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最悪の敵

 洞窟に地下何階という明確な概念は存在しないのだが、深度の目安としてあえて表現するなら地下五階といったところか。とりあえず、地上からかけ離れた位置でアシュリーは怪物と対峙していた。

 暗闇でも煌めく銀の鱗。トカゲに似ているが、二本の角のような突起といい、激しく打ち鳴らされる尻尾といい、爬虫類はおろか全生物の中でも屈指の強さを誇る猛者というのは嫌でも伝わってくる。

「むう。よもやこいつが出てくるとは予想外」

「アシュリーさん、ここで食い止めないと他の冒険者に被害が出ます。一斉攻撃で行きましょう」

「うむ。言わずもがな」

 同行しているのはランクAの冒険者たち。アシュリーを含め、数人Sランクも混じっていた。以前からこの洞窟には危険度ランクAのモンスターが出るとの噂があった。おそらく、アンデット化したモンスターだろうということでエクソシストであるアシュリーにも召集がかかったのである。


 ところが、いざ蓋を開けてみたらそんじょそこらのアンデットよりたちの悪いやつだった。いくら不死身に近いアンデットといえど、こいつに襲われたら再生不可能になることもあり得る。ワンドを握る手にも次第に熱がこもる。

「セイント・セイバー!」

 アシュリーの浄化魔法を狼煙に、ウォーリアーたちが突撃していく。更に、ウィザードの炎や雷の魔法が炸裂する。魔法の集中砲火を浴び、普通ならこれで息絶えてもおかしくはない。


 しかし、そいつは雄たけびとともに、突進してきたウォーリアーたちを薙ぎ払った。魔法の一斉射撃も全く効果が無いようである。圧倒的な力の差が露呈され、人間共は腰を抜かす。誰一人として抵抗できそうにないのをいいことに、そいつはいきなり踵を返した。

 洞窟の壁を尻尾で粉砕し、一目散に突撃していく。敵前逃亡した。楽観的な捉え方をするなら安堵する場面だ。だが、もしも確固たる意志があって脱出を図ったのだとしたら。


「アシュリーさん。この洞窟って俺たち以外に人はいませんよね」

「うむ。恐ろしく危険度の高いモンスターが生息しているという噂が流れているから、余程の死にたがりのバカでもいない限り、足を踏み入れていないはず。でも、万が一本物のバカが紛れていたとしたら……」

 最悪の予想がよぎる。命をドブに捨てかねない蛮行。そんなことをしそうな輩をアシュリーは知っているのだ。まさか、あいつ相手にバカを犯していないよな。淡い期待を抱くが無駄だった。


 まさにこの数分後。最悪のモンスターと優たちは邂逅を果たしてしまうのである。


 アシュリーの探索を続ける優とクロナ。雑魚モンスターとはしょちゅう遭遇するが、本願とは一向に出会わない。

「ねーユー君。飽きちゃわない」

「ムー〇ンの替え歌っぽく言うなよ。でも、いい加減鉢合わせしてもおかしくないんだけどな」

 別にアシュリーと出くわさなくても、強力なモンスターとエンカウントすればいいのだ。でも、都合よくそんなのと出会うはずはない。諦めて帰ろうとした矢先のことだった。


 ドッカーンとしか形容できない爆砕音が轟く。音の大きさからして、優たちがいる地点の近くだ。おまけに、アシュリーの位置を示す針も音がした方角を指している。アシュリーが依頼をこなすために交戦中だというのは容易に予想できる。

「やっとデカブツのおでましか。鬼だろうがなんだろうがぶっ倒してやるぜ」

 意気揚々と指を鳴らす優。しかし、数十秒後に出現した巨体に度肝を抜かれるのであった。


 確かに、Aランク相当の強力なモンスターを狩ろうとはした。でも、こいつは想定外だった。いくらなんでも、これほどまでの強敵に喧嘩を売るつもりはない。

「ユー君、すごいよ。でっかいトカゲさんがいる」

「クロナ、わざとボケてるんじゃないよな。こいつはどう見てもアレじゃないか」

 優が転生する前の世界では伝説上の生き物とされていた。その上、多くの映像作品やゲームにおいてダンジョンのボスなどの強敵に設定される最定番だった。トカゲに似てはいるが、あいつであると認めざるを得ない。

「ドラゴンなんて、初めて見たぞ」


 銀の鱗を煌めかせるドラゴン。咆哮だけで数メートル吹き飛ばされそうになる。優が思考停止に陥っていると、

「やっほ、トカゲさん。元気~?」

 クロナが命知らずにもドラゴンに話しかけていた。

「なんだ貴様は。我が糧にならんとせし愚者か」

「む~、クロナ、難しいこと分かんない」

 中二病とギャル女子高生という妙な対面が実現した。ちなみに、難なく会話できているのはクロナの死神道具が一つ「翻訳指輪」のお陰であるのは言うまでもない。

 と、いうより、指輪を装着していない優までもがドラゴンの言葉を理解できていた。

「このドラゴン、人間の言葉が分かるのか」

「愚問。人間の言語など、理解するのは容易い。我の力を以てすれば、意思疎通できぬ生物など存在せん」

「じゃあ、ゴキちゃんとも会話できんの?」

「なんだそいつは。我の知らぬ生物がいるとは」

 異世界に存在していない生物の言語は無理らしい。ただ、アシュリーの家でゴキブリっぽい生物は見かけたことがあった。「ブリブリが沸きやがって」と罵りながらアシュリーが魔法で焼き払っていた。その後、チャバネゴキブリはこの世界において「ウンコタレブリブリ」という汚すぎる名前で呼ばれているといういらない知識が増えたのだが、それはこの際置いておこう。


 ウンコタレブリブリ、もといゴキブリの話はさておき、人間と会話できるモンスターはとんでもない強敵だと相場が決まっている。おまけに、舌なめずりしながら優とクロナを品定めしているのだ。

「この洞窟にやってくる愚かな人間共を喰らっていたのだが、我が舌を肥やさせる逸材は現れん。悶々としていたところ、我が鼻が至高の馳走を嗅ぎつけたのよ」

 そう言って、ドラゴンはとある一点を指差す。どうせ、美少女であるクロナを食べちゃいたいほど気に入ってるんだろ。なんて、童話でありがちの展開を予想していたのだが、

「小僧。我が糧となれ」

「俺かよぉぉぉぉぉぉおぉぉぉ!」

 まさかのご注文は優でした。

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