ファイターvsアーチャー あるいは射殺
「なに、しているの……?」
園崎は、翼に話しかける。
しかし、翼は答えない。
そして、ボウガンの引き金を引く。
園崎がスコープを覗くと、滋養風犬の腕に矢が刺さっており、ホームにあがろうとしていた彼女は、そのまま線路のなかに落ちていった。
「あなたは、滋養風犬を殺そうとしているの?」
翼は矢をセットして再び柵から照準を合わせる。
「……お姉さんは、滋養風犬のことを知っているの?」
顔を上げずに、翼は逆に質問をした。
園崎は、唾をのんだ。答え次第では、この少年に敵認定されるかもしれない。しかし、身の保証がされるような正答がわからない以上、正直に、偽ることなく応えることにした。
「うん……私、記者をやっていて、最近滋養風犬って子について調べているの」
「やめたほうがいい」
間髪を入れずに翼が言った。
「あいつと関わることは百害あって一利なしだよ」
「……翼くんは、彼女とどういう関係なの?」
再び無言になる翼。屋上に静寂が訪れる。
矢が、放たれる。
○
「風ちゃん!!!」
風犬のからだは、俺の手を掴むことなく、線路の中に落ちた。
とっさに受け身を取り、落下の衝撃は受けていないようだったが、腕に刺さった矢は肉を貫通しており、苦痛に顔をゆがめていた。
「……奈保ちゃん、離れてて。新手がいる」
ヘビー級ボクサーとの殴り合いの直後で、彼女の身体はズタボロであった。それなのに、この期に及んで俺の身の安全を優先して考えてくれた。
優しっ……すぎるだろ!
本当ならば、俺も線路に飛び降り、彼女を守るのが道理だろう。しかし、それはできない。そういう、「決まり」なのだ。
無力さに拳を握り、俺は風犬の指示通り、線路から離れた。
風犬は、無理やり左腕に刺さった矢を抜いた。噴水のように噴き出す血。だらりと力なくぶら下がる左腕。動かないのだろうか。額には尋常ではない脂汗を浮かべており、ダメージの深刻さがうかがえる。
「さすがに、まずいかも」
すうと大きく肺に空気を取り込む風犬、そして、ゆっくり右腕を前に出す。
腕を高速で払う。
風犬の前方の砂利が舞い上がった。
「なっ……?」
俺は思わず目を丸くする。地面に、矢が刺さっていたのだ。
信じられないことだが、風犬は飛んできた矢を素手で払いのけたのだった。
武術型は、空気の流れを感じ取ることに長けているといわれる。しかし、超高速で打ち出された矢を的確に防ぐなんて、さすがに、人間離れしている。
俺は、興奮していた。
大丈夫だ……。
風犬に対しては、狙撃手程度、敵にならない!
数秒後、俺の見積もりは甘かったと知る。
○
すべては計画通りであった。
まず、総合格闘技の実力者である浜田総司が相手であるという情報を滋養風犬に渡す。そうすることで、掴まれる場所が多い、風犬の戦闘服であるベリーダンスの衣装を着させないように誘導した。
本来なら戦闘に向かない舞踊装束ではあるが、腕になびく布部分に、風犬は、風の動きを読む補助的な機能を見出していたのだ。
それがない今、彼女の風読みの精度は万全からはかけ離れている状態なのである。肌の感覚を研ぎ澄ませれば、いくらかは防ぐことに成功するかもしれないが、百パーセントではない。
戦況は、狙撃手である翼に優利であった。
翼は、サンジェルが抱えるボウガン使いのなかで、もっとも優秀であった。決して誇張ではない百発百中の実績。以前も、風犬の背中に矢を命中させて眠らせたこともある。
一連の作戦のなかで、サンジェルは公言している。本命は、翼である。
さきほどの一撃目に関しても、翼は、わざと腕を狙った。頭部も狙い打てたが、それはあえて避けた。
彼は先日、滋養風犬とともに旅をした。そこで、彼女の我儘に付き合わされ、相当な心労をかけられたのである、その復讐から、なるべく苦痛を与えてから殺そうとしていたのだ。
しかし、これはただの慢心ではない。彼には、時間をかけても風犬を殺せるたしかな実力と自信があった。
「……でも、まさか防がれるとは、ね。やっぱり、あなどれない」
翼は独り言をつぶやき、ボウガンに矢をセットする。彼が用いているボウガンは、サンジェル特性のオーダーメイドである。
魔粒子によるエネルギーを、「魔術型」に注入してもらうことで、発射時に矢に高速を与えることができ、さらに方向の指示を入力することで、直線だけではなくカーブを描いた軌道に変化させることもできる。ただし、翼自身の技術型は、「幻術型」であるため、急なエネルギー切れの際は補充することができない欠点がある。
遊びつつも、短期決戦。翼は、今回矢を五本しか持ってこなかった。両手両足、そして頭の、五本。それで十分だと考えたのである。
すでに、二本は射出した。当初の復讐計画には足りないが、残り三本で、頭部に当てれば、翼の確実な勝利となる。
「……余裕だな」
口元をゆがめる翼を見て、園崎は悪寒を覚える。
生きている世界が、違う。
この少年は、死と生のあいだを歩き続けてきたのだ。
翼は、物心つく前に両親に捨てられた。サンジェルに拾われた彼は、育てられた恩に報いるため戦士としての技量を磨いていった。
まさに、戦うことが存在意義。彼にとっては戦場が公園なのである。
少年は、引き金を引く。
彼にとって、「矢」は自分の生き様なのである。
○
放たれた三本目の矢が、風犬の左のふくらはぎをかすめる。否、それほど生易しくはない。肉はえぐれ、ぱっくりとした割れ目が生まれた。風犬は、片膝立ちになる。もはや立っていられる精神力も残っていないのか。
俺は、ここまで風犬が追い込まれているのを見たことがない。だが、それでも、風犬ならば……。風犬ならば……!
どうして俺は、信じることしか、できない……!
そのとき、風犬が溜息をついた。
「あー、疲れた……つらー」
そして、ゆっくりと瞼を下ろす。
「風ちゃん……?」
まさか、まさか諦めたのか?
風犬が、生きることを諦めたのか!?
そのとき、風を切る音が鳴る。
「うぐっううう!!!」
矢が、風犬に刺さった。
「あっ…あああああああ!!!」
俺は、本人以上に叫んでしまう。
何故って、だって、矢は風犬の、右目に刺さったのだ!
どろどろと血が流れ、あっという間に真っ赤になる風犬の顔面。とんでもない激痛のはずなのに、風犬は微動だにしない。
風犬の死が、あんなに遠いところにあると思っていたそれが、こんなに近いところに……。
〇
翼は、想定外の事態に冷や汗をかいていた。
「あり、えない。どんな手品を使ったんだ……?」
震える手で、最後の一本の矢をセットする翼。
風犬の目を穿った四本目。致命傷を与えたこの一本だが、彼にとって、これは決め手の一本であったのだ。
脳を貫通させ、一発で絶命させるはずだった。それなのに、風犬は、目を失っただけで済んでいる。
浅い……。矢の射出力を設定し誤ってはいなかったのに、どうして止まったんだ?
慎重に、翼は観察する。しかし、謎はわからない。もたもたしていると、いままでの矢から撃った場所を特定されるかもしれない。翼はイチかバチか、五本目をもう一度風犬の頭を狙う。
行け!!!
今度は矢に、方向を付けた。弧を描き、簡単には捕らえられない。
空中を飛行する矢はなんの異常もなく風犬に、いま、到達する。
ズブリ……。
翼が、スコープから目を離した。
「逃げるよ!園崎さん!!!」
翼は勢いよく立ち上がり、園崎の手を引いて屋上のドアをけ破った。
転がるように階段を下りながら、園崎は聞く。
「ど、どうしたの、急に」
翼の手は汗まみれであった。振り返ることなく、答える。
「仕留めきれなかった。……それどころか、目があった!場所を勘づかれた!」
「……!!!」
滋養風犬という少女は、狙撃を超越したのだ!!!
〇
俺は言葉がでなかった。
風犬は、飛んできた五本目の矢を、刺さる直前につかみとったのだ。
正確に言えば、受け止めた。
動かなくなった左腕を、矢の軌道に合わせて突き出し、掌から腕のなかに矢を食い込ませたのである。
「あー……まじ痛い。どうしよう。位置も掴んだけど、追いつめたほうがいいのかな」
風犬は、地面に突っ伏して呟いた。
満身創痍なのは見ての通りである。しかし、追撃がない。矢が底をついたのだろうか。
俺は、おそるおそる線路におり、風犬に近づく。そしえ風犬をお姫様だっこで抱きかかえるが、なにも起こらない。
「……終わったみたい、だね」
「ふひー、よかった。さすがにこれ以上は限界だったよ」
風犬が眼に刺さった矢を引き抜く。どろりと血のこびりついた矢が地面に捨てられる。
「ひとまず、病院にいこうか」
「うん……いや、いいや。そこで襲われたらまずいし、身を隠そうかな。……あ」
なにかに気が付いたように、風犬が俺の目を見る。
「ど、どうしたの?」
風犬が笑う。
「奈保ちゃん、たくましくなったなーって。へへっ」
〇
滋養風犬は、眼下の皮膚の摩擦係数を高めていた。そのため、目に突き刺さった矢に、途中でブレーキをかけることができ、貫通を防いだのである。
そして、絶命を狙ったこの一矢から、狙撃手の位置を判断し、あとは空気の流れを呼んで最後の一本を防ぎ切った。
人間技ではない。
しかし、滋養風犬にはそれができた。
翼には、理解ができないレベルの天才の所業。彼は、自信が消失し、さらにいつ風犬が報復にくるかもしれない恐怖で震えながら、サンジェルのもとに帰った。
園崎の胸の中で、カタカタとからだを揺らしながら泣く翼を見て、サンジェルは、目を見開いた。
「……まさか、翼でも無理だったとはね。久しぶりに予想外」
園崎のもとから離れ、サンジェルに駆け寄る翼。フードに顔を隠し、土下座をした。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい殺せなくてごめんなさい」
「……大丈夫よ、翼。しばらく休みなさい」
サンジェルは翼のその様子から、戦線復帰は難しいと察した。
これまで、最高峰の実力をもち、大きなプライドを持っていた翼は、たかすぎる壁に、押しつぶされたのである。これを乗り越えるには、時間がかかりそうであった。
「これは、新たなアプローチをしたほうがいいか……よしよし」
サンジェルは翼を立ち上がらせ、愛おしそうに頭を撫でた。そして、園崎のほうを向き、手招きした。
「こっちに来なさい。いろいろ話もしてあげられると思うから」
園崎は、一瞬ためらったが、覚悟を決め、
暗黒へ踏み込んだ。




