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魔法を使ってみよう

 決意表明をしたものの、優の勉強は難航を極めた。中二病臭いうえに脈絡が無い五百文字ほどの文章を暗唱しなくてはならないのだ。何度も音読したり、紙に書き写したりしてみたがなかなか覚えられない。

 はかどらずに、教本へと顎を乗せる。すると、すぐそばにおっぱいが出現した。いい加減慣れてきた。クロナというやつのせいだ。

「ユー君、調子はどう」

「ダメだ。こんなの覚えられる気がしない。クロナ、お前便利な道具出せるんだろ。楽に暗記できる道具とかないのか」

「私ド〇えもんじゃないもん。そんなの持ってないよ」

 食べるだけでいかなる事項でも暗記できるパンを期待したのだが、そんな便利道具は存在しないようだ。


 優がうだっていると、クロナは致し方ないとおっぱいをまさぐりだした。なんでも暗記できるパンがなければ何でも暗記できるケーキを出せばいい。やはり、便利道具は存在していたか。

 淡い期待を抱いたが、クロナが取り出したのは眼鏡だった。しかも、魔法の眼鏡というわけではない。度が入っていないただの伊達眼鏡だ。

 装着すると、クロナはキリリと顔をあげた。

「じゃ~ん。名づけて、女教師クロナだよ。私が家庭教師になればフェルマーの最終定理とかもイチコロなんだかんね」

 数学界最大の難問であり、一介の家庭教師が鼻歌混じりで解けるようなものではない。優が知っているかどうかは別として、当然の如くツッコミが入るとクロナは構えていた。


 しかし、優はしばらく微動だにしなかった。肩透かしを食らい、クロナは彼の前に手をかざす。

「あ、ごめん。普通に似合ってたからびっくりしてた」

 とんでもない不意打ちを受け、クロナは卒倒しそうになる。どうにか踏みとどまったものの、赤面するのだけは我慢できなかった。

「もう、いきなりそんなこと言うなんて、ユー君ずるいよ」

「だからって、殴ることないだろ」

 駄々っ子のようにクロナはポカポカと優を叩いてくる。優としてはからかうつもりは毛頭なかったので理不尽極まりなかった。


 クロナが家庭教師になったところで、重要語句の暗記に画期的な進展があるわけではない。なので、すぐに彼女は手持無沙汰になる。暇そうに優の勉強を眺めていたところ、突飛な提案をかましてきた。

「その呪文で本当に魔法が使えるのかな。実は、変な宗教へ洗脳するための教文かもしれないわよ」

「アシュリーさんがそんなの教えるわけないだろ。でも、魔法が使えるかどうかは俺も気になるな」

 苦労して覚えて「しかし何も起こらなかった」では元も子もない。実際に試してみるというのも道理だ。


 発動方法も既にアシュリーから学んでいた。ただ棒読みするのではなく、手の中に光を灯しているとイメージしながら唱えるのだそうだ。初心者のうちは補助具となる杖を使うのが確実とも教わった。つまり、さっそくランスロッドの出番が来たわけである。

「クロナ、間違ってお前を消しても恨みっこなしだぞ」

「忘れたの、ユー君。私はちみっこの最強魔法でさえ耐えきったのよ。初級魔法なんかでやられないもんね」

 クロナが浄化魔法に対して変な耐性を備えているのは先刻承知だ。でも、優が魔法攻撃において妙な才能を発揮する可能性は無きにしも有らず。なぜなら、優は異世界転生者だからだ。ネフティーヌの脳内改造によりとんでもなく強くなっているかもしれないのである。


 教本を片手に呪文を唱えていく。もちろん、頭の中で光が点る様を想像するのも忘れない。三百文字ほど過ぎた時だろうか。ランスロッドの先端がうっすらと輝きだした。柄を握る両手にも次第に熱がこもってくる。

 感嘆の声をあげたかったが、途中で呪文を途切れさせては苦労が水泡へと帰することになる。慎重に残りの呪文も紡ぎ終わると、杖の輝きが一層激しくなった。

「よっしゃ! 覚悟しろよクロナ。俺の魔法を喰らいやがれ。セイントォォォォォォォ!!」

 初級魔法には似つかわしくない、幹部級の敵を撃破しようとする威勢で光線を発射した。蛇行しながらゆっくり進む光は簡単に避けられそうだ。しかし、クロナはあえて正面から受け止めた。


 聖なる光により悪しき魂は天へと召される。そのはずだったのだが。

「あ~効く~。ちょうど肩が凝ってたから助かったわ~」

 意図的に肩に光線を命中させており、マッサージにしかなっていないようである。恍惚としているクロナとは対照的に優はげんなりしていた。

「攻撃魔法がマッサージになるって、やっぱり変な体質してるんじゃないのか」

「知らないよ~。気持ちいいからいいじゃな~い」

 ふにゃ~んと顎を机に乗せてだらけている。ある特定世代ならばたれぱんだを連想したかもしれない。

「ゆ~く~ん。次は背中をおねが~い」

「だから、マッサージやってんじゃねえんだぞ」

 文句を言ったものの、素直に背中を照射する。本当に気持ちいいのか「はにゃ~ん」とか「ほへ~」とかだらしない声を漏らしている。正直、魔法を使っている優の方が恥ずかしい。


 そして、妙な声を出し続けて、この女が黙っているはずはなかった。

「おい、淫乱死神。人の家でいかがわしいことはやめろ」

「いいじゃん、ちみっこ。ユー君マッサージ上手なんだもん」

 憤慨しているアシュリーをクロナはあしらう。別室で読書を嗜んでいたようだが、妙な声を放置しておくわけにはいかなかったようだ。


 とりあえず、優が「セイント」を発動していることから、「魔法を試し打ちしたらいかがわしいことになった」という経緯は予想ができた。なので、すかさずワンドを手に取る。

「そんなにマッサージを受けたいなら私がやってやる。セイント」

 アシュリーも同様に初級の浄化魔法を発動させる。優と同じ魔法のはずだが、光線の勢いは遥に上だ。クロナは二人分の光線を背中に照射される羽目になる。


「あ~いいわ~これ~。サウナ入ってるみたい」

「むう。サウナという気持ちよくなる魔法があるのか」

「施設の名前ですけどね」

 さすがに異世界にサウナは存在していないらしい。レーザーでマッサージする技法があるが、そいつを施工しているようなものだろう。効能があるのは育毛だが。


 いつまでもクロナを気持ちよくさせても仕方ないので、二人は魔法の発動を中断する。クロナは物欲しそうにしていた。

「浄化魔法で気持ちよくなるのはどう考えても変。やっぱ病院に行くべき」

「そうしたいけど、この世界の病院は保険証が無くても大丈夫かな」

「そもそも保険証が存在していないと思うぞ」

 明らかに国民健康保険なんて制度は敷かれていない。加えて、通院したところでクロナの体質が治るとは到底思えない。


 その後、優の浄化魔法マッサージがクセになってしまったらしく、毎晩「魔法の練習」と称してわざと浄化魔法を受けるのが日課となった。優としてはそのまんま魔法の練習ができてめっけものなのだが複雑な気分である。

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