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炎天下 ~日傘に入るは吉なのか。熱中症に気を付けて、今日も俺は走ります~  作者: 鷹枝ピトン
第三章 災禍の中心で愛を叫んだけもの ~滋養風犬暗殺計画のすべて~
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光成との脱出 あるいは放殺

 土方光成は身内に甘い。


 無愛想で、機械的な性格は、周囲に好印象を与えない。しかし、その壁を突き破って侵入したものには、土方は情をもって接す。その義理堅さは常人のものではなく、例えば自分を殺そうとした千堂千歳も、後輩というだけで許したほどである。


 そんな彼に、新しい身内ができた。


 北条リリィ。那須花凛の担当医の中年女性である。彼女は、サンジェルにより雇われ、那須の精神状態の回復を依頼された。すでに医業を引退していた彼女は、早期リタイヤで『熊本』で悠々と暮らしていたが、那須の名を出され、腰を上げたのだ。


 常にサングラスをしている彼女の表情は、読みとることができない。だが、その奥にはやさしさがあると、土方は確信していた。


 あるとき、北条は告げた。


「実は、那須ちゃんはもう回復しているのよ」


 土方は、らしくもなく、慌てて辺りを見渡して、咳払いをした。


「おい、どういうことだ。そんなことより、それが本当ならサンジェルに黙っていることは謀反とならないか」


 北条は、頬杖をついてその様子を笑う。


「ふふ、やっぱり優しい子なのね、土方くんは」


 これほどまでに、簡単に内部に潜り込まれたのは、初めてだった。年の功か、と土方は皮肉を言ったが、余計に笑われた。


「それで、なぜそれをサンジェルに明かさない。奴は、裏切り者には容赦がないと聞いているぞ」


「このままでは、那須はサンジェルに殺される」


「……なんだと?」


 北条は、書類の束をテーブルに出した。『倒達者計画』。土方に読むように促す。


「…………」


 無言で、一枚、また一枚と紙をめくる土方。その顔には、動揺が現れている。


「なんだコレは……」


「土方くんや千堂くんたち技術職には伝わってないんだろうね。正直、いま自分がやっている研究がなにに使われるのかとか、わかってなかったでしょ?」


「…………」


 計画書には、倒達者に対して行われる人体実験の概要が書かれていた。非人道極まりないその内容は、読んでいるだけで吐き気を催すものであった。


 土方は、奇術型の倒達者、狩場瑠衣を大切にしていた。当初は、火を使える新人類ということに対する興味から、ただの研究対象として彼女を見ていた彼であったが、次第に自分に献身的についてきてくれる彼女に情が移っていき、いまでは数少ない大切な人間のひとりとなった。


 その、狩場瑠衣が、いまサンジェルによって握りつぶされそうになっている。土方は、北条を見つめた。


 北条は、微笑んだ。


「あなた、倒達者たちを救ってくれない?」


 土方光成。

 皆の光に成る者。

 彼は、動き出した。






 地下九階の隔離病室。暗闇の一室には、大量の拘束具とともに、一人の女性が、壁に貼り付けられていた。


 『富士月見』。元・神社仏閣保護連盟の幹部であり、神術型の倒達者である。彼女は、一月前、京都で那須花凛と交戦した末に、力尽き、サンジェルによって捕らえられていた。


「…………」


 猿轡で縛られた彼女は、何も喋らない。何もできない。倒達者という圧倒的な力を手に入れた富士であったが、このひと月のあいだ、砂川やサンジェルによって拷問と洗脳を受けた彼女は、もはや抵抗する意思を失っていた。


「不憫よねえ、あなたも……」


 憐憫の情を一切含まずに、北条リリィは富士を眺めていた。まるで観葉植物を愛でるように。動かない生物も、それはそれでペットにはなりうるのである。


 大きな足音が廊下に響く。誰かがやってきた。否、ここに来る人物は限られている。そして、ここまで音を響かせる足腰の持ち主など、一人しかいない。北条は、椅子から腰をあげ、数秒後に訪れる男を待った。


 ゆっくりと、鉛製の重厚な扉が開く。現れたのは、白衣を纏った巨躯の医者、砂川である。北条は手をひらひらと振り、にこやかに彼を迎えた。


「どうしたの?砂川くん。まるで……、そう、まるで土方くんたちが那須ちゃんを連れて脱走したかのような顔をしているわね」


「……っ。北条リリィ、お前は本当に……」


 砂川は溜息をつき、頭をかく。北条は、すべてを知っている。それを一瞬で理解させられた。


「土方をそそのかしたのはお前か。サンジェル様になんと言ったらいいか……」


「許可は取ってるわよ。まあ、取らなくても、『ワタシはアタシだから』、同じことなんだけど。ふふっ、だって、これから死ぬのに、一切の抵抗ができずにっていうのもかわいそうじゃない。一時くらい、自由な夢をみさせてあげてもいいんじゃない?」


「お前は……本当に悪いやつだな」


「ご存じの通り。でも、砂川くんほどクレイジーじゃないわ」


 バツの悪い顔をする砂川。


「……いまは俺のことはいいだろう」


 砂川徹は、生まれながらに破壊衝動を抱えていた。目に映るすべてを、原型がとどめなくなるまで、崩壊させたい。世界は滅ぼすべきものという認識が備え付けられてこの世に生をうけたのだ。そんな危険衝動をどうにか抑えながら、彼は息苦しく、どうにか平和に生きてきた。


 そこへ、サンジェルが現れた。


『じゃあ、医者になればいいよ。医者はいいよ。治した分だけ、破壊していい』


 ああ、そうか、と。納得し、彼は解き放たれた。


 彼は、常識人を演じているが、根っからのテロリストであり、この時代で最も凶悪な人間のひとりであるのだ。


「それで?出動命令?」


「ああ、責任をとれ。はなからそのつもりのようだがな」


 機嫌を損ねた砂川は、そっぽを向いて答えた。北条は、ふふっとひと笑いしたのち、サングラスを外し、エメラルド色の瞳を輝かせた。



「じゃあ、終わらせようか。いや、これが始まりになるのかな?」


 そういって、彼女は世界にダイブした。







 霧島孤児院に戻った狼尾たちは、久本美影をベッドに寝かせてから、これからの計画を話し合った。


「炎帝府に匿ってもらうのが最善だろう」


 土方の提案に、狼尾は頷く。


 サンジェルという災厄のテロリストに追われて、闇雲に逃げてもいずれ捕まる。もっとも安全なのは、サンジェルの敵対対象の、炎帝府に守ってもらうこと。そうすれば、サンジェルも迂闊には手を出せない。


「私は、ちょっとは炎帝府に顔が利く。岡山まで、逃げきれればひとまず大丈夫だ」


 狼尾は、炎帝からの仕事を生活の糧にしていた時期があった。与えられていた任務の重大さを顧みると、狼尾は炎帝府にそれなりに信用されていたはずである。話を聞いてもらうくらいはできるかもしれない。


 逃走の方法について話し合う一同をよそに、狩場は心中がざわめいていた。


 狩場は、以前もサンジェルのもとから逃げ出したことはあった。しかし、それは自分ひとりだけのため。今回は、勝手が違う。預かる命が多い。もし、捕まれば、倒達者はともかく土方や千堂のような一般人は、まず間違いなく殺されるだろう。そんなことは、絶対にさせない。狩場は拳を握った。


「転送術は温存しておく。いざというときの脱出手段だ。時間はかかるが、監視の眼のないドーム外を魔導車で行く」


「ドライバーはすでに雇っておきました」


 千堂がvサインを出す。彼は、砂川が連れてきた魔術型のタクシードライバー、浜田総司が回復したと同時に、新たなる仕事を依頼したのである。


「久本美影は狙われることはないだろうから、置いていく。出発は今夜だ。浜田が院についたら、すぐに出発する。準備しておけ」





 ドーム都市『鈴鹿』の街には、蜘蛛の巣のように道路がめぐらされている。かつて、この都市は、破魔モーターズの本拠地であり、生産した魔導車を試運転させるために、道路整備に力を入れていたのである。


 企業がなくなり、人口は激減した。そんなゴーストタウンの道路を、一台のバイクが滑走していた。



 浜田は、腕を組みながらそれを見て、運転テクニックの仕上がりに感心する。


「たったの数日でここまでとはな。大したものだ」


 浜田の前に、バイクが止まり、少女の声がする。


「ご指導ありがとうございました。さすがは破魔の御曹司ですね。頼んで正解でした」


「いや、君の飲み込みもすごかった。なにより、執念があるように感じたよ」


「……執念、ですか。ふふ、そうかもしれないですね」


 少女の笑い声に、浜田は寒気を感じた。自分はとんでもないものを相手にしてしまったのではないか?浜田は頭を振るう。


「……では、俺は次の仕事があるから、ここで」



 浜田は、そそくさと自分の車に乗り込み、鈴鹿を後にした。



 残された少女は……バイクは、闇夜で静かに時を待った。

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