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ウィルオウィスプキャプター優

「ところで優。寝る前に一仕事しないか」

「い、いきなりなんてこと言い出すんですか。まだ、心の準備が」

「むう。そっちの意味じゃない」

 ワンドで小突かれる。冗談だったのだが、やりすぎただろうか。優は小さく舌を出した。

「エクソシストの仕事を受けているのだが、推奨難易度Eの簡単なものだ。優が同行しても問題ない。むしろ、エクソシストとしての経験を積むために、実戦を体験するのも大切」

「そういうことなら大歓迎ですよ。さっそく行きましょう」

「うむ。揺らすな」

 勢い余ってアシュリーの肩を揺さぶっていた。日はすっかり暮れ、魑魅魍魎が活性化する時間帯へ移行しようとしている。だが、アシュリー曰く、「この時間がアンデット関連の案件が多発する」ということである。アンデットに転生すると夜に強くなるのだろうか。昼間にゾンビが徘徊している方が違和感があるのでむしろ問題ないが。


 アシュリーと共にやってきたのはイシュース通りにある一軒家だった。前回、討伐の依頼を受けた宿屋から数百メートル離れた先に問題の現場はあった。アンデットの事件がこの周辺で頻発している。そういうわけではなく、単に偶然のようだ。

 家主の案内で家の中のリビングに通されると、さっそく異常な光景が広がっていた。


 部屋の中の至る所に数十センチほどの球体が浮かんでいる。青白い炎を灯しており、この世界についての知識が乏しい優でもなんとなく正体が予測できた。

「もしかして、人魂ですか」

「うむ。死んだ後の人間が誰でもアンデットになれるわけではない。アンデットになりそこなって、なおも現世への未練がある者は下級アンデットウィルオウィスプになる。アンデットとしては最弱の存在。

 言語を用いての意思疎通はできず、基本的には空に浮かんでいるだけ。でも、ウィルオウィスプ同士は惹かれ合うらしく、たまに部屋の中で大量発生する。そういうのを除去するのもエクソシストの役目」

「ゴキブリとかハエを駆除するようなものですか」

 人としての意識は消え失せ、本能のままに漂っているだけだという。放っておくと一室丸ごと占拠されることもあるので、排除せざるを得ないだろう。


 アシュリーはワンドなどを収納している自前の道具袋を探り、細長い棒と籠を取り出した。それを目にした優は眉をひそめた。

「アシュリーさん、ふざけてるんですか」

「ふざけてなどいない。これがウィルオウィスプを捕まえるための道具だ」

 至って真面目な顔で装備しているのは、虫取り網と虫かごだった。身長のせいで、山にカブトムシを取りに行く小学生にしか見えない。


「ウィルオウィスプはすばしっこくて、普通に浄化魔法を使っても避けられてしまう。だから、籠の中に入れておいてまとめて浄化するのがセオリー」

「やっていることが完全に虫取りですよね。そんな装備で捕まえられるものですか」

「うむ、問題ない。Eランクの依頼でウィルオウィスプを捕まえてくるというものがあるくらい。ギルドの職員からエクソシストに渡されて浄化に至るけど、今日は私の手で浄化までしてしまう。それに、素早いだけで特に害はない。たまにしょうもないイタズラを仕掛けてくるやつがいるぐらいだ」

 そう言った途端、アシュリーのロングスカートが捲りあがった。優の前で子供っぽい白パンツが御開帳される。


 辺りに気まずい空気が流れた。アシュリーは頬を膨らませて、必死にスカートの裾を押さえている。一方の優はあまりアシュリーを直視しないように口笛を吹いていたが、ごまかせきれるものではない。

「優、見たか」

「えっと、清潔感があっていいと思いますよ」

「むう、優のエッチ」

「なんかどっかで聞いたな、そのセリフ」

 今頃風呂場でクロナがくしゃみをしているに違いない。スカート捲りの犯人はケタケタ笑っているが、アシュリーに睨まれるとそそくさと退散していった。


「さっさとぶっ殺したいからお手本を見せる。こうやって網を振ってウィルオウィスプを掬う。そんで、籠の中に入れる」

 アシュリーは網を振るって、素早く出入口付近を右手で掴む。しかし、網の中には何も入っていなかった。

 仕切り直して、アシュリーは再度網を振るう。スカッ。アシュリーの攻撃は外れた。

 アシュリーの網を振るう! しかし、うまく決まらなかった。

 アシュリーの網を振るう! しかし、うまく決まらなかった。

アシュリーの網を振るう! しかし、うまく決まらなかった。

アシュリーの網を振るう! しかし、うまく決まらなかった。

アシュリーの網を振るう! しかし、うまく決まらなかった。

アシュリーの(以下略)


躍起になって網を振り回しているが、悉くウィルオウィスプに回避されてしまう。チョウチョを取るのが下手くそな小学生みたいで微笑ましい。ただし、当人は必死だった。


 やがて、疲れたのかアシュリーは虫取り網を支えにして呼吸を整えていた。その前をスカート捲り犯がベロベロバーと挑発する。だが、眼光に射抜かれて退散した。

「アシュリーさん、網を貸してもらえませんか。俺もやってみたいです」

「むう、遊びではないのだぞ。ウィルオウィスプは素早い。そう簡単には捕まらない」

「任せてください。その昔、アブラゼミキャプター優と呼ばれたくらいですから」

「なんだその称号は。かっこいい」

 アシュリーは本気で浮足立っている。習得したところで、アブラゼミを固着セキュアすることしかできない。


 網を託され、優はじっくりとウィルオウィスプの動きを観察する。あちらこちらと飛び回り、まともに追っていては狙いが定まらない。虫取りにおいても飛行中のターゲットを無理に捕ろうとするのは愚策だ。一休みしていて動きが鈍い奴を狙うのが鉄則。

 感じるな、感じろとばかりにじっと佇んでいた優。だが、とある一点を捉えた。油断して低速で飛行している個体。

「そこだ!」

 汝のあるべき姿に戻れと言わんばかりに、優は網を振り下ろした。地面に密着させ、行き場を完全にふさぐ。


 網の中では見事に捉えられたウィルオウィスプが脱出しようともがいている。だが、網の間隙に引っかかって脱出は不可能だ。こうなってしまっては優の思うがままだ。慣れた手つきで籠の中へと移され、ウィルオウィスプは監禁されることとなった。


「アシュリーさん、やりましたよ」

 誇らしげに籠を掲げる優。アシュリーは面白くなさそうにそっぽを向いた。

「むう、まぐれだ、まぐれ。初心者にありがちなビギナーズラックというやつ」

 なんて自分に言い聞かせていたのだが、アブラゼミキャプターとしての本能を覚醒させた優の快進撃は止まらなかった。少しでも隙を見せた奴をターゲットに定めては的確に網を振り下ろしていく。一体だけだった籠の中身があれよという間にウィルオウィスプでギュウギュウ詰めになっていった。


「なんか楽しくなってきました。アシュリーさん、籠のおかわりありませんか」

 調子に乗った優はウィルオウィスプまみれになっている籠を軽快に揺らす。ハムスター張りに頬を膨らませていたアシュリーはいきなり祝詞を唱えだした。天高く掲げたワンドには光が集まっていく。まさかの展開に思い至り、優はとっさに身を伏せた。


「セイント・セイバァァァァァァァ!」

 アシュリー最強の浄化魔法が室内全体を照射する。またもアシュリーをからかおうとした変態ウィルオウィスプはスカートに手を掛ける直前に消滅した。その他の個体も次々と消え去っていく。被害はもちろん、優が捕獲したウィルオウィスプにも及んだ。ギッシリと重量感があったのに、光が消え去る頃には見事にすっからかんになっていた。


 どや顔を決めるアシュリー。部屋のあちらこちらにうようよ漂っていたウィルオウィスプは一体残らず消え去っていった。突然の蛮行に、優は言葉を発することができなかった。

 体裁を保つために、アシュリーはコホンと咳払いした。

「網で捕まえるのは初心者向けのやり方。私みたいな上級者は強力な浄化魔法で一網打尽にする。そうした方が手っ取り早い」

「ウィルオウィスプを捕まえられなくて面倒くさくなっただけですよね」

「むう。そんなことない。今日は調子が悪かっただけ」

 プイッと拗ねていた。明らかに図星である。クロナからちみっこと呼ばれても仕方ないなとか思った優であった。

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