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異世界酒場

 クロナも異臭から回復し、優の異世界生活も一月が経とうとしていた。たまには外食するのもいいだろうということで、一向はアシュリーが行きつけにしている酒場へとやってきた。

「アシュリーさん。俺、酒なんて飲んだことないですけど大丈夫なんですか」

「うむ。酒を飲むのに年齢制限はないのだが、飲酒を好まないのなら仕方ない。この店には普通のジュースもあるから安心するといい」

「ユー君が前にいた世界だと二十歳にならないとダメだったのに、けっこう寛大なのね」

 (日本の法律上では)未成年にも関わらず酒場に入るという背徳感を味わいながら、優は扉を開ける。既に店内では酒盛りの真っ最中であり、豪快な話声とともにグラスがかち合う音が響いていた。


 客層としては人間半分、アンデット半分といったところか。ゾンビはまだしも、スケルトンが酒を飲んでいるというのはあまりにシュールである。喉元を過ぎたあたりから液体がどこかへ消え去っており、不可視の消化器官でも搭載しているのだろうか。

 優がそわそわしていると、

「お、優さんじゃないか。久しぶりだべ」

 ハワイ島に居そうなアロハな格好をしたゾンビが手招きした。


 彼の名はゾンギエフ。優が異世界に転生した直後に介抱してくれたゾンビである。カウンター席で酒を嗜んでいたようで、優たちも相席させてもらうことにした。

「巷で噂になってるべよ。アシュリーさんの弟子になった異様に防御力が高い男がいるって」

「うむ、その通り。優は私の弟子」

 さりげなく優の肩に手を回すもんだから、

「ちょっと、勝手にイチャつかないでよね、ちみっこ」

 クロナが負けじと優を揺らした。


「そっちのべっぴんさんは見かけない顔だべ。ひょっとして、優さんが言ってた死神か」

「よくぞ聞いてくれました。みんな大好き、愛の死神クロナ様とは私のことよ」

 特撮ヒーローっぽくポーズをとったクロナだったが、優とアシュリーは白けていた。

「とにかくすごそうってのは分かったべ。まあ、とりあえず一杯飲むべ。マスター、ビールおかわり」

 ゾンギエフが空のグラスをカウンターに置くと、入れ替わりに並々に注がれたビールが運ばれてきた。異様に仕事が早い。


 マスターと呼ばれた男はくるりと曲がった白髭が特徴的なスカーフを巻いた紳士だった。優雅な手つきでグラスをシャッフルしている。本物のバーテンダーを目の当たりにしたのは初めてなので、優は興味津々だ。

「おや、アシュリーさんではないですか。いつもご贔屓にしてもらって助かります」

「うむ。私はカルーアミルクをもらおうか」

「かしこまりました。いつものですね」

「あんた、本当にミルクが好きね」

 クロナがため息をついていると、すぐさまアシュリーの前にグラスが置かれた。相変わらず仕事が早い。


「そちらのお二人さんはご新規さんですね。オーダーはいかがいたしましょう」

「うむ、そうだな。おっと、紹介するのを忘れていた。優、こちらはアンデット酒場『首ったけ』のオーナーであるヘクターさんだ」

「ご紹介にあずかりました、ヘクターです。以後、お見知りおきを」

 そう言って、ヘクターは一礼する。姫に仕える執事みたいで様になっている。

「ヘクターさん。優とクロナは『みせーねん』というお酒が飲めない呪いにかかっているらしい。だから、ジュースを頼む」

「やっかいな呪いがあるものですね。わたくし、三百年近く生きておりますが、初めて聞きました」

「あのね、ちみっこ。未成年は呪いじゃないかんね」

「法律うんぬんよりは分かりやすいだろう」

 アシュリーの設定では酒を飲むと鼻から牛乳が出る症状に襲われるらしい。実際には嘉門達夫の歌みたいなことにはならないが、体に悪影響があるので二十歳以下の飲酒は止めましょう。


「そうさな。優にはホワイト・ニューサンキーン。クロナにはトゥドゥミィェルトがいいだろう」

「かしこまりました」

「あんた、トゥドゥミィ……あいったー!」

 発音しようとしてクロナは舌をかんだ。そもそも発音できるのかどうか怪しい代物である。そして、優の方も、

「ホワイト・ニューサンキーンってどっかで聞いたことあるような名前だぞ」

 現代日本にも存在しているあの飲料が思い浮かんだが、まさかと首を振った。


 過たずして運ばれてきたのは白と赤という対照的な色をしたジュースだった。正体不明の飲み物を口にするのは勇気がいるが、少なくとも劇物ではなかろう。浮かない顔をする優とクロナに対し、意気揚々とグラスを構えるアシュリーとゾンギエフ。

「今日も一日、お疲れ様だべ。かんぱーい!」

 ゾンギエフが乾杯の音頭を取り、一斉にグラスに口を付けた。


 甘酸っぱくてしっとりとした液体が優の口の中を支配する。どこか懐かしく、馴染みがある味。まさかと否定したかったが、この味はもはや否定しようがない。

「これ、カ〇ピスじゃねえかあああああ!」

「うむ、優がいた世界にもホワイト・ニューサンキーンがあるのか。奇遇だな」

「いや、白い乳酸菌って時点で予想はついたけどさ」

 むしろ、異世界にもカ〇ピスがあることに驚きだった。一体いかなる経緯で開発に成功したのだろうか。優が前世で飲んでいたものとは別物だろうが、味はそのまんまカ〇ピスだった。


 そして、クロナが飲んでいたジュースはというと、

「これ、ただのトマトジュースじゃない」

「死神にはピッタリ」

「偏見よ、偏見。おいしいけどさ」

 この世界でトマトのことはトゥドゥミィェルトというらしい。買い物する時に大変そうだ。

「マスターさん、タピオカジュースとかないの」

「うーむ、聞いたことありませんな」

「16歳を自称しているだけあって、飲み物の趣味が女子高生っぽいな」

「いいじゃん。ユー君だって現役男子高校生だったわけだし。コーラとか飲みたいんじゃないの」

「なぜ分かった」

 ジャンクフードは中高生の大好物だという偏見からだが、あながち間違っていなかったようである。


「ご希望の味かどうか分かりませんが、タカオとブラック・タンサーンはいかがでしょうか」

 ヘクターがカウンターに置いたのは黒い粒が混入しているミルクティーと黒くてシュワシュワした泡が立っているジュースだった。まさかと思いつつ、優とクロナは口をつける。

「これ、まるっきりコーラじゃん」

「タピオカまであるって、この世界恐るべしね」

「うむ。ヘクターさんの店には何でもある」

 ありすぎて逆に怖い。


「よお、ゾンギエフ。お前さんいつの間に彼女ができたんだ」

「ケルトか。違うべ。おらの知り合いの優さんの連れだべ」

 飲料を嗜んでいると、顔を赤らめたスケルトンが絡んできた。それもただのスケルトンではない。骨のくせに金髪を生やしていたのだ。変な酔っ払いかと思われたが、ゾンギエフの様子からすると彼の知り合いのようである。

「紹介するべ。おらとよくパーティを組んでるスケルトンのケルトだべ」

「よろしく、ウェーイ!」

 酒のせいか素面かは不明だが、無駄にテンション高くあいさつした。

「アシュっちは知ってっし、そっちは防御力高い優だろ。ほんで、この娘は」

「私? 私はクロナ。死神だよ」

「オッケ―、クロナ。うーん、君かわうぃーね!」

「君はかっこうぃーね!」

「ウェーイ!!」

 波長が合ってしまったのか、クロナとケルトはハイタッチを交わす。さすがに優はこのノリについていけなかった。


「ゾンギっち。クロナっぴ借りてっていいっすか。俺のダチコーにも紹介したいし」

「本人がいいなら構わないべが、あまり変なことしちゃダメだべよ」

「わーってるって。ほんじゃ、いくっぺ」

「えー、もう、しょうがないな。でも、ナンパしようたって無駄だかんね。私はユー君一筋なんだから」

「フウ! お熱いね」

 ケルトは口笛を鳴らしながら、クロナとともにテーブル席へと向かうのであった。

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