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腕相撲酒場首ったけ場所

「よお、姉ちゃんよ。新顔みてえだがなかなか可愛いじゃん。こんなしけた店よりか、俺たちといいことしねえか」

 堂々とナンパしていた。さすがにきっぱり断ると思いきや、

「ふにゃ~。いいことぉ。なぁにすんのぉ~」

 ベロベロに酔っぱらっていた。


「ゾンギエフさん。クロナは酒を飲んでいないはずですよね。どうして酔ってるんですか」

「場酔いしてるんじゃねえべか」

「酔いすぎじゃね!?」

 よもや、タピオカで酔っぱらう体質ではあるまい。カフェインで酔っぱらうキャラクターが居たぐらいだからあり得なくはない。

「あ~のいんりゃんしにがみはぁ。ま~た迷惑かけてんのかぁ」

「アシュリーさんも酔ってますよね!?」

「カルーアミルクを八杯も飲んだら酩酊してもおかしくありません」

「飲んだ量を把握してんのかよ!」

 ヘクターさんの記憶力、恐るべしである。


 クロナに変な虫がついたところで問題はないのだが、彼女は死神だ。寿命が来る前の人間は殺さないと豪語してはいたものの、酔っぱらっていては何をしでかすか分からない。ただ、面倒事に自ら首を突っ込むのも億劫ではあった。

 彼女の実力ならば自力でどうにかするだろう。なんて無関心を装うとしたが、そうは問屋が卸さなかった。

「ゆ~く~ん。ゴードンとかいう変な男が絡んでくんの~。こいつ、あと寿命が三十五年もあるし、ど~したらい~」

「俺に話を振るな!」

 外見からすると三十前後っぽい。平均寿命四十から五十歳の世界にしてはご長寿さんだった。

「ゴードンさん。あいつ、この女の知り合いみたいですよ」

「チッ、男持ちかよ。てめえ、この女の何なんだ」

 ゴードンと呼ばれた男がドスの効いた声で迫ってくる。取り巻きである金魚のフン太郎(仮名)も彼に倣う。クロナとどういう関係だと問われても答えに窮する優だった。知り合いという陳腐な表現では納得するはずもない。

「ゆ~く~んは~、わたしの~、フィアンセなの~」

「ぶっ殺す!!」

「余計なこと言ってんじゃねえええええ!」

 優の絶叫もむなしく、ゴードンは腕まくりをすると、隆々とした筋肉を誇ってきた。プロレスラーみたいな体躯から危惧はしていたのだが、典型的なパワーファイターのようだ。突如巻き起こった喧騒に酒場内のボルテージは最高潮まで舞い上がるのだった。


「ゆうっち、注意した方がいいぜ。ゴードンは女好きで、これまでも酒場で騒ぎを起こしてきたんだ。おまけに、腕力がモノスゲーから、半端な防御力だと怪我しちまう」

 ケルトがそそくさと優にアドバイスを送った。ゴードンが指を鳴らしていると、金魚フン太郎がよっこらしょと空の酒樽を運んできた。

「小僧、よく見ておけよ。俺に逆らうとどうなるか教えてやるぜ」

 ゴードンは気合を入れて雄たけびをあげた。吠え声とともに歓声の勢いも増していく。衆目に晒される中、ゴードンは酒樽を叩き割った。右の手刀だけで。

「どうだ。俺の攻撃力は380もあるんだ。そんじょそこらのアンデットなら腹パンで一撃だぜ」

 酒樽が破壊されたことで大抵の者は勝ち目がないと絶望するだろう。しかし、優はとある一文により勝ちを確信していた。「攻撃力380」なら耐えられる、と。


 とはいえ、まともにプロレスをやっては、ずぶの素人である優に勝ち目はない。どうしたものかと困惑していたところ、金魚フン太郎が助け船を出してくれた。

「ここはファントミック国の伝統競技『ウデズモ―』で勝負を付けようぜ」

「ウデズモ―って、あの腕相撲か」

「ほう、知ってんのか。お互いに手を組み合い、先に手の甲を机に付けた方が負けになる。ここらで喧嘩といったらこいつだろう」

 まんま腕相撲だった。はっけよいのこったする方の相撲じゃなくて安堵したが、筋肉ダルマを相手にするのは荷が重い。負けることはないだろうが、果たして勝てるかどうか。

「ゆ~く~ん。そこのきんにくん、とっととぶちのめしちゃってよぉ~」

「トラブルの張本人が煽ってんじゃねええええ!」

 クロナは悠々自適にタピオカジュースを飲んでいた。乗り気はしないが、腕相撲酒場首ったけ場所が開幕するのであった。


 両者スタンバイ完了したところで、金魚フン太郎が行司を務める。ゴードンとしては、「こんななよっちい男、瞬殺してやるぜ」と息巻いていた。一方、優は「手汗びっしょりで気持ち悪りぃ」と嫌がっていた。

「準備はいいな。レディー、ファイト!」

 開戦と同時にゴードンは思い切り力を籠めて優の腕をねじ伏せようとしてきた。規格外の重圧に、あっさり優の腕は屈服する。

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