Ⅸ 天の光はすべて死兆星
大剣を携えたあの少女とは、炎帝の任につく前に、食事をした。
彼女は、孤児院出身で、ひたすらな努力によって、倒達者の頂点に立った。俺も彼女の同行は見ていたから、その苦難の道のりは知っている。俺は少女をたたえた。
慣れないナイフとフォークに四苦八苦していた彼女は、顔をあげた。恨めしそうな表情だ。
「引退したおじいちゃんは、気楽でいいですね。私は、気と荷が重いです」
悪いとは思ったが、かわいらしかったので、笑ってしまった。立場が逆なら殴っていたかもしれない。と、思っていたら、彼女は殴ってきた。俺は椅子に座ったまま後ろに倒れる。いまだ幼女の姿を借りていたので、軽くパタンとなってしまった。
「はっ。すみません、手が出てしまいました」
「……いや、いい。サンジェルに食って掛かる姿勢は気持ちよかった」
彼女は、俺と違い、真面目ながらも激情家で、サンジェルに理不尽なことをされたときには、その場で激昂していた。だが、のらりくらりとサンジェルはそれを回避していたので、本人は鬱憤が溜まっていたころだろう。
同じ姿をした俺で、気が晴れるのなら、いい仕事をした。
「よっこらせっと」
「ごめんなさい」
手を引っ張り立たせてくれた。根はいい子なのだ。
食事のあと、俺は彼女を激励した。
「あとは任せたぞ、後輩!」
「はい。では、お元気で。……先輩」
夜に少女は消えていった。
俺にとっては二度目の春秋平定時代は、気楽極まりなかった。映画を観て、本を読んで、音楽を聴き、温泉に入って、美食をむさぼり、適度な運動をし、ぐっすりと寝る。
幸せそのものだった。
旧人類は、これをループしているのか。まったくけしからん話だ。
落ち着いたころ、俺はサロに会いに行った。獅子頭奈保の肉体で行くのはサロにも、麻里の心臓にも悪いが、かといって俺も元の肉体に執着がある。そこで、獅子頭奈保の遺伝子を用い、サンジェルくらいの年齢に設定し、子どもの姿で生誕することにした。
家に向かうと、サロは庭で水やりをしていた。麦わら帽子を被り、首にはタオルをかけている。あいつにガーデニング趣味があったとは、意外だ。
「よお、サロ。久しぶり」
麦わら帽を傾けるサロ。数秒俺を見つめたあと、あっと声を上げた。
「奈保!」
「悪い、子どもの姿で混乱させたか」
縁側で俺とサロは、隣あって座り、庭を眺めた。
ひまわりを育てているらしく、背の高い黄色が、俺を見下げてくる。
「俺、ひまわりってさ」
「うん?」
「顔みたいで怖いんだよね」
「帰れ」
与太話に花を咲かしていると、家のなかから、エプロンをかけた女性がお盆を持ってやってきた。
「どうぞ。ゆっくりしていってね」
麦茶とスイカを差し出された。
「ありがとうございます」
にっこりと笑って奥に消える女性。俺は赤い果実をかじった。
「いい奥さんだな」
「知ってるくせに」
日差しがきつかったので、俺はサロの頭から麦わら帽子を奪い取った。サロは、困ったような顔をした。
そのとき、家の中からどたどたと走り回る音がした。
振り返ると、そこにいたのは、いまの俺の外見と同じくらい幼さをもつ少女であった。
「こんちは!」
明るく手を上げられたので、俺は手を振りかえす。すると、すぐに少女はまた走って家のなかに消えていった。
「娘さん、大きくなったんだな」
「うん、おかげさまで」
「誕生日はいつだ?」
それは、どんな運命か、滋養風犬の誕生日と同じ日であった。
「その日になったら、プレゼント贈るよ。親戚のおじさんからとでもいっておいてくれ」
「ああ、ありがとう。ふふっ、もらう側の外見しているくせに」
俺は、スイカの種をペッと庭に吐き出した。
平和な、平和な、幸せな日常。
これがずっと続くというなら、旧人類も悪くない。
ユートピアはここにある。
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終わりは突然やってくる。
その日、炎帝の少女が、大慌てで研究所に駆け込んできた。
俺はのんびりと本を読んでいたので、突然の来訪者に驚いた。
「あれ?どうしたの、こんなところに」
肩で息をしている少女は、水を要求した。久しぶりの肉体での運動についていけていないらしい。俺は飲みかけのコーヒーを差し出した。
「うっ……苦い……。ってそんな場合じゃないんですよ!大変です!地球が!」
喧騒をかぎつけ、奥からサンジェルもやってきた。
「どうしたの。そんなに焦って」
少女は、壁に設置されていたモニターに触れた。すると、そこには宇宙が映し出された。
「見てください、これ、ちょうどこの国の真上なんですけど……右端、拡大します」
ズームアップされる画面。少女がゆびさしたところには、銀色をした正三角形の機械が、密集していた。百、二百では収まらない。もう少し離れてみると、その集団は大きな三角形の群を作っていた。
「……これは?」
サンジェルをみると、珍しく、彼女も困惑していた。
「わからない……宇宙ゴミってことはないでしょうね、こんなに固まっているということは、意思をもって動いている」
意思をもった、宇宙からの飛行物体。
俺は、口を押えながら、小声で言った。
「うちゅう、じん……?」
そんな馬鹿な。こんなに長い間ひとりぼっちだった惑星に、いまさら、来訪者だと?
知的生命体は、俺らだけで十分だろ。
そのとき、画面のなかの三角形の頂点が、光輝いた。その光は、球体を形成したかと思うと、線上になって地球のほうに伸びていった。
直後、大きな揺れが俺たちを襲った。研究所は、ドーム都市は、地上は揺れた。慌てて俺たちは外に出た。
「…………!!!」
惨状だった。高層ビルは倒壊し、地面はマグマのように煮沸していた。
あんなににぎわっていた街並みには人はひとりもおらず、無音の不気味さが響いていた。
「全員溶けたらしいわね……」
サンジェルは、むごい真実を察した。俺はまた、口を押える。
少女は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「どうして私のときだけこんなのがやってくるんですか!」
宇宙人。チープな言葉だが、これが最も適しており、ほかの名称をつける暇もなかったので、俺たちはそう呼ぶことにした。
すぐさま地球の頭脳が集まり、地下シェルター内で様々な研究と議論がなされた。炎帝の少女と俺も呼ばれたが、肩身が狭かった。長い月日を生きる彼らには危機への対応力が足りず、その場は口汚い罵りあいが起こったのだ。
「あの、少し外に出ませんか」
少女と俺は、隙をみて外に出た。熱い空気が充満する外界。ドーム外壁は空調を管理するために重要だが、宇宙の光線により、穴が開き、適度な調整がきかなくなっていた。
ようやく本当の崩壊をみせた人類文明は、怠惰な本性を露呈しはじめた。もうどうにもならない。そんな諦めが世界に漂っている。
少女は、生まれ育った孤児院に向かった。そこはすでに焼失しており、なにも残っていなかった。
「……いずれ私もこの文明を壊さなければならなかったんです。それが、ちょっと早くなっただけです」
「…………」
少女は炭となった思い出に、涙を流した。
俺は、サロに会いにいった。防空壕は近くにあるらしいが、万が一ということもありうる。俺は警告した。
「ああ、わかったよ。なにがなんでも、妻と娘は守るさ」
彼は、ひまわりの種を拾いながら言った。まだ、植えられるとでも思っているのだろうか。
次があるとでも思っているのだろうか。
だが、希望はないよりあったほうがいい。俺は無理やり笑って、任せたよ、と言って去った。
サンジェルは、いつも通りであった。会議にも参加せず、優雅にお茶を飲んでいた。俺もたまに席をともにした。
紅茶に砂糖を入れるサンジェル。
「最近は、甘くして飲むのが好みなのよね。ケーキまではさすがに怒られるから」
食料の生産は続いているが、いつ流通経路や生産拠点が破壊されるかはわからない。節約のムードがあるのにも関わらず、彼女はそれに反していた。
「旧人類は我慢しない。生を謳歌するのが性よ。贅沢してなにが悪いのよ」
俺は苦笑した。
「ほかの奴らに聞かれるなよ」
サンジェルは、足を組み替えて、話題も変えた。
「ところで、そらの連中はどこから来たんだと思う?」
俺は考える。どこから、か。宇宙は果てしなく広い。想像もつかない。
サンジェルは質問を変える。
「じゃあ、なんのために来たんだと思う?」
それはいくつか浮かんだ。SF映画を観ていたからだ。
「侵略して、植民地化。あるいは移住。あるいは、友好関係を結びにきた。最後のはなさそうだけどな」
「まあ、そんなところよね。フィクションは。でも、リアルではもっと簡単な理由がない?地球にやってくる目的として」
俺は首を傾げる。なんのことだろうか。
しびれを切らしたサンジェルは、答えを告げる。
「あたしの考えでは、彼らは復讐にきたんじゃないかしら」
「復讐……?」
「炎帝は、宇宙を旅して恒星を喰らってきた。そのなかでは、多くの惑星を率いるビッグマザーもあったでしょうね。あの宇宙人たちは、その子どもたちなんじゃないかしら」
数々の恒星を、俺たちは滅ぼしてきた。生命ある星の支えとなっていたとしても、俺たちは私利私欲のためにそれを無視してきた。
そのツケが、これか。
「だとしたら、俺たちはバツを受けるべきなのか?」
「さあね。でも、少なくともあなたが受ける必要はないと思うわよ」
そういって、サンジェルはポケットから、なにかを出した。
「プレゼントよ。いままで、悪かったわね」
「……これは?」
テーブルに置かれたのは、一枚のチップだった。新人類になら、だれでも入っている、なんの変哲もないチップである。
サンジェルは、告げる。
「そのチップは、滋養風犬のものよ」
「…………。は?」
「滋養風犬と、富士月見version2の戦い。もう何年前になるかしらね。そのとき、富士は風犬の脳に触手を触れさせ、彼女の脳の状態をコピーしていたのよ。そのデータをチップにしたのがコレ。新人類の肉体に差し込めば、風犬はよみがえるわよ」
「…………なんで、いままで黙ってた」
「北条リリィは、データの集積場所だったんだけどね、あの戦いで脳が焼けちゃってたの。なんとか修復して、このデータを取り出せたのは最近」
サンジェルは、俺の手にチップを握らせた。
「使うのなら、早いほうがいいわ。もうすぐ、この世界は終わる。さっさと決断しなさい」
カップが空になったので、サンジェルは席を立った。
俺は、小さなチップをひたすらみつめていた。
宇宙人の次の光線が発射されたのは、それから三日後だった。
その日も研究所では会議が行われていたので、話に参加する気のない俺は抜け出していた。
少し遠出をしてみようかと、横浜に行ったのだが、光はその間に降り注いだ。
東京に帰ってくると、前回と比にならないくらいの被害が出ていた。
地下にあった研究所も、地上に振った光線の熱で蒸し焼きにされ、なかにいた人間は全滅していた。そのなかにはサンジェルや、炎帝の少女も含まれた。所内の精密機器もお釈迦になっており、この文明から「知」が失われたことがわかった。
サロの家も焼失していた。光線の範囲にギリギリ入っていたのだ。旧人類の肉体を持った夫婦は、意図も簡単に死にとらわれていた。
しかし、運のいいことに、この夫婦が授かっていた子どもは無事であった。一人で遊びにいった公園は、光線の範囲外だったのだ。
俺は、その娘を引き取った。
見た目でいえば、俺はその娘と同じくらいだったので、正確には、避難の旅の同行を申し出たという成り行きだった。
娘は、武術型の新人類であった。俺の記憶では、伊豆麻里は旧人類として妊娠していたはずなので、子どもは旧人類であるはずだ。娘に尋ねてみると、麻里は、妊娠した子どもを流産していたらしい。その後、コウノトリプラントに申請を出して、二度目に授かった子どもが、この娘だというのだ。
この地上で、安全なところはない。
俺たちは旅をつづけた。昨日までいた場所が、焼け野原になっていることも何度かあった。
しかし、俺たちは歩き続けた。
空より振る光の熱に殺されないように、気を付けながら。
昨日も今日も、走り続けた。
そして、最後にたどり着いたのは、三重のドーム都市だった。ほかの都市はすべて焼き払われてしまい、人類はもうこの都市に住むものしかいなくなっていた。
俺は、娘を連れて、風犬が死んだ場所に行った。
数日中に、このドームにも光が降り、俺たちは死ぬだろう。
だったら、最後にはここで、空を見上げよう。
娘はなにも聞かずに寄り添ってくれた。
そして……。ついにその日がやってくる。




