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ゾンギエフの過去

「ゾンギエフさん。あのスケルトンはいつもあんな調子なんですか」

「そだべ。お調子者なんだが、戦闘ではけっこう役立つべ」

 外面からするとただのチャラ男である。動向が気になり、テーブル席へと視線を送る。


 ケルトの知人と思われるおっさんやらゾンビやらがクロナを取り囲んでいる。一見さんゆえに珍しいのだろう。

「よお、姉ちゃん。死神だってのは本当かい」

「そだよ。さすがにデスサイズ出すのはまずいかんね。代わりに面白いもの見せたげる。さーて、お立合い。種も仕掛けもございません」

 なぜかいきなり手品が始まった。両手をパーにして潔白を主張する。一体何を出すつもりだろうか。優は観覧者とは別の意味でハラハラしていた。

「私の魔法のおっぱいをトンと叩くと、あーら不思議」

「ドアッホー!」

「白い鳩が出てきました」

 「オーッ」とどよめきがあがるが、

「いや、おっぱいから鳩を出すなよぉぉぉぉ」

 遠巻きに優はツッコミを入れていた。鳥類まで入っているなんて、何でもありにも程がある。そして、種も仕掛けもないと豪語していたが、カラクリはなんとなく把握していた。以前、クロナから教えてもらった死神の七つ道具。その中に、「無限に道具を収納できる道具」が混ざっていたのだ。声に出すのが憚れる名前だったが。


「なあ、姉ちゃん。もう一回やってくれよ」

「しょうがないな。はい、ワン、ツー、スリー」

 今度はトランプを出現させる。男性陣からやんややんやされてクロナはいい気になっている。しかし、彼女は気づいていない。男性陣は手品そのものに興奮しているのではなく、クロナがおっぱいから道具を出す瞬間に釘付けになっていることを。


 おっぱい手品で一瞬にして時の人となってしまったクロナ。「あの淫乱死神め」とアシュリーは面白くなさそうにカルーアミルク四杯目を飲み干す。存外にペースが早い。

「こういう酒場には女性客が少ないから、クロナさんみたいな美人は珍しいんだべ」

「むう。私はあんまり歓迎されなかった」

「アシュリーさんはエクソシストとして有名すぎるから、恐れ多いんだべ」

 下手なことをしたら消されるとわきまえているのだろう。彼女の力を以てすれば、種も仕掛けもなく人体消失が出来てしまうからだ。


「ところで、優さんはこの町での生活に慣れたべか」

「おかげさまで。依頼もいくつかこなしたけど、Eランクの簡単なのばっかなんだよな。早くモンスターの討伐とかやりたいぜ」

「焦ることはないべよ。モンスターの中にはものすごく危険な奴がいるべさ。おらもそのせいで一度死んでるべ」

「そういえば、ゾンギエフさんって、どうやってアンデットになったのですか」

 素朴な疑問だが、人がアンデット化する経緯は是非とも聞いておきたかった。「私も初めて知る」とアシュリーも興味津々だ。

「食事中にするにはふさわしくないと思うべが、知りたいなら話してやるべ。おらは人間だった頃も冒険者だったべ。エスラダの村の生まれなんだが、出稼ぎのためにナハトの町にやってきたんだべ」

「エスラダ。確か、農業が盛んな田舎町だったような」

「んだ。ファントミック国有数の都会だけあって、依頼も豊富。冒険者として生活するなら都会に出るのは鉄則だべ」

「俺が前にいた世界でも似たような話を聞いたことがあるな」

 東京の人口一極化も大体同じような理由である。


「その日もいつも通りモンスターを討伐する依頼を受けていたんだべさ。でも、そん時に悲劇が起きた。討伐対象はヴァイオレットギガスライムという危険度Cのモンスター。おらのランクは今も昔もCだから適正のはずだったべ」

「ずっとCランクって、冒険者ランクを上げるのはけっこう難しいんですか」

「オラの場合は成長が頭打ちになってるかもしんないべ。Cぐらいなら誰でも到達できるべが、それ以上は余程強力な能力がないとなかなか上がらないべ」

 一説によると、Sランクに到達するのはプロスポーツ選手になるぐらいの難易度があるという。エクソシスト試験を受ける前提が難し過ぎるので、専門学校に通うのが一般的と言われるのが納得できる。


「話を戻すべが、ヴァイオレットギガスライムを倒そうとした際にうっかりあいつに近寄ってしまったんだ。それがおらの運の尽きだったべ。逃げようとしたが、あっという間にやつの体内に呑まれてしまったんだべ」

 後に優がモンスター図鑑でヴァイオレットギガスライムを調べたところ、以下のように紹介されていた。


ヴァイオレットギガスライム

危険度ランクC

人間の二倍くらいの大きさをもつ、スライムの中でも強力なやつだ。毒攻撃は鉄をも溶かすから絶対に近づくな!


「ヴァイオレットギガスライムの毒攻撃は強烈で、人間の体なら一瞬で溶かされちまう。そのせいでおらの体はドロドロになって、一度生涯を終えちまったってわけだ」

 食事中に聞くべきじゃなかったとこの時点で後悔した。

「目覚めた時にネフティーヌ様と対面を果たしたんだべ。幸い、おらのカルマは転生するのに十分だし、中級アンデットになるぐらいの力も持っていたべ」

「前から疑問に思っていたんですが、アンデットの前につく中級とか上級ってどうやって決めてるんですか」

「うむ、いい質問だ。そいつについては私から話す。人間からアンデットに転生を果たす際、大抵は下級アンデットゴーストになる。ゴーストはほぼ人間と同じ姿を持っているから、ぱっと見だと見分けがつかない。現に、この酒場にもゴーストがそこらにいる」

「んだ。クロナとバカ騒ぎしてる連中の中にも二人ほどゴーストが混じっている」

 ゾンギエフに指摘されてクロナのいるテーブルを覗くが、ケルト以外はゾンビが一体いるだけで、他は全員人間のはずだ。どこがゴーストだというのだろうか。

「ゴーストは足元が薄くなっているのが特徴。じっくり観察しないと分からない」

 指摘されて足元を注視すると、うっすらと透過しているのが確認できた。足首より上が人間と変わらないのでは、即座に判別するのは困難だ。

「また、ゴーストにもなれない者はウィルオウィスプとしてさまようことになる。そうなると、人間としての意思はほとんど消え失せる。でも、たまにスカートめくりするような煩悩剥き出しの阿呆がいる」

 アシュリーはさりげなくスカートを抑える。あの時の事はトラウマになっているらしい。


「ゴーストは人間よりもステータスが低いんだべ。逆に、中級以上のアンデットになると人間以上の能力を得ることができる。ただし、強い力を持つほど、外見は人間とはかけ離れていくんだべ。おらの場合は、スライムに元の体を溶かされちまったから、ゴーストになるのは土台無理だったんだべがな」

「バトル漫画でよくある、強い力と引き換えに醜い姿になるってやつか」

「そんで、アンデットの中でもとんでもない力を持ってるのが上級アンデットだべ。一説だと、Sランクの冒険者は上級アンデットの実力に合わせているというから、人間の内に到達するのは余程の天才じゃないと無理だべ」

「前に討伐したデーモンも上級アンデットでしたよね」

「あいつは上級の中でも弱い方。私でさえ苦戦するようなとんでもない奴もいる」

「もしかして、あいつだべか。別格すぎて、浄化できるかどうか分からんべ」

 どうやら、クロナ以上にやばいアンデットがこの世界に存在しているらしい。全世界を牛耳る大魔王みたいなやつだろうか。ただ、ファントミック国は独裁を強いてはいないようなので、国家レベルの強敵というよりは、恐ろしい実力を持った流れ者のようだ。


 いずれにせよ、アシュリーが危惧するような相手だ。暮らしていくにあたって、嫌でも噂を耳にすることになるだろう。これまでの会話を咀嚼するように、優はブラック・タンサーンを口にする。

 すると、クロナが出張しているテーブルが妙に騒がしくなっていた。束の間に新客が二人増えていたのだが、どうやらそいつらが渦中のようである。

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