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炎天下 ~日傘に入るは吉なのか。熱中症に気を付けて、今日も俺は走ります~  作者: 鷹枝ピトン
第三章 災禍の中心で愛を叫んだけもの ~滋養風犬暗殺計画のすべて~
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山手線の決闘 あるいは殴殺

 園崎はレンズから目を離し、翼に尋ねる。


「あなたは、いったい何者なの?いったい、滋養風犬とどんな関係?」


 翼は顔を上げない。


「別に、大した関わりなんてありませんよ。お姉さん、風犬さんのこと知ってるんですか?あまり彼女に深入りしないほうがいいですよ」


「……」


 園崎求めた答えが得られなかったため、切り替えてレンズを覗く。



与えられないのなら、自分で観察して、答えを導き出す。


いま、園崎は少年愛好者から、記者に変わった。






 男が、滋養風犬の顔面を殴り飛ばした。


 数メートル吹き飛ばされる少女のからだ。


 場所は線路。レールに沿って一直線には 飛び、砂利だらけの地面にからだを打ち付ける。



「いっつ……」


 うめく風犬。


鼻血を流しているが、ダメージはむしろ背中のほうが大きい。彼女は、先手を取られたと感じた瞬間に威力の軽減に専念し、浜田の拳の勢いに身を任せてからだを空に放り投げたのである。


 そうしたことで、内部に残った威力はほとんどなく、見た目ほどのダメージはなく済んだのである。しかし。



彼女はホームを見上げて、獅子頭奈保の心配そうな表情に心を痛める。



愛する者に、心配されたくない。



滋養風犬は、戦乙女なのである。




 身を起こし、浜田のほうを見やると、さきほどの位置から動いていないようだった。


 アウトボクシング。すなわち、相手と一定の距離を保ちつつ打撃を加えていくのが、浜田のボクシングの戦法であった。カウンター狙いの特攻撃墜機。攻めの姿勢が強い風犬にとっては、相性が悪かった。



 それでも。


 風犬は線路の上を走り出す。

 

 浜田は、直線上に突進してくる彼女を見て、笑みを浮かべた。


ふたりで取り決めた決闘のルール。それはフィールドをこの線路のなかに限定するということ。ホームに上がってはならないと、口約束であるが誓い合った。


それを前提に考えるならば、横に狭いこの空間で、機動力にかき回されることを恐れることはない。すべては、向かってくる敵を撃ち落とすことだけに集中できる。このルールは、浜田総司に優利なようになっていたのだ。








「とはいえ、風犬に勝機がないかといえばそうではないですよね。だって、風犬は、組み技の技量も大したものですよ。浜田の拳をかわし切って、押し倒してしまえば一転、風犬の独壇場になります」



 なんでもあり(バーリトゥード)ならば、打撃よりもタックルのほうが強い。その場に引き込めば、浜田の優位性は消える。



 俺の論に首を振る砂川さん。



「それもそうだが、しかし獅子頭くん、最初もいったが、浜田の原点は地下格闘だ。つまり、元からなんでもアリに慣れている。そのうえ、彼は総合格闘技を習得した。打撃以外にも十分対応できる。風犬もそれを知っているから、掴まれる可能性が高いいつもの衣装を着てこなかったんだろう。第一、あの体格差でマウントポジションに持ち込めるか?」




「…………」



 論破され、口をつぐむ。だったら、もう。風犬を信じるしかない。



 彼女が不利を覆すのは、いつものことだ。

 



 風犬が、向こうから走ってきた。そして、身をかがめて、タックルの姿勢に入る。



 しかし、浜田はそれに付き合わない。拳を握りしめ、迎え撃つ準備をしている。

 

 そして、再び両者が接触。浜田の素早いストレート。風犬は驚異的な動体視力で、それを見切りかわす。そして、浜田の腰に組み付き、押し倒そうとする。



 だが、やはり体格のがっしりした浜田は崩れなかった。がら空きの脇腹に、拳を打ち込む浜田。一度、二度、三度……。



 ついに、耐えかねた風犬が、浜田から離れて距離をとる。



 その時、俺は浜田の腹部が赤く染まっていることに気が付く。



「あれは、まさか……」



 忘れていた。そうだ、風犬の長所はまだあった。



「ただでは下がらないってことか」


 砂川さんが感心する。



 汗を浮かべながら腹を押さえる浜田。血が滴り、その傷がそれなりに深いことがわかる。



風犬の口周りは同じように赤く染まっていた。


そう、彼女が行ったのは「噛みつき攻撃」。


当たり前に、格闘技の試合ならば即反則である。しかし、このような殺し合いでは非常に有効。風犬は、組み付いた瞬間に、原田の腹筋に歯を立てたのである。密度の高い腹筋ではあるが、野獣のごとき鋭さを誇る彼女の牙のほうが、打ち勝ったのだ。



 だが、勝負はまだ決まらない。



 浜田は腹から手を離し、拳を握りなおした。血が、止まっている。どのような止血方法を施したのかは定かではないが、戦闘は続行できそうである。



 風犬は、口元をぬぐって駆け出す。ヒットアンドアウェイ。風犬は自分のスタイルを崩さない。



 対して、浜田は、インファイトに切り替える。


 拳を構えて特攻する浜田。今度は、風犬が先制のストレートを与える。頬を殴られ、血を吐く浜田だが、その眼はまだ風犬を捉えている。そして負けじと拳を振るう。風犬は腕で防御をしたが、反動で体が振動した。浜田はヘビー級。何度もこらえられるはずがない。



 それなのに、風犬は一歩も引かなかった。浜田とともに、ほぼノーガードの打ち合いに興じる。



「どういうことだ?あんなの、いずれ風犬が倒れるに決まっているではないか」


「…………」



 俺は、砂川さんの疑問に無言を貫く。



 風犬の意図がわかったのだ。砂川さんがそのようなことをする人とは思えないが、外野から浜田にアドバイスをされでもしたら、かなわない。







 出血大サービスとばかりに血を吐き続ける風犬。腹を殴られ、顔を殴られ、小さな体が一層小さくなっていく。



 ヘビー級のパンチはいうまでもなく重い。一発事に致命になる威力がある。もうすぐ、この狂犬は倒れる。浜田は、勝利を確信した。



 風犬は、うなだれ、ひざを震わせている。大きな隙がある。



 そして、浜田は大きく拳を引く。とどめの一撃として、魔粒子を後方に噴出し、スピードを倍速にした高速のパンチを繰り出す。




最速にして、最大威力の破壊の拳。





 迫りくる必殺に、風犬が顔を上げた。










 その表情は、満面の笑みであった。






 演技!!!



 浜田は風犬の余力を察知する。勢いをつけたこの攻撃に、カウンターを合わせられたら、逆転とまではいかなくても、ひざをつくかもしれない。だが、決められれば倒しうるし、なによりここで攻撃を止めても、隙を与えるだけ。浜田は躊躇がからだに影響を与えるまえに決心して、減速することなく拳をぶつける。

 






 ズン。



 血に染まる手指。




 勝負が、決まった。







「風犬……やっぱり、すげえな、あいつ」


 俺は笑う。



 砂川さんは、大慌てで線路に降り、浜田を背負った。




 風犬はカウンターを合わせた。


浜田の伸ばした腕に沿って、摩擦を限りなく減らした腕を走らせた風犬の技は浜田の想定以上の速度で届いた。



ただのカウンターでは技を返す程度で、浜田は堪えただろう。しかし、彼女は最後に打撃ではなく「斬撃」を用いたのである。



彼女の四本指の貫手は、浜田の喉を貫いた。せきを切ったように、血を流した浜田はそのまま崩れ落ちた。



砂川さんという医者がいる以上、浜田の生存確率はそれなりには残っているだろうが、運が悪ければ死ぬかもしれない。気を失っていた浜田は砂川さんとともにホームに上がった。



「では、獅子頭くん、俺はこれで」



 砂川さんは魔術で構成された「箱」で空を飛んでいった。空に消えるふたつの巨体。ホームに圧迫感がなくなった。




 風犬は、んーと伸びをしたあと、こちらに向かって手を振ってきた。


「おーい、奈保ちゃーん、勝ったよー」


「……やったね、風ちゃん」


 風犬は血だらけだった。でも、結果は勝ったのだ。生き延びたのだ。今日はもう、ゆっくりと休めばいいだけ。



 ホームに上がろうとする風犬。線路とホームまでの高さは結構高く手間取っていた。俺は自分も落ちてしまう心配があったが、彼女に向かって手を伸ばし、引き揚げさせようとする。




「奈保ちゃん優しいね」



 にかっと笑う風犬。


 可愛い。


 先ほどまで死闘を演じていたとは思えない。


「さ、帰ろう、日常に」


「うん!」



 風犬は、俺の手を握ろうとして―――。





 ズブリ。





 風犬の腕に、「矢」が刺さった。



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