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恐怖のワンちゃん

 どれくらいの間眠っていただろうか。永遠のような、一瞬のような。優にはまったくもって時間の感覚がなかった。

「どこだよ、ここ」

 加えて、現在地には土地勘もなかった。それもそうだろう。優が住んでいたのは日本の地方都市。都会程高層ビルは建ち並んではいないが、コンクリートジャングルなる皮肉がしっくりする場所であった。

 なのに、優の周りに広がる景色はどうだろう。舗装された道など存在せず、水平線まで草が生い茂っている。木々や花々がアクセントとなってはいるが、現代っ子の優はこう感想を抱くしかなかった。「何もねえな、ここ」と。


 とりあえず、草原にいるとしよう。問題は、なぜ草原に来ているかだ。串田アキラがCMソングを歌っている動物園は近くにない。そもそも、森林伐採が叫ばれているのに、ここまで雄大な自然が残されているということが妙だ。海外ならばありえなくはないが、その線は低い。なぜなら、優はパスポートを持っていないからだ。


 未だ状況が把握できていない中、優はある事実を思い出した。数分前だか数年前だかは分からないが、覚醒する直前に交通事故に遭っていたのだ。リアルでスマッシュブラザーズを体感したわけだが、空中浮遊している間に「死んだだろ、これ」と諦観した覚えがある。そして、広大な草原へと飛ばされた。ならば、最も現実的な結論はこうなるだろう。

「もしかして、死後の世界なのか、ここは」

 人間は死んだら天国に行く。誰から聞かされたかは知らないが、いつの間にか常識となっていることだ。信仰する宗教によってはその限りではないが、少なくとも現代日本に生きていた優は「天国なのか」と疑うことなく許容していた。


 優のいる場所も変だが、他にも不審な点は数多くある。優が着用しているのは家から飛び出した時に着ていたジャージのまま。一度死んでいるのなら葬式の時に白装束に着せ替えられているはずだが、なぜだか死んだ瞬間の服装が反映されていた。それに、交通事故に遭う前は食中毒に起因する腹痛に悩まされていたはずだが、すっかり治まっている。

 そして、優を追い回していた死神を自称する謎の少女。彼女がどこにもいないのだ。ただ、再会したらまた殺されそうなので、別にいいやと思う優であった。


 とりあえず、情報を集めるためにも優はその辺を歩いてみることにした。歩いても歩いても草むらが続くばかり。人っ子一人おらず、ポ〇モンが飛び出してくることもない。武器を持っていない優はポ〇ポ相手でさえも戦闘不能になる自信がある。途方に暮れ、腰掛けになりそうな岩石に腰を下ろし、休息することにした。

 空は雲一つなく、清々しい青空という言葉がぴったりだ。まさにピクニック日和。現在進行形でピクニックをしていなくもないのだが。

「マジで、誰かいないのかよ」

 ここが死後の世界ならば、他の死者とか天国からの使いとかが居て然るべきだ。体感で一時間ぐらい歩いたはずだが、全然他人と巡り合わない。さすがに人肌恋しくなってきた。


 すると、おあつらえ向きに何者かの気配を察した。やっと第一村人発見か。先走る優だが、すぐに足を止めた。本能的に不穏までも察知したからだ。

 優の直感が間違いではないと証明するかのように、低い唸り声が耳に入った。近寄ってくる影は複数。慌てて立ち上がり、右、左と首を動かす。

「誰だ!」

 恐怖を払拭せんと声を張り上げる。相変わらず武器は無い。悪意のある相手なら身一つで立ち向かわなくてはならない。格闘ゲームのキャラクターみたいなポーズをとりながら、敵ではないことを心の中で祈る。


 だが、優の希望的観測は儚く散った。出現したのはこげ茶色の毛並みを誇る三頭の野犬だった。犬は犬でもチワワだったら緊張しなくて済んだ。しかし、三頭ともゴールデンレトリバーくらいの大きさがある。おまけにシェパードばりの険しい顔つきで優を威嚇している。とりあえず、ペットになるつもりはないことは明白だった。


「お、お前ら。俺を食ったところで美味しくないからな」

 優は野犬たちを手で追い払おうとするが、逆にじりじりと距離を詰められてしまう。錯乱するが、どうにか野生生物への対処法を思い出そうとする。

 死んだふり。そのまま本当に死にそうだ。ならば、目を合わせたまま後退していくか。思いつくのが熊への対処法だったが、犬相手に効果が無いとは言い切れない。


 あまりにも混乱していたのだろう。優はおもむろに右手を突き出した。予想外の挙動に野犬どもは怯む。

「おすわり!」

 訓練された犬ならばケツを地面につけるはず。しかし、野犬は唸るばかりだ。

「待て! 伏せ! おまわり! ちんちん! 綿あめ!」

 思いつかん限りの犬のしつけ命令を口走る。だが、どれ一つとして実行されることはなかった。ちなみに、綿あめは普通の犬では再現不可能な技である。


 前脚を踏み込んでくる野犬。優の脳内は処理能力の限界をとうに超えていた。

「ちんちん! ちんちん! ちんちん! ちんちん!」

 決して男性の下腹部にぶら下がっている生殖器官の名前ではない。あくまで犬への命令なので一切卑猥な意味はないので安心されたし。もっとも、優が置かれている状況は安心できない。


 ついに痺れを切らしたのか、左側にいた野犬に促され、中央に位置していた野犬が「ガウルルルル!」と吠えながら飛び掛かってきた。するどい牙が優の肩に突き刺さろうとする。この一撃を合図に優を肉塊にしようと犬どもの蹂躙が始まるだろう。もはや声を出すことも忘れ、優は呆然と佇む。


 その時、不思議なことが起こった。冗談抜きでそう形容するしかなかった。なぜなら、野犬の首が吹っ飛んだのだ。

 グロテスクな切断面を直視したうえ、大量の鮮血を浴びて優は紅に染まる。突然動物の解体ショーが披露され、優は失禁寸前だった。野犬の仲間も警戒を強め、優への攻撃を躊躇する。もちろん、優に「一定範囲内に侵入した相手に対して自動的に攻撃する」なんて異能力は備わっていない。それ以前に、硬直して動けなかったのだから、彼の仕業でないのは明らかだ。

 ならば、惨劇を演出したのは第三者ということになる。一体誰が。答えはすぐに判明した。

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