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魔〇軍ヘクター

 そう思われたのだが、優の腕はびくともしなかった。押されているなという感覚はあるが、わざと脱力しても腕が持っていかれることはない。ただし、優から攻勢をかけようとしても、ゴードンの腕は微動だにしなかった。

 よもや、いきなり膠着状態に陥るとは予想外だったのだろう。ギャラリーの熱気はいやおうなく高まっていく。ただ、押しても無駄と悟った優の態度は冷ややかだった。攻撃を諦め、腕をそのまま固定させている。


 不動の腕を必死で組み伏せようとしているゴードン。全身から気色悪い汗を分泌させ、蒸気機関車ばりに鼻息を噴出していた。

「ふんぬぅぅぅぅぅうぅぅぅぅ!」

 脱糞するかの勢いで奇声を発する。だが、一向に優の腕が動くことはない。このまま永久に決着がつかないのではないか。そんな危惧も持ち上がったが、戦況に次第に変化が訪れた。


 ここで簡単な問題を出そう。二人の男が腕相撲をし、一方は全身全霊でぶつかり、他方は全く力を入れていない。そのまま時間が流れた場合、先に疲弊するのはどちらか。

 相手が勝手に脱力しているのが優の腕に伝わってくる。試しにちょっと力を入れてみると、鋼のようだったゴードンの腕ががくりとかしずいた。


 疲労困憊している相手だったら、攻撃力100ぐらいしかない優でも圧殺することができる。余裕で倒しても可愛そうなので、

「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅ!」

 と、わざとらしく掛け声を発し、ゴードンの腕を地面へと屈服させた。なお、決して脱糞の掛け声ではない。例の恐竜がふんばりジャンプするときの声だ。


 勝敗が決し、しばらく静寂が訪れた。どう考えてもゴードンが有利だったのに、こんな結末になろうとは誰が予想できようか。がっくりと項垂れるゴードン。反して、観客たちはけたたましい歓声をあげた。

「すげーぞ!」

「こいつ、ゴードンに勝ちやがった」

「優って防御力がやたら高いとギルドで噂になってた奴じゃなかったか。防御力だけじゃなくて攻撃力も高いのかよ」

 勢い余った酔っ払いたちに体中のあちこちをバシバシ叩かれる。痛……くはない。けど、うざい。


 敗北したゴードンは金魚フン太郎の肩を借りて立ち上がる。負け惜しみとばかりに、優へと指を突きたてた。

「くっそう。今のはまぐれだ。今度こそぶちのめしてやる」

「そうだ、そうだ。ゴードンさんが勝てない道理が無い」

 どうしようかと優は後ろ髪を掻く。すると、ゴードンたちに近寄る影があった。軒並みならぬ不穏な気配を察し、ゴードンは硬直する。


「はい、そこまでです。もういいでしょう」

 壊れたブリキ人形の如く、ギチギチと首を動かす。仁王立ちしていたのは、人の良さそうな笑みを浮かべたヘクターだった。

「お客様に対する迷惑行為。および、空になっていたとはいえ、酒樽の器物損壊。店のオーナーとして損害賠償を請求するに十分でしょう」

「お、お前、ゴードンさんに金をせびるつもりか」

「いやいや。有り金全部置いていってくれれば文句は言いませんよ。私は忙しいものでしてね、即決してもらえるとありがたいのですが」

「ふざけんな! 全財産なんて払える……」

 ゴードンは絶句した。同時に色めき立っていた観客も一斉に押し黙った。ゾンビたちが普通に徘徊しているこの世界でも、現在進行形で発生した異常事態は許容しかねたのだ。


「ヘクターさんの首がもげたあああああああああ!」

 優の絶叫だけが店内に一際大きく響き渡った。いきなり首なし男と成り果てたヘクターを前に、ゴードンは金魚フン太郎と抱き合う。

「ほら、忙し過ぎて首がもげてしまったじゃないですか。責任とってくださいよ」

「分かった。分かったから近寄るな! くっそー、覚えてろよ」

 小悪党にありがちな捨てセリフを吐き、ゴードンは財布を叩きつけた。金魚フン太郎も同じく財布を放り出して逃げていく。


 ならずものは退散したのだが、別の問題が浮上した。果たして、ヘクターは無事なのだろうか。

 優が心配していると、ヘクターは何事もなかったかのように再び首を装着していた。

「いやあ、お騒がせしました。いけませんね、きちんと接着したはずでしたのに」

「いやいやいやいやいや! 首がもげて無事っておかしいでしょ」

 魔法少女でさえそのまま死亡して大騒ぎになったのに、どうしてバーテンダーのおっさんが平然としているのか。答えはゾンギエフがあっさりと明かしてくれた。

「言ってなかったべか。ヘクターさんは上級アンデットのデュラハンなんだべ。さすがにアンデットでも首がもげたら死んじまうが、デュラハンは唯一首を落とされても死なないんだべ」

「そうそう。ヘクターさんは昔魔将軍と呼ばれて、果ての果てまで行進してたって噂だぜ」

「ハハハ。単なる噂ですよ。でも、私がデュラハンなのは本当です。驚かせて悪かったですね」

 一礼するとまた首が転げ落ちる。絶対、わざとやっている。優はそう確信していた。


 ヘクター首落ち騒動から一段落すると、いきなりクロナが優に抱き付いてきた。

「すごいよ、ゆ~く~ん。きんにくだ~まを~や~つけるなんて~。さ~すが、わ~しのフィヤンスだお」

「元はお前のせいだからな。っていうか、いつの間にフィアンセになってんだよ」

 しかも、言えていない。ぴったりと密着してくるクロナを優は必死で引き離そうとする。しかし、筋肉ダルマことゴードンを打ち破ったにも関わらず、彼女を押しのけることはできなかった。黄色い声援が飛び交う中、優はクロナの抱擁を享受し続けることになる。

 しかも、豊満な胸が優の左腕をすっぽり覆っているのだ。できれば戦に出たばかりの右手を癒してほしかったが、これはこれで悪くない。


 そして、右手を癒してほしいと願ったせいか、反対側にもぬくもりを感じることとなった。

「むぅ。ゆ~ずるい~。私も~」

「アシュリーさん!?」

 体をほてらせているアシュリーも優へと抱擁攻撃を喰らわせたのだ。優は二重の意味で驚いた。いきなりアシュリーが抱き付いてきたのももちろん。加えて、絶望的なまでに「無い」のだ。何がとは不毛すぎるから口にしない。


 こうして、酩酊している美女二人に抱擁されるというとんでもない状況のまま、優の酒場での一夜は過ぎていくのであった。


 ちなみに、翌朝の事である。

「むぅ、頭が痛い。優、変な魔法使ったか」

「私も頭痛がする。一体誰の仕業なんだ~」

「おめえら、飲みすぎなんだよぉぉぉぉぉぉぉ!」

 優は早朝から二日酔いの美女二人を介抱する羽目になったという。

ヘクターさんの元となったキャラはシャドバやっている人なら分かるはず。

リアニネクロがゴミになったからってナーフ解除しないでください。

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