母の口癖
こんな子に産んだ覚えはない。
こんな子に育てたつもりはない。
早くに父を失くし、女手ひとつで私を育ててくれた母の口癖だった。
幼い頃はその言葉を聞くと堪らなく胸が痛くなって、もう言われないようにと努力した。
反抗期になるとその言葉に苛立ち、その度に同じ言葉の雨を浴びた。
ある程度大人になるとその言葉に、そして母本人に呆れ、胸にはぽっかりと穴が開いてしまった。
そこそこの歳をとった頃には、もう母の言葉を聞くことなかった。
そして今になってようやく母の言葉に嬉しさと哀しさを感じる。
こんな私に期待してくれてありがとう。
こんな私のままでごめんなさい。
空から見てくれていますか?
こんな私にも好きな人ができました。
子供も、孫もできました。
私はあなたの理想に近づけましたか?
父のようにはなれましたか?
もうすぐ私もそちらに逝きます。
教えてくれますか?
私の知らない父の話を…。