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血塗られた放牧が始まる

新章を開始した途端に実家に帰省するのよ

 伏見優が目覚めるとすぐそばにおっぱいがあった。既視感があると同時に嫌な予感がする。起き上がろうとすると交通事故に遭った。エアバック(という名のおっぱい)に衝突したのだから間違ったことは言っていない……はず。

「んもう、朝からおっぱいに突進するなんて、ユー君はエッチなんだから」

「おい、クロナ。どうしてここにいる」

 昨夜のことを整理してみよう。エクソシストになるためにアシュリーへと弟子入りした優は、彼女が暮らす自宅で居候することになった。さすがに同室で寝るのはまずいと、優は居間を間借りして雑魚寝していたはずである。思い付きで居候が決定したので寝具が無いのは致し方ない。


 クロナはアシュリーの自室に監禁されていた。半ば強制的にアシュリーに連れ去られていたから間違ったことは言っていない。なのに、どうして優と向い合せになるように雑魚寝しているのであろうか。

「せっかくユー君と一つ屋根の下で暮らしてるんだもん。ちみっこの部屋で大人しくなんかしていられないわ。都合よく、グッスリと爆睡してたから抜け出て来たわけ」

「部屋を分けた意味がねえ!」

「ユー君、毛布一枚だけじゃ寒いでしょ。私が暖めてあげようか」

「いいえ、結構です」

「遠慮しないで。人肌で温めてあげるから」

「別に遭難したわけじゃないからな」

 質素な小屋で雑魚寝している。シチュエーションによっては雪山で迷ったと言えなくはない。


 逃亡しようとする優にお構いなく、クロナはおっぱいを強調して迫ってくる。顔面を埋没させられそうだが、朝っぱらからそんなことをするのは刺激が強すぎる。いや、朝でなくても男子高校生にとっては理性が保てるような案件ではない。当惑する優を包み込まんとクロナは腕を広げる。必殺ツインエアバックプレッシャー(おっぱい)が炸裂せん。


 しかし、クロナはいきなり地面に突っ伏した。どうやら何者かの襲撃を受けたようである。おあつらえ向きに彼女のポニーテールが犯人を示していた。

「おはようございます、アシュリー先生」

「うむ、おはよう。貞操は守られたか」

「おかげさまで」

「ちょっと! いきなりフライパンで殴るなんて卑怯よ!」

 満足そうにフライパンを抱えていたのはアシュリーだった。両手を使ってようやく持っていられる代物を振り回せるとは、彼女の膂力も捨てたものではない。


「人の家で勝手に発情してるんじゃない。まったく、部屋にいないと思ったらこんなことをやっていたとは。ひもで縛っておく必要がある」

「縛りプレイ? アシュリーも意外とマニアックね」

「ユー、こいつは何を言っている」

「追求しない方がいいですよ」

 ポ〇モンをコイ〇ング一匹でクリアすることが一瞬思い浮かんだが、クロナが想定しているのは十八禁のビデオでやっているようなことだろう。


「バカ騒ぎをしている暇はない。朝食を作ったからとっとと食べる」

 フライパンで指し示した先には色とりどりの料理が用意されていた。優とクロナがバカ騒ぎしている間に調理していたらしい。

 目玉焼きにサラダにパンと典型的な洋風の朝食だった。朝食は和食派だった優であるが、食文化の違いは許容するしかないだろう。そもそも、食事が提供されていること自体がありがたい。


 さっそく目玉焼きにかぶりつく。適度に塩味が効いており、口の中でとろける黄身と絶妙なハーモニーを演じている。サラダもシャキシャキしており、口直しとしてパンもいい仕事をしていた。

「うん、おいしい。アシュリーさん、料理上手いんですね」

「そ、そうか。これまで一人で作って食べて来た。口に合うか心配だったのだが」

「いや、滅茶苦茶うまいですよ。ああ、毎日こんなのが食べられるなんて幸せだな」

「そう言われると俄然やる気が出る。料理は任せる。餌代が余分にかかるのは痛いけど」

「任せっきりってのも悪いですね。俺、居候の身ですし」

「料理は半ば趣味みたいなものだから問題ない。優は他の家事をこなしてくれればいい」

 本人がやる気なので、水を差す方が悪いだろう。家事全般は弟子が担当するのが一般的なので、料理が省かれるだけでも至れり尽くせりであった。と、いうのも、優には家庭科の授業以外で料理の経験が無いため、いきなり任されたらどうしようと思っていたのだ。


「餌って、さりげなく私をペット扱いしてない」

「観察対象だから間違ったことは言っていないはずだが」

「あんたなんかのために忠犬っぽい振る舞いをする義理はないんだからね」

 クロナとアシュリーは朝も早くからいがみ合っている。エクソシストとその職業敵しょくぎょうがたきという関係だけに、打ち解けるには時間がかかるかもしれない。悪意が無いアンデットは討伐対象ではないので、厳密には敵ではないのだが。


 あらかた食事を終えるとアシュリーは喉を鳴らしながらミルクを飲んでいる。優がその様子を眺めていると、目の前にコップが置かれた。

「飲みたそうにしていたから分けてあげよう。このミルクは絶品だからおすすめする」

「気が利きますね、アシュリーさん。じゃあ、いただきます」

 優もまたコクコクとミルクを嚥下する。非常に濃厚で、そこら辺のスーパーで売っている牛乳が水道水のように思える。それこそ、牧場で直売されているような代物だ。こんなのが一般的に流通しているとしたら、この世界は案外贅沢なのかもしれない。


「これもまたおいしいですね」

「そうだろう。よく肥えたミノタウロスの乳だ」

 口に含んだミルクを吹き出しそうになり、堪えようとした結果むせた。今、とんでもない単語が耳に飛んできた気がする。

「ミ、ミノタウロス!? ミノタウロスって、あのミノタウロスですよね」

「他にどんなのがいるというのだ。牛のモンスターのミノタウロスだぞ。町はずれで放牧してるから、興味があれば見学するといい。ミルクも買えるぞ」

「普通に放牧してんのかよおおお!!」

 ミノタウロスが家畜になっている時点でこの世界の末恐ろしさが垣間見える。RPGではフィールドの雑魚敵扱いされることが多いとはいえ、毎日人間のために乳を搾られていると考えるとなんだか気の毒になった優であった。


 ふと末恐ろしい考えに至り、優はおずおずとアシュリーに尋ねる。

「もしかして、卵もただのニワトリのやつじゃないですよね」

「ニワトリ? もしかしてコカトリスのことか」

「やっぱりゲテモンじゃねえかあああああ!」

「ゲテモノとは失礼。コカトリスはいい卵を産むことで有名。ミノタウロスと一緒に放牧されてる。しょっちゅう喧嘩してるけど、競い合えば競い合うほどその肉や卵は上質な味になる」

「飼育方法が滅茶苦茶血塗られてるううううう!」

 ミノタウロスとコカトリスが血沸き肉躍っている牧場など、遠足で行くような所ではない。


「朝食も済んだし、さっそく行動を開始しようじゃないか。まずはギルドに行くぞ」

「あの、その前に一ついいですか」

 出かけようとするアシュリーに優はゆっくりと手を挙げる。

「どうした。支障でもあるのか」

「いや、ありまくりというか。その、俺の恰好、どうにかできませんかね」

 そう言うと女性陣の視線が集中した。転生してからというものの服を買う機会がなかったため、優はずっと生前寝間着代わりに着用していたジャージのままだったのだ。町人は質素な布の服を着ており、冒険者と思われる猛者たちは立派な鎧を装着している。そんな中、学校の体育の時間で使っていた黒ジャージはあまりにも目立ち過ぎていた。


「うむ。妙に優を指差してクスクスしている町人がいると思ったらそのせいか」

「ジャージ以外に原因ないですよね」

「でも、ユー君のジャージ姿似合ってると思うよ。私が学校に通っていたら間違いなく惚れてたかも」

「クロナ。お前は何歳なんだ」

「女の子に年を訊ねるなんて、メッなんだからね」

 外見からは女子高生にしか見えないのだが、死神なのだから実年齢は恐ろしいことになっていそうだ。


「ここで生活していくにあたり、日用品は買いそろえておく必要がある。ギルドに行く前に買い物しておくのもいい」

「やった! 私、買い物大好き」

 女の子らしく浮足立つクロナ。勢い余って優にじゃれつくものだから、引き離そうとするアシュリーとの間でもみくちゃになっててんやわんやだった。

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