強敵シルヴァ
「なんでだ。普通はクロナとかを狙うはずだろ。俺を食べてもおいしくねえぞ」
「ユー君、さりげなく私を生贄にしようとしないでよ。私だってドラゴンに食われるのは嫌だかんね」
抗議の声をあげると、ドラゴンは舌なめずりをした。視線はまっすぐに優を捉えている。
「知れたこと。我は程よく肉が引き締まった少年の肉が好物だからだ」
「つまりはショタコンなのね」
クロナの一言がすべて台無しにしていた。
「念のため聞いとくけど、まさかお前、オスじゃないよな」
「失礼な。我はメスだ」
「メスのくせに中田譲治みたいな声してんのね」
声のせいで優もオスだと思っていた。どちらにせよ、食われるのなら性別など関係ないが。
「無駄話はここまでだ。我は飢えている。さっさと糧となれ」
ドラゴンは牙を剥き出しにして優へと襲いかかってくる。ただの人間に過ぎない優はあっさりと腹の中に収まってしまう。
だが、優の前に咄嗟に躍り出た存在があった。無論、クロナである。デスサイズを構え、ドラゴンの口を真っ向から受け止めている。無機物に噛みつく羽目になったドラゴンは唾を吐きながら退散した。
「小娘、邪魔をするか。ならば容赦はせんぞ」
「ユー君を食べるつもりならこっちも容赦しないもんね。お仕置きしちゃうから覚悟するんだよ」
数多の強敵を屠ってきたデスサイズ。その猛威がドラゴンにも振るわれようとしている。体長差は五倍以上。だが、彼女の鎌の前では巨人であろうと無力。あっけなくドラゴンも斬首されてしまう。
しかし、あらぬことが起きた。デスサイズは確実にドラゴンの喉元を捉えた。なのだが、鋼鉄に阻まれたように全く突き刺さらない。それどころか、ドラゴンが首を振ると、あっけなく跳ね返されてしまう。
「どうなってんの。私のデスサイズが効かないなんて」
「今のが攻撃か。片腹痛い。我が鱗の前にはちんけな武器など通用せん」
「いいもん。もう一回やったるから」
意固地になり、クロナは再度跳び上がってデスサイズを一閃する。またもドラゴンの喉を刈り取らんとする。だが、ガキッという音とともに刃先は跳ね返される。
イビルウィスプのように物理攻撃そのものを無効化しているわけではなさそうだ。接触音を響かせているということは、少なからずダメージはあるはず。なのに、首が落とされるどころか傷一つつけることができない。
言うまでもなく、クロナのデスサイズが優たちの戦力で最大の攻撃力を誇っている。そいつが通用しないのなら早くも攻撃面では手詰まりとなってしまう。
手をこまねいていると、遠方から騒がしい足音が響いてきた。
「優! どうしてこんなところにいる」
「その声はアシュリーさんか」
返事を待たず、アシュリー当人が冒険者を引き連れて合流する。高級そうな装備に、ドラゴンと対面しても物怖じしない歴戦の覇者たる堂々とした態度。優の素人目からしても、ランクA、下手をしなくともランクSの冒険者だと分かる。
「この洞窟は危険度ランクA以上の強力なモンスターが生息していることから、ランクB以下の冒険者に依頼を出さないようにしてあるはず。もしかして、迷子になったか」
「うんと、まあ、そんなところです」
まさか、アシュリーを追跡していたら、とんでもない強敵と出会ってしまったとは言えない。納得がいかないと腕組みをしていたので、どうにかはぐらかす必要がある。
「アシュリーさん。あのドラゴンは何者なんですか。クロナの武器が通用していなかったし」
「うむ。あいつはドラゴンの中でも危険度ランクが高いたちの悪い相手。その名もシルヴァ。防御力が高くて、冒険者の一斉攻撃を浴びせでもしないと倒せない」
シルヴァという固有名が判明したことで、優はさっそくモンスター図鑑を検索する。ドラゴンは特集ページが組まれていたが、最後の方に特に危険度が高い個体がまとめられていた。その内の一体が銀の鱗を誇る、眼前の敵と瓜二つの奴だった。
シルヴァ
危険度ランクS
別名、シルヴァードラゴン。銀の鱗はどんな攻撃をも受け付けない。もちろん、攻撃力も高く、これといった弱点が無い。正直、ヤベーイ、ツエーイぞ。
後半は投げやりになっていたが、遊び半分で挑んでいいような相手でないことは解る。ならば、逃亡するしかないか。優はじりじりとシルヴァから距離を置く。
しかし、行く手を塞ぐように巨大な尻尾が叩きつけられた。意地でも逃さないという威圧のようだ。やむを得ず優はランスロッドを構えるが、正直勝機は無いに等しい。
おっかなびっくりの優を差し置き、アシュリーと高レベルの冒険者たちは魔法の発動準備をする。
「人間共め、我に刃向うか。我が馳走の邪魔をするのであれば容赦はせん」
「こちらとて、無闇に攻撃を加えるつもりはない。だが、私たちの仲間に危害を加えるつもりなら放置しておくわけにはいかない。悪いが、ここから立ち去ってもらう」
「小賢しい。まずはメインとなる少年を喰らう。その次は小娘、貴様の番だ。今更泣いて謝っても許さんぞ」
シルヴァは大きく片腕を振り上げた。爪を突き立てており、切り裂き攻撃を仕掛けるつもりだ。
魔術師たちが一斉に防御魔法を展開する。複数人の魔力が合わさっているのだ。いかに強大な力を誇っていても傷一つつけられまい。
そんな希望的観測を抱いていたのだが、強靭な一裂きが命中するや、淡い期待と化した。一か所に亀裂が入るや、クモの巣状に広がっていく。ギリギリまで堪えていたものの、「まずいぞ、退避しろ」との号令とともに、杖を放り出して逃亡を図る始末だ。
前線に出ているウォーリアー部隊にクロナも混じり、剣や鎌でシルヴァに斬りかかっていく。しかし、防御力を自慢としているだけあり、屈強な戦士数人の連続攻撃を受けてもビクともしない。それどころか、片足を踏み鳴らしただけで風圧が巻き起こり、撤退を余儀なくさせられてしまう。
ナハトの町の精鋭であろう猛者たちが束になって挑んでいるのだが、一方的な暴虐が繰り広げられる始末。もはや、白旗を上げるしかないか。
絶望が広がっていたところ、更にどん底に突き落とすようにシルヴァはさっと右腕を払った。虫を排除するかのようなさりげない所作。なのに、その場の全員を愕然とさせるに十分だった。特に、クロナの焦燥たるや悲惨の一言であった。
「ユー君!!」
あろうことか、優はシルヴァの右手の中にがっちりと捕縛されてしまったのだ。




