エクソシストに俺はなる!
「うちの世界のことは知ってるかいな。あれこれいじくっとたら、ややこしいルールができとったんやが、一から説明した方がええか」
「大丈夫です。アシュリーさんからあらかた聞きました」
「そこのお嬢ちゃんか。熱心にうちのことを信仰してくれはっておおきにや。おまけに、面倒事も片づけてくれはるなんて、あんさんええ嫁をもろたな」
「よ、嫁!?」
予想外の単語が飛び出し、優と同時にアシュリーも目を白黒させる。
「ちょいちょい! ユー君のフィアンセは私だかんね! 勝手に決めないでよ」
「冗談や。まあ、滅多なことでは死なんようになっとるさかい、結婚相手はゆっくり決めえや。あと、そうや。面倒事を解決してくれたお礼にお嬢ちゃんに寿命をプレゼントしたるわ」
そう言うと、ネフティーヌは指を鳴らした。しかし、なにもおこらない。パ〇プンテでも永遠とこだまが響くはずだが、単なる道楽だったのだろうか。
「もう! 妙な事しないでよ。ちみっこの享年が四十歳から四十一歳になってるじゃない」
クロナが死神手帳を片手に吼えかかっていた。どうやら、あの一瞬でアシュリーの寿命を一年延ばしたらしい。「書類申請とか煩わしいんだぞ」とクロナが頭を抱えていた。
「おっと、罪を犯したド阿呆なアンデットがおったみたいや。お仕置きをせなあかん。せやから最後に伝えとくが、優、あんさんには異世界転生のお約束としてチート能力を付与しといたわ」
「俺に、チート能力ですか」
「せや。えっと、なんやったっけな。最近、物忘れが多くてあかんわ」
「病院行った方がいいんじゃないの」
「うっさいわ、ボケ。思い出したらまた連絡するわ。とりあえず、滅多なことでは死なんと覚えとき。ほなな、さいなら」
言うだけ言うとネフティーヌの全身が粒子へと変換されていく。反論を差し挟む余地もなく、巨大な体は天空へと帰還していってしまったのだ。
謁見を終え、三人は小部屋へと取り残された。色々な意味で強烈な邂逅だったので、未だ優の脳内処理は追いついていなかった。
「ものすごい人でしたね、ネフティーヌ様は」
アシュリーに同意を求めようとしたがそれどころではなかった。信仰する神と対面を果たしたため、感動でむせび泣いていた。あのおばちゃんが最高神でこの世界は大丈夫なのかと、割と本気で心配になる優であった。
「これで分かったでしょ。ネフティーヌが余計なことしてくれたおかげでユー君の寿命が不明になっちゃったの。だから、しばらく殺したくても殺せないわけ」
「滅多なことじゃ死なないなら、寿命なんて意味を為さないもんな」
転生させた張本人から証言が得られたのだ。これで異世界転生していないと主張する方がひねくれものだ。ただ、一つの希望ができた。寿命が不明ならば死神に狙われる理由はない。ほっと一安心しようとした矢先に、クロナはあっけらかんと髪を揺らした。
「でも、諦めたわけじゃないかんね」
「さようなら」とでも言われると期待していた優は虚を突かれた。寿命が来ていない人間につきまとっても無意味ではないのか。
「滅多なことで死なないってだけで、絶対に死なないわけじゃないんでしょ。この世界は危険なモンスターが徘徊してるし、ユー君がいた世界と比べると突然死の可能性が滅茶苦茶高いのよね。だから、ふとした拍子にユー君の寿命が確定するかもしれない。なにより、私以外の輩にユー君を殺されるのは嫌なの。そんで、私決めたんだ」
一呼吸置いた後、クロナは優を指差す。
「私が確実にユー君を殺すために、ユー君のボディーガードをやったげる。ユー君を殺そうとする不埒者は私が倒すんだから。ユー君は安心して寿命を迎えればいいよ」
帰るどころか堂々とストーキングすると宣告してきた。
さすがにこの発言に優は面食らう。四六時中死神と一緒にいるなど冗談ではない。おまけに、クロナに殺されようものなら、問答無用で死神にされてしまう。既に勝手に異世界転生させられているのだ。これ以上、死後の運命を勝手に決められて堪るか。
奮起した途端、優に天啓がひらめいた。転生前なら手詰まりだったが、この世界でならクロナに対抗する術がある。肩を揺らして含み笑いを漏らすと、優はクロナに指を突きつけ返した。
「残念だが、お前の思い通りにはさせないぜ。クロナ、お前はこの世界に舞い降りた時にアンデットという存在になっているはず。ならば、浄化魔法をぶつければ消すことができる」
「理屈としては間違ってないね。でも、私に浄化魔法が通用しないのも知ってるでしょ」
「そんなの承知の上だ。もしかしたら別の浄化魔法が効くかもしれないだろ。だから俺はこの世界で浄化魔法を習得し、お前を倒す。そう、俺は最強のエクソシストになる!」
モンスターも徘徊しているものの、最大の脅威は悪意を持ったアンデットだ。外的要因で死亡するなら、アンデットの襲撃を受けるのが最も確率が高いだろう。ならば、アンデットを倒せる力を持てば簡単には倒されなくなる。そして、癌となっているクロナを排除できれば万事解決という寸断だ。
荒唐無稽な目標ではあるが、ちょうどいいところに支援者が現れた。
「優。君が本気なら私は最大限に支援しようと思う。単刀直入に言うなら、君を弟子にしてもいい」
「アシュリーさん、本当ですか」
「ちょっと、ちみっこちゃん! いきなりなんてこと言っちゃってるのよ」
クロナが焦燥するが、アシュリーもまた指を出して宣告する。
「エクソシストとして、浄化できないアンデットがいるというのはどうしても許せない。それに、上級アンデットであるデスを町中に野放しにしておくわけにもいかない。害はないとはいえ、私の管理下に置くのがベスト。私が優を弟子に取ればあなたも一緒にくっつく。そうだろ」
「痛いところ突いてくるわね」
「餌代が無駄にかかるのは嫌だけど、手元に置いておいた方が研究がはかどるというもの」
「人を実験動物扱いしないでくれる!?」
クロナの悲痛な叫びを無視し、アシュリーもまた宣言する。
「エクソシストの名において、あなたを抹殺する。そのためにも優、君にも協力してほしい」
「もちろんです。アシュリーさんの弟子になるということは、アシュリーさんは師匠ってところでしょうか」
「師匠。悪くない」
優からのよいしょを受け、アシュリーは恍惚としている。クロナは不満爆発といった呈で喚きだした。
「ちょっと、勝手に話を進めないでよ。いいもんね。どんな魔法が来ようと、私は消えたりしないもん。ユー君、私と真っ向勝負するつもりなら受けて立つよ」
「言ったな。後で吠え面かいても知らないからな」
神殿内で火花を飛ばしあう三者。かくして、仲良く喧嘩しなとは近いようで程遠い彼らの奇妙な共同生活が幕を開けるのであった。
これにて第一章終了です。




