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炎天下 ~日傘に入るは吉なのか。熱中症に気を付けて、今日も俺は走ります~  作者: 鷹枝ピトン
第三章 災禍の中心で愛を叫んだけもの ~滋養風犬暗殺計画のすべて~
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「悔い改めよ、マジシャン!」とジャーナリストはいった あるいは封殺

 期限は一か月。この間、サンジェルは滋養風犬の命を狙う刺客を、合計十人仕向ける。



 期限内、あるいは十人以内の刺客で風犬を殺せなかった場合は、今後一切、サンジェルは滋養風犬ならびに、獅子頭奈保から手をひくことを条件とした。



 園崎は、事情を聴いて、首を傾げる。


「こんなことを言うのも、なんですけど……そんなルールを設けずに、ただ刺客をなんども放って殺せばいいのでは?合計10人なんて終わりを指定する必要ありますか?」



「ははは、みかんちゃんは、結構物騒なこというね。その通りなんだけどさ。……私たちはこれから炎帝府と戦う。そのために、予測不能な危険人物である滋養風犬を排除したかったんだけど、だからと言って、彼女を殺すために戦力を投入しすぎては、本命である炎帝戦に支障がでる。だから、双方にとって制限を設けることは都合がよかったのよ」




 双方にとって。園崎はその物言いに顔をしかめる。殺される側にとっては、ただ災難なだけではないか。その報酬が、関わらないという約束だなんて、わりにあっているとは思えない。



 サンジェルは、園崎の不満そうな視線に気が付いたのか、弁明する。



「みかんちゃんは、まだ風犬のことを調べている途中なんだよね。だったら、もっとあいつが生きていてはいけない理由を知るべきだね。一番のあいつの被害者といったら……狩場瑠衣だね。おーい、狩場―。みかんちゃん連れて、ちょっと出かけてきなよ。ついでに、ねこかだらけに行って、今後の作戦の変更点伝えといて」



 お茶を飲み終わった白衣の集団は仕事場に戻っていた。残ったのは、カップを片付ける仮面の女性、狩場瑠衣だけ。狩場は、サンジェルに声をかけられ、ゆっくりと振り向いた。動作から、気乗りしていないのがまるわかりであった。



 しかし、狩場は片づけが終わると、園崎の手を引いて、外に出ていった。


「……行くよ」


「え、ああ、はい」



 後ろから、サンジェルがいってらっしゃーい、と投げかけてきた。






 園崎みかんが狩場瑠衣に連れてこられたのは、喫茶店ねこかだらけだった。個室の部屋で、気まずい雰囲気が流れる。


 耐えかねた園崎は、メニューをろくに読みもせず、ベルを鳴らして店員を呼んだ。



 ほどなくして、店員が注文を伺いに来る。



「よお、狩場」


「……蟻沢春」



 狩場は、仮面を取った。火傷の痕が残る顔が露わになり、園崎は思わず息をのむ。しかし、店員の、蟻沢と呼ばれたメイド服の女性は動揺せず、無言で自分の手を見せた。



「……どういうことだ?私の作った義手では気に入らなかったのか?」



 蟻沢春は、以前、狩場によって義手を渡されていた。筋肉と神経をつなぎ、手指を自在に動かせる優れものであった。しかし、いまの蟻沢の手は、狩場の製作した義手ではなく、病院で手に入る一般の義手であった。



「そういうわけじゃない。お前の義手はすごかったぜ。だけどよ、私にはできすぎだった。ちょうど、後輩にも事故で手を切断しちまったやつがいたから、サイズもあったし、そいつにあげた」



「……お前がいいなら、それでいいが。いや、やはりもうワンセット作ってやる」



「狩場瑠衣、お前ってそんなにいいやつだったか?もらえるなら、ありがたく貰うけどよ……そういうお前も、なんでやけど治さないんだ?皮膚の損傷なら、Bond塗れば治るだろ」



「試したさ。でも駄目だった。サンジェル曰く、倒達者になった証の火傷は治らないように炎帝に設計されているらしい。……だが、もういい。コレを受け入れてくれるひとが現れたからな」



「へっ惚気やがって」


 園崎は肩身が狭かった。狩場と蟻沢は見知った仲らしい。仲が良いようにも見えなかったが、それでも無視され続けるのは辛かった。



「ところで、サンジェルから伝言だ。事情が変わった。残りこちらが用意できる刺客は、6人。一人として、無駄にできない。そこで、ここからは、刺客の指名権は私たち倒達者に託された。まあ、私の指名権は君たちに託すことにしたがな」



「なに……?じゃあ、つまり、うちからは、ひとりしか出さないってことか?」


 狩場は頷く。


 当初の予定では、ねこかだらけ他、多数の飲食店を経営する会社「愛りん」の社長、楊枝妃が抱える人間から刺客を3人選ぶこととなっていた。


ねこかだらけは、蟻沢春を含め、お呪い企業からの独立戦争に参加した戦士が社員として多く在籍しており、かつての武功会に引けを取らないほどの戦力を擁しているのである。



しかし、サンジェルの本命「翼」が再起不能になったことから、予定を変更。強者は強者を知るという理屈から、指名権を倒達者たちに譲り、より確実に風犬を暗殺しうる人間を探すこととなった。



 蟻沢は腕を組んで考える。



「でもよ、それって、倒達者がいけばいい話じゃねえか?」


「いや、万が一風犬に敗れて倒達者が死ぬこととなっては、炎帝府打倒に差し支える。現段階では、倒達者を戦わせるわけにはいかないんだ」


「ふうん……。そうか。んじゃ、どうするかね……。楊枝のばーちゃんに相談してくるか」



「ああ、そうしてくれ。ああ、あと」


 部屋から出ていこうとする蟻沢に、狩場が言った。



「コーヒーを2つ」




「つーわけで、うちからはひとりしか出向けないそうです」


蟻沢の話を聞き終わった楊枝妃は、ティーカップをおいて、一息をついた。


「へえ、そうかい。ま、犠牲が出るかもしれない戦場にうちの子を向かわせるのは気が引けるしね、願ったりな提案さ」




 楊枝妃。62歳。新人類としては、長寿の部類に入る。呪術型の新人類として、彼女は多くの人にその名を知られている。彼女は、交通革命を起こした呪術、「転送術」を開発したのである。彼女はこの技術を用いて、ポッドに入ったお茶を相手の胃に転送し、内側から殺す暗殺術を体得している。お呪い企業からの独立戦争では、この技術で猛威を振るった。



「……春ちゃんは、参加しないの?」


壁に寄りかかっていたバニーガール姿の女性が、うさぎ耳を摘みながら伏し目がちに聞く。



 彼女の名は、陣地屋える。楊枝妃、蟻沢春とともにお呪い企業からの独立に一役を買った女性であり、現在は愛りん系列の喫茶店、バニーガール喫茶「ラビットコインハウス」の店長として働いている。足技が得意であり、キックボクシングにも精通している。



蟻沢は、苦笑いで陣地屋を否定する。


「いや、私はとうに全盛期は過ぎてる。この手じゃ前線に立てねえよ。……そもそも、恋人の妹を手にかけるなんて、できやしないさ」


「心配しないでくださいよ!陣地屋さん!うちが代わりにやってやりますから!てっゆーか陣地屋さんも蟻沢さんと同い年でしょ?もう後進のうちに託してもいーんじゃないすか?」


快活に笑う金髪の少女が、手をひらひらと振る。


 少女の名は、嘉納ほのか。蟻沢により、義手を譲ってもらった、ねこかだらけに最近勤め始めたギャルであり、普段は厨房にいる。掃除好きであり、かつては『掃除屋』をやっていた。手に付けた爪付きのグローブを、相手の首筋に転送させ、かききる一撃必殺を持っている。


「へえー……随分と図に乗ってる子がいるのね、春……ねこかだらけの教育はどうなってるの?」


「抑えてくれ、える。ほのかはこーいうやつなんだ」


殺気立つ陣地屋の頭を撫でる蟻沢。そうすると陣地屋は、目を細めて至福の表情を浮かべた。



 この3人のうち、刺客として滋養風犬のまえに現れるのひとりは……。





「滋養風犬は、悪魔のような人間だ。関わるのは、よしたほうがいい」



 目の前のコーヒーを放置しながら、園崎と狩場は話していた。ふたりとも、ついさっきお茶をしたばかりで、のどが渇いていないのである。


 園崎は、狩場の忠告に反論する。


「どうしてですか?風犬って子が危険だってことはわかりましたけど、自分の身くらい、自分で守れますよ」



 狩場は頭を抱える。



「そんな次元では済まない。あいつは、人を狂わせる。はなしてやる。わたしが、あいつになにをされたのかを……」



 数分後、話を聞き終わった園崎は、コーヒーに口をつけた。



「わかったか、園崎みかん。君のためにいってるんだぞ。手を引いたほうがいい。記事なら別のことを書けばいいんだ」


 園崎は、コップを置いて言い放った。


「クズっすね」

「そうだ、風犬は最低だ」

「いや、狩場さんが」



 豆鉄砲を喰らったような顔をする狩場。園崎は彼女の目を見据えていった。


「利用されていたとはいえ、あなたは何人殺したと思ってるんですか。その罪は、どうしたって消えませんよ」


「…………」


「その、土方さんって人に恩を感じているみたいですけど、その人だって知り合いに義理を通すってだけで、他人を気にかけない悪人です。聖人なんかじゃありません」


「あのひとの悪口は、やめて」


 狩場は、急にしおらしくなった。園崎は溜息をつく。狩場はメンタルが弱い女なのだ。操られることで自分を保つ、独立できない人間。依存体質のメンヘラ。



 狩場は、アイデンティを否定されたことにより、情緒が不安定になった。下を向きながら、ぶつぶつと呟いている。園崎は彼女を視界から消し、考えに耽る。


 狩場には同情できなかったが、しかし同時に、滋養風犬が武功会を壊滅させたという真実を知ることができたのは、収穫であった。世間では、反勢力に襲撃されて、崩壊したとされているが、まさか、その犯人がひとりの少女だったとは、それだけで記事になる衝撃的な情報である。



 そして、その少女と行動をともにしている、武術型倒達者である少年「獅子頭奈保」。マボロシ探偵社の新入社員、狼尾保奈と兄妹であるとことも含め、なにか運命のようなものを感じる。聞いたところでは、獅子頭奈保は腰の低い人物のようなので、滋養風犬に取材をするときは、彼を通してすることとなるかもしれない。



 園崎が、今後の方針について目途を立てていると、ドアが開いた。



 そこには、さきほどの店員、蟻沢春が立っていた。



「狩場、決まったぜ。うちからの選出は……」



                  〇

 

「ふっかーつ!!!イッターい!!!」



 両手を空に掲げて立ち上がった途端にしゃがむ風犬。あばらにひびがはいっているかもしれないと自分で言った矢先である。


「痛いよー奈保ちゃん撫でてー」


「よしよし」



 風犬の身長は俺よりも少し小さいくらいである。しかし、しゃがみ込んだ彼女はそれ以上に小さく見えた。頭を撫でると、汗で髪の毛が湿っていることに気が付く。風犬は気にしないかもしれないが、一応乙女なので、どこかで水浴びのできる場所に連れていっておこう。



 時間はもう午後になっていた。風犬の睡眠時間は12時間越えだが、彼女のからだを見れば本来なら、1か月くらいは寝込んでいても罰があたらないレベルなのである。



 それでも滋養風犬は歩き出す。彼女は、生きるために生きるのである。



 まさに、獣のように。






 そんな彼女のまえに次に現れた刺客は、彼女と同じく獣のような感性を持つ女であった。




 場所は、国会議事堂跡。ところどころが崩壊したこの敷地は、まるでコロッセウムのようであった。



 女性は、名を名乗る。



「奇術型倒達者、狩場瑠衣セレクト。『餅つき兎』陣地屋える。恨みはないけど、死んでもらいます……ぴょん」




 滋養風犬 VS 陣地屋える

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