優、死す
バトントワリングでもやっているかのようにスナップを利かせて右手を回す。その動きに合わせて細長い棒みたいなものが出現してきた。棒はあれよと言う間に伸長していき、先端から鋭利な鎌までもがこんにちはした。
クロナが棒を地面に突き立てると、恐ろしい全容を認識せざるを得なかった。彼女が死神を自称するなら持っていて然るべき武器。
「死神の……鎌だと」
「死神七つ道具が一つ、デスサイズ。対象の攻撃力を三千ポイント上昇させ、交戦した相手を破壊する能力を付与する」
「カードゲームみたいに説明してるんじゃねえ! しかもぶっ壊れじゃないか」
ナーフ(能力の下方修正)されたり、使用制限されたりしても文句は言えない代物だった。彼女の身長ほどの巨大鎌を出したということはもはや冗談が通じる状況ではない。
ここで優に残された選択肢は限られている。どうにか時間稼ぎをし、隙を突いて逃げ出す。
「そ、そんな武器を出したところで怖くないぞ。どうせおもちゃなんだろ」
「いや、本物だよ。ほら」
そう言いながらクロナはデスサイズを一振りする。衝撃で真っ二つになった。優のニンテン〇ースイッチが。
「お前、何やってくれとんじゃあああああ!!」
おめでとう、優がお年玉をはたいて買ったゲーム機は死んでしまった。
「ごめん、マ〇オのソフトだけ狙うつもりが本体を消しちゃった。お詫びにこれをあげるから許して」
またもクロナはおっぱいから何かを取り出す。白くて掌に収まるレトロなゲーム機だった。
「あの、まさかこれって」
正体は薄々知っていたが、あえて聞いてみた。
「ゲー〇ボーイだよ。ちゃんとソフトも付いているから安心して」
「古すぎるわ、ボケ!」
携帯ゲーム機といえばニンテンドー〇DSな優にとってもらってもどうしようもない代物だった。しかも、付属しているソフトが、
「スーパーマカオ君って思い切りパチモンじゃねえか!」
ソフトに描かれたイラストにおいてマ〇オとは似ても似つかないおっさんが亀の化け物を蹂躙していた。
とりあえずゲーム機はもらっておいたが、これから死ぬのだからすぐにゴミになると気づく。加えて、数秒後に即死する危機は脱していない。ゲーム機を盾にしたところでデスサイズを防ぐなんて芸当は不可能だ。
「そんじゃ、今度こそ死んでね」
悩んでいると、クロナが攻撃してきた。足をもつれさせながらも逃げ出すが、その際に優の手からスマホがすっぽ抜けてしまった。デスサイズの軌道上に躍り出たスマホは真っ二つに両断される。
「お前、本当に何してくれとんじゃあああああ!」
おめでとう、優のスマホはスクラップになった。
「ごめんね。ポケベルあげるから許して」
「だからいらねえよ!」
さっきから出してくる道具が古すぎて、クロナの実年齢を疑う優であった。
警察に通報する手段も封じられ、もはや自力で窮地を脱出しなくてはならない。あまりに古典的な方法を思いついたが、さすがにこんなのは通用しないだろう。だが、一瞬だけクロナの注意を逸らせればいい。一か八かの賭けだ。生唾を呑み込み、優は窓の外を指差した。
「あ、UFO」
「え、どこどこ」
小学生でも引っかからない古典的なやりとりだが、まさか通じるは思わなかった。クロナが顔を背けた瞬間、優は自室から脱出した。
「ずるいぞ、待ってよ」
「待てと言われて待つバカがどこにいるんだよ」
囃し立てると、優は一目散に家の外へと向かっていく。しかし、階段に足を掛けた途端、自室からものすごい衝突音が響いた。さすがに気になって首だけ動かす。
「ふええん! つっかえて動けないよ~」
デスサイズがちょうどいい具合につっかえ棒の役割を果たし、クロナの進行を妨げていた。巨大鎌を室内で出してしまった弊害が遺憾なく発揮されたというわけだ。
相手が自滅してくれたのを幸いと、優は無我夢中で家を飛び出した。行く当てなどないが、とにかく遠くに逃げなくては。脇目も振らず、ただひたすらに走り続ける。
走って、走って、走りまくったが、やがて体力の限界が訪れた。前屈みになって荒く息継ぎをする。土地勘では優の方が有利だ。クロナの脚力は計り知れないが、容易には追いつけまい。
「お疲れさん、ユー君」
「本当にお疲れだよ……」
顔をあげた途端に優は絶望した。どうしているんだ、と。
満面の笑みを浮かべ、クロナは優の顔を正面から覗く。あまりの不条理に優は言葉を発することができなかった。
「どうして追いつけるかって。私には死神七つ道具があるのよ。その内の一つ、『ユー君ミツケール』」
「頭悪すぎないか、その道具」
「正確には『処刑対象者探知機』よ」
得意げに手に持っていたのは変哲の無いコンパスだった。普通なら北を指し示すはずが、まっすぐに優がいる方向を示している。
名前からして説明は不要だろう。死神がターゲットとしている人間を探し出すための道具だ。方角が分かっているとはいえ、一瞬で距離を詰めてくるなんて移動速度が常軌を逸している。
「もう、うっかりしていたわ。デスサイズがつっかえて動けないなら一度しまえばいいもんね」
「そのぐらい、小学生でもすぐに思いつくぞ」
「そんで、また出現させればいいっと」
鞄からお菓子を出すぐらいのノリでクロナは再度デスサイズを取り出した。屋外に来てしまったので、引っかかって攻撃できないという間抜けはまず起きそうにない。
泣き面に蜂というか、優の体にもある異変が生じていた。全力で走ったせいか、お腹がとんでもなく痛い。同時に便意にも襲われる。主に便意のせいで原因は分かった。饅頭だ。事前に知らされていたとはいえ、予想以上の激痛に頭の中が真っ白になる。
さっさとトイレに行きたいところだが、そうはさせじとクロナが迫ってくる。少しでも体を動かせばこんにちはしてはいけないものがこんにちはしてしまいそうだ。注釈するまでもなく股間から。
とはいえ、停止していてはクロナによって首がさようならしてしまう。ならば、こんにちはするのを覚悟で回避する他ない。優は意を決して横跳びした。
この瞬間、三重の悲劇が優を襲った。一つは便意によって正常な思考ができなかったこと。もう一つは決死の覚悟で飛び出した先が幹線道路だったこと。そして、優が飛び出した先に大型トラックが通過しようとしていたことだ。
けたたましく鳴り響くブレーキ音。おめでとう、鳥ポ〇モンじゃないけど、優は「そらをとぶ」を覚えた。しかし、すぐに忘れてしまった。なぜなら、地面に激突した瞬間に意識を失ったのだ。
伏見優享年十七歳。七月十八日午前七時九分、出血性ショックにより死亡。クロナが予告した通り、優は短い生涯を終えることとなった。ただし、食中毒ではなく交通事故のせいで。




