手紙を出している暇があったら神としての責務を全うしてほしい。
内容がどうあれ、神様からの手紙を無視するわけにはいくまい。家の中に持ち込み、爆弾処理さながらの慎重さでそろりそろりと開封した。
神様らしくかなり達筆だった。誰が音読するべきか探り合いが繰り広げられたが、宛先に指定されている優が読むこととなった。
「拝啓 伏見優殿
おっはー。ネフティーヌやよ~、おっひさ~(^-^*)/」
一行目から台無しだった。
「神様のくせに顔文字使うなよおおおおおおおおおお!」
「優、いちいちツッコミを入れていたら読み終わるまでに日が暮れる」
ざっと一目しただけでもツッコミたいところが山ほどあった。律儀に反応しているといつまで経っても終わらないので、じっと堪えることにしよう。
「なんや、ドラゴン倒したみたいやな。おめでとさん。さすがうちが転生させただけあるわ。まあ、むしろ、あんくらいやってもらわんと転生させた甲斐がない。それに、ほんまもんに性質悪いんわドラゴンやないからな。そこらへんは、生活しとけば分かるわ。
ドラゴンいうと、うちも昔倒したことあったな。さすがにわざと食べられて倒すなんてインチキはせえへんよ。ちょちょいと氷の魔術を浴びせただけや。ドラゴンが寒さに弱いなんて誰が決めた常識か分からへんけど、どえらいほど効くから事実なんやろな。なんであいつら寒さに弱いんやろか。氷河期で一度絶滅しかけたせいか。さすがのドラゴンはんも、環境変化にはついていけんってことやろ」
「途中からユー君じゃなくてドラゴンの話になってない」
「うむ。こういうのはオドーキ博士に任せとけばいい」
「おっと、話が脱線してまったわ。ドラゴンを倒したことを労うだけならわざわざ手紙を出したりせえへん。やっと思い出したんや。優、あんさんに与えたチート能力をはっきりと」
急に核心に迫る文言が飛び込んできたもんだから、一同は手紙に釘付けになる。優にいかなる能力が備わっているのか。それがいよいよ明らかになるのだ。
「あんさんを転生させようとしたとき、どえらい怪我をしとったからに、うちの魔法で治療したんや。うちの世界でユニコーンに跳ね飛ばされるほどの怪我を負うなんて。あんさんの世界の車とかいうやつは難儀やの。あんなんが大量に走っとるなんて世も末やで」
「うむ。優がいた世界は殺伐としている」
「交通安全を守れば危険じゃないんですけどね。続きを読みますよ」
「ほんで、外傷だけやなくて、毒にも侵されとった。ショクチュードクとかいう毒やっけ。よお分からん呪いにかかっとったみたいやけん、うちでも解毒すんのに苦労したわ。
外傷と毒。二つの傷を同時に治そうとなんやかんや魔法を施したんやけど、ここで大変なことをしてもうた。結論から言うと、傷は完治させたった。やけど、対外的にいかなる衝撃を受けてもビクともせず、体内的にいかに強力な魔法や呪いを喰らってもピンピンしとる体にさせてもうた。
はっきし言う。あんさんはほぼ不死身や。一応死ぬことはできるんやけど、どうやったら死ぬかうちにも分からん。まあ、滅多に死なんくなったんはメリットやろ。これからもうちが与えたった能力使ってきばりや」
手紙を読み終え、誰も一言も発することができなかった。とりあえず、チート能力が付与されるに至った経緯は分かった。なのだが、肝心の能力が、
「あまりにも強すぎねえか」
「うむ。死なないなんて、インチキもいいところ」
ネフティーヌの戯言かもしれないが、ドラゴンに食われて生還したのだ。もはや、不死身と断定しないと説明がつかない。
そして、この能力が判明して一番面食らったのはクロナだった。彼女は優が寿命を迎えた際に死神へと勧誘しようとしている。なので、優には一度死んでもらう必要がある。ところが、ネフティーヌによりほぼ不死身にされてしまったのだ。クロナが能動的に殺せない以上、半永久的にストーカーするしかなくなる。
「どうする、クロナ。俺、滅多に死なないってよ」
クロナの胸中を探るが如く、優は茶々を入れる。能天気なクロナもさすがに衝撃を受けたのか返答が遅れた。だが、そのまま黙っているような彼女ではない。
「いいもんね。百パーセント不死身ってわけじゃないんでしょ。漫画でも不死身って豪語してたやつがあっさり死んだりするし。むしろ、ユー君との異世界ライフが存分に楽しめると分かってウッキウキだよ」
「お前、あくまでもストーカーするつもりなのな。いつまでも付きまとうつもりなら早々に祓ってやるから覚悟しろよ」
「うむ。いつか倒すから覚悟する」
「へっへーんだ。私に浄化魔法なんて通用しないもんね」
クロナはあっかんべをすると、家の中を自在に飛び回る。無駄に騒がしい彼らの日常はまだまだ続きそうだ。
ご愛読ありがとうございます。
打ち切りと言われても仕方ありませんが、ここで一旦完結とさせてもらいます。
もしかしたら、続きを書くかもしれないよ?
また、近日中に新作を公開予定なので、そちらもお楽しみに。




