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とんちんかんちんイッケーさん

 オシリエス通りから中央広場に至り、セルケイト通りに入ると既に多くの買い物客でにぎわっていた。セルケイト通りには商店が立ち並んでおり、ナハトの町随一の商店街であった。

 買い物に必要なお金はアシュリーからお小遣いとして渡されている。「今回は私が出すが、今後はギルドの依頼で得た報酬で買うように」と釘を刺されたが。

「前も宿屋の代金をポンと支払っていましたし、アシュリーさんってお金持ちなんですね」

「エクソシストの依頼をこなせば自然とお金が溜まる。むしろ、持て余していたぐらい」

「あんたの年でお金に困らないって相当よね」

 エクソシストになれば有名子役並の年収を得ることも可能なのか。なんて想像すると俄然エクソシストへのあこがれが強まる優であった。


 一行がまずやってきたのはこじゃれた一軒家だった。窓から衣服が並んでいるのが窺える。

「えっと、ファッションショップイッケー。ここは呉服屋かな」

「優は不自由なく文字が読めるのだな」

「そういえばそうだな。ミミズがのたうっているようにしか見えないけど、なぜか頭の中にすっと意味が入ってくるんだよ」

「これぞ転生特典ってやつね。私は死神の道具があるから問題ないけど」

 そう言ってクロナは左の中指をちらつかせた。優が転生を果たした時に、ネフティーヌから脳内改造でも施されたのだろう。勝手に第二外国語を習得できたというのはめっけもんだが、未知の文字なのに読めるという違和感を払拭するには時間がかかりそうだ。


 店の扉を開くと、出迎えたのは、

「あっら~、いらっしゃ~い。や~んもう、アシュリーちゃんじゃないの、おひさしぶり~」

 厚化粧をしたおっさんだかおばさんだかよく分からない人だった。


「イッケーさん。お久しぶり」

「やだもう、アシュリーちゃん、またその服着てるの~。見繕ってあげたから着てくれるのはありがたいけど、ちゃんと他の服も着ないとダメよ~」

「うむ。なんとなく、この服がしっくりくる。でも、いつも着ているわけじゃない」

「そうそう。アシュリーったら、寝るときは滅茶苦茶子供っぽいパジャマだったんだから」

「ちょ。この淫乱死神が、ばらすな!」

 パジャマ姿のアシュリーを想像した優だったが、殊の外似合っていたので彼女を二度見する羽目になった。


「アシュリーちゃん、この可愛い子たちは誰? 特によく分からない服を着ている子。もしかして、アシュリーちゃんの彼氏?」

「私の弟子だ」

「やだもう、照れちゃって。隠さなくても分かるわよ」

 アシュリーの肩をバンバン叩くイッケー。このノリについていけそうにない。ただ、転生前の世界に似たようなタレントがいたなとか思い出に浸る優だった。

「アシュリーさん。この男……もしくは、女の人は誰ですか」

「この人はイッケー。性別の壁を超越した存在」

「やだもう、大袈裟に言わないでよ。乙女心を持つ益荒男。それがこのわ・た・し(はあと)」

 要するにオカマじゃねえか。絶叫したかったがもはやツッコむのも野暮だった。


「それで、今日の用事はこのかわい子ちゃんでしょ。うーん、どうしよう。可愛すぎて食べちゃいたいぐらい」

「ちょっと。ユー君は私のだかんね。手を出したら承知しないよ」

 クロナが吼えかかるが、優としてはイッケーさんに襲われるのは断固阻止したかった。そもそも性別的に無理がある。

「うふふ、冗談よ。とびっきり上品なのもコーディネイトできるけど、どうする」

「いや、普段着が欲しいから、安価なやつでいい。50ネフスぐらいの」

「あら残念。600ネフスぐらいの考えてたのに。これでもアシュリーちゃんの服の三分の一だから勉強してたのよ」

「とりあえずは最低限の防御力があればいい。そのうち、特注品を頼むことになる」

「今後のためのお試しってわけね。いいわよ~。50ネフスぐらいのならすぐできるから、ちょっと待っててね~」

 そう言ってイッケーは店の奥に引っ込む。手持無沙汰になった三人は店内をウィンドウショッピングすることにした。


 衣服の他にもアクセサリーや武器なども取りそろえられている。RPGで例えるなら武器と防具のお店といったところか。

「ユー君ばっかり新しい服買ってもらっていいな。私も新しいの欲しい」

「クロナは別にその格好でも違和感ないだろ」

 アシュリーと似たようなシャーマン風の衣装を着ている人が出歩いているためか、クロナの着物姿も自然と溶け込んでいた。優のジャージが目立ち過ぎていたせいもあるが。

「でもでも、女の子の性じゃない。こういう店に来るとおしゃれしたくなるって」

「買いたければ自分でお小遣いを稼ぐこと。無駄遣いはよくない」

「ちみっこのくせにオカンみたいなこと言うのね」

 クロナが目星をつけているのはどれも1000ネフスオーバーのものばかり。普段着と値段が乖離しすぎているが、魔力障壁などが施されているために高騰しているそうだ。


 武器を眺めていると、優の視線がある商品に釘付けになった。鋭利なクリスタルが取り付けられた槍みたいなロッドで「ランスロッド」と名付けられている。名前が狙っているとしか思えないが、贔屓目にしてもカッコいい意匠は男心をくすぐるに十分だった。

「ランスロッド。エクソシストの中でも人気が高い杖。こいつを気に入るなんて、優はお目が高い。でも、予算オーバー」

「ですよね」

 2000ネフスと普段着が40着も買えてしまう。しかし、このロッドを振り回している姿を想像すると、どうしても手に取ってみたかった。

「よっしゃ、決めた。ギルドでお金を貯めたら真っ先にこいつを買う。それまではこいつが相棒となるのか」

 優の手に握られていたのはアシュリーから譲ってもらったお古の杖だった。優がどうしてアシュリーの杖を持っているのかは別の話である。

「ユー君が杖を目標にするなら、私はこの服を買うために頑張るかんね。どっちが先に買えるか競争だよ」

「よっしゃ、望むところだ」

「お前たち。本来の目標を忘れてないか」

 アシュリーが呆れていると、イッケーが完成品を片手にやってきた。さっそく優は試着してみる。男の着替えをこと細かに描写しても仕方ないので割愛する。


 着替えを済ませた優を前に、イッケーは称賛を送る。

「や~ん、イッケーてるじゃないの。やっぱりわたしの見立てに狂いはなかったわ」

「いいな、ユー君。すっごいかっこよくなってる」

「そうか。異世界ファンタジーアニメに出てくるモブキャラみたいだけど」

 優が身に着けているのはこの世界では一般的な布の服だった。防御力が2ぐらいしかない普段着ではあるが、なんだかコスプレしている気分になる。


 これで買い物終了。かと思いきや、イッケーが気まぐれを起こす。

「そうそう。そこのお嬢ちゃんも記念に試着していけば。気に入ったのあれば後で買ってくれればいいし」

「イッケーさん。別に気を使う必要はない」

「いいのいいの。私、かわゆい子がおめかしするの大好きだから」

「じゃあ、遠慮なくこれを試着するね」

 これは好機と、クロナは1300ネフスのローブを手に試着室へと籠る。しかし、一同は失念していた。クロナが素直に試着するわけがないということを。


 着替えを開始してしばらく経った時だった。

「ちょっと、どうなってるのよ、これ。く、こんなの、聞いてない……」

 カーテンを隔ててクロナの喘ぐ声が漏れ出る。

「変ね。あの子が選んだ服には魔力障壁ぐらいしか魔法がかかってないのに」

「もしかして、それがクロナに変な作用をもたらしているんじゃないのか。あいつ、浄化魔法で妙な気分になるって言っていたし」

 本来なら有益である防護魔法がクロナにとっては毒になっているかもしれない。

「あ、もう、ダメ。ちょ、助けて、ユー、君」

 激しい喘ぎ声が響いたと思いきや、唐突に途切れる。もしかして、本当にヤバいのでは。これで浄化されたのなら面倒事が消えて万々歳だが、あまりにも拍子抜けすぎて納得がいかない。それ以前に困っている人を放置してはおけなかった。


 アシュリーが止めるのを聞かず、優は試着室のカーテンを御開帳する。そこに広がっていたのは。


 わざと着物をはだけさせ、下着を顕わにしているクロナだった。


 とりあえず分かったことがある。こいつ、無事だ。いじらしく黒の下着を隠そうとして、上目遣いになっているクロナ。そんな彼女に対し、優はUターンした。

「ああん、もう。ユー君ってたらエッチなんだから」

「堂々とハニートラップしかけてんじゃねえええええ!」

「むう、ユーは意外とエッチだったのか。服にかかっている魔力障壁ごときでアンデットが消えるわけはないのに」

「今のは明らかにクロナが悪いでしょうが。アシュリーさん、誤解しないでくださいよ」

「あ~ら、ダメよ。彼女が心配だからって、カーテンをいきなりめくっちゃ。そんなことするのは女の敵よ」

「お前は男だろうがあああああああ!」

 理不尽すぎるラッキースケベに優の絶叫がいつまでもこだましたという。一つの誤算があるとしたら、騒動のせいでクロナの新コスチュームお披露目が流れてしまったことか。それはクロナがお小遣いを溜めた時までのお楽しみにするとしよう。

「どんだけ~」のあの人とは無関係です。

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