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Step.7 クリームを塗って④

 私が音楽と出会ったのは運命としかいいようがない。


 神仏連が勢力を持つ京都では、旧人類の残した文化が多く残っていた。


 神術型の新人類は、旧人類の残した記録媒体を、首筋のレコーダーに差し込むことで、ロストテクノロジーを復元する。神仏連に所属する神術型新人類たちは、それを産業としていたため、本拠地である京都では古の文化が深く息づいたのである。


 しかし、炎帝府の敷いた支配体制に疑問を持つような思想を与える文化、例えば『童話』や『哲学書』などは炎帝により厳しい閲覧制限がかけられていた。『音楽』もまた、旧人類の自由奔放な生活を謳ったものが含まれているため、神術型には、それらの情報が入った記録媒体の解読は禁じられていたのである。


 だから、私が迷子になって、偶然出会った女の人は、歌っていた姿を見られて、ひどく焦っていた。


「え!?ちょっと待って。ねね、お願い!黙ってて!」


 全面が銀箔にコーティングされた寺、「新銀閣寺」の縁側に、その女の人はいた。紫色の不思議な髪をした、巫女服姿の女性。美しく、どこか気品というものを纏っているように見えた。しかし、同時に親しみやすい話し方で、わたしたちはすぐに打ち解けた。


「……よかった。なんか、いい。その……歌?」


「ほんと!?うれしー!ありがと!へへっ、君はファン一号だねっ」


 私は、京都のはずれの、中流家庭に生まれた。そこそこに幸せで、そこそこに不自由で。……つまらない人生が約束されていた。そんなところに現れた、鮮烈な刺激。私は、彼女の虜になった。


「たまにきていい?いつもここにいるの?」


「んー、お昼には大抵いるかなあー。えへ、ひとりは寂しかったから、来てくれたら、私もうれしいよっ」

 人工太陽の光に、彼女の紫が映えた。


 それから、私は毎日のように彼女のもとに通った。彼女は、暖かく私を迎えてくれ、歌を聞かせてくれた。バラードにオペラ、ポップな曲に、ロックな曲。彼女はさまざまな歌を知っていた。私は、いろんな歌を聞くうちに、自分でも歌いたいと思うようになった。


「え?歌を教えてほしいって?ふふっかわいー。いいよっ。私の知っている歌、全部教えてあげるっ」


 彼女は、神術型で、ある日見つけた音楽データの入った記録媒体を解読したのだという。どこで手に入れたのか、不思議に思ったが、教えてくれなかった。笑顔で歌を教えてくれる彼女のまぶしさのまえには、そんなことは気にならなかったのだ。


 通い続けて、半年がたち、発声のコツがわかってきた。そうなると、自分で歌える曲の数も増えてきて、楽しみの幅が広がってきた。


 無機質なドームのなかで、この場所だけは、華やかな空間に思えた。町に住む人々は、旧人類のまねごとをしながら、窮屈そうに生きている。ここだけは、唯一支配から解放されたところ。私は彼女とともに、歌を楽しんだ。毎日が、楽しかった。


「君は教えるとなんでも覚えてくれるねー。お姉さんうれしいわー」


「……教え方がうまいから」


「っ……かはあー!かわいいいいいいいい。もう、ほんとみんなに知ってもらいたいわ。このかわいさっ。ねっ誕生日いつっ!?いいもの貢いであげるよっ」


 彼女は明るく笑った。私は照れてうつむいてしまった。


「えへへ、君は将来有望だねっ。明日はもっといい歌手になるよ」


「そうかな……」


「うんっお姉さんが保証しちゃる。実はねーわたし、『アイドル』っていうのになりたかったんだ。みんなの憧れの的の、歌手のことだよ。だがら、若いうちは、よくねて、よく食べて、しっかり成長しなさいっ。大きくなるのを、お姉さん待ってるよっ。たはー未来が楽しみっ」


「……頑張る」


「ぬはっけなげっ。マジかわいいっ」


 私は思った。この楽しい時間が、永遠に続けばいいのに。




 この日は私の誕生日だった。歌を口ずさみながら、新銀閣寺に足を運ぶと、白衣を着た女が、私を迎えてくれた。


「那須、花凛ちゃんですね。天宮シオリ様より、遺言があります」


 最初は聞き間違いかと思った。遺言?昨日まで、一緒に縁側で歌っていたのに、死んだとでもいうのか?そんなわけない。


 あまりにも突然のことに、信じられなかったが、女医を名乗る女に連れられて、寺のなかに入ると、そこには、顔に白い布を被った女の人が布団のなかで寝ていた。


 枕に散らかる紫いろの髪に、わたしは、息をのむ。そして、布を取り払うと、そこにいたのは、やはりあの女性であった。


 女医が、私に語り掛ける。


「天宮は、神社仏閣保護連盟で最高位の役職、姫でした。しかし、彼女は、病気をしてしまい、こちらの新銀閣寺で療養中であったのです。治療法がまだ見つかっておらず、旧人類の資料を漁っていたのですが……」


 私は、呆然と彼女の顔を見ていた。穏やかな顔貌である。病気で死んだなんて、信じられない。でも……なんで、笑ってくれない?いつも、私には、笑ってくれたじゃないか!


 女医が、私に、小型の機械と、イヤホンを渡した。


「これは、天宮が製作した音楽再生機です。旧人類の技術だったそうですが……炎帝府に見つからないように、お使いください。あ、私も天宮が亡くなったら引退するつもりだったので、誰にも告げ口しませんよ、安心してください」


 彼女の歌声が脳内に響いた。美しい、心を揺らす歌。あれは、技量だけで成り立っていたのではない。いつ消えてもおかしくない命を、燃やすように歌っていたから、あそこまで美しかったのである。


「天宮が作った曲です。楽譜もあります。あなたに、プレゼントしたいと、彼女は最期に……」


 涙があふれてきた。歌詞はない。明るい曲調で、音が奏でられている。


 私の誕生日を、未来を祝うために作られた曲……。


 それなのに……!なんで!未来に、あなたは生きていない!!!


 いや、違う。この歌のなかには、あの人が生きている。まだ、死んでいない!この歌がこの世に残り続ける限り、あなたは死んでいない!


 決めた……!私は、この曲を、音楽を!もっとみんなに知ってもらおう!


 そして、あなたが見たかった未来を、歌にのせて私が見せてあげるんだ!


「このっ……曲名、なんていうんですかっ」


 女医は告げた。私は、その曲名を深く心に刻んだ。


 それから、何年も経った。私は、音楽を愛する新人類たちをかき集め、『ブレーメン』という組織を作った。自由に、歌を楽しむために、炎帝府とも、テロリストのサンジェルとも敵対することになった。


 この道は、いばらの道である。だが、あの人……天宮シオリの魂を世界に刻み込むためには、苦ではない!


その時のことを思い出し、私は、高らかに曲名を叫ぶ。


「『はっぴい☆はあすでい』!!!」


 ライブ会場にいる人間たちの視線が私に集中する。


「聞いてください!!!」



 あなたの見たかった未来は私が切り開く。

 だからわたしは輝く。

 自信がなくなって、裏切られたって、弱くたって、振り切れなくたって、叶わなくたって!!!



 炎天下、第二章『大炎上バースデーケーキ』

 最終決戦、開始。



「はっぴい☆ばあすでい」


 那須花凛はマイクに向かって歌を注ぐ。


「爆誕☆!!!」


 軽快なリズムで始まる那須の歌。オーケストラのあとに続いたのは、まさにアイドルソングな曲だった。


 砂川は、ぽかんと口を開ける。なんだ、あの女は、状況が、わかっているのか?


 明るい笑顔でステージに立つ那須花凛は、無防備そのものであった。ブレーメンの団員たちは、千人隊に倒され、守ってくれるものはいない。さらに、自分の歌を聞いてくれるファンもいない。この場で孤立無援の危機的状況であるはずなのに、なぜ、呑気に歌など歌っていられるのだ。砂川には、理解できなかった。



「まあ、いい。一撃で仕留める」


 砂川は、手のひらを那須に向け、標準を合わせる。倒達技術、『完壁』は、いままでの晶壁よりも密度が高く、強度や耐久性も段違いに高いものとなった。もし、これが勢いよく人体に当たれば、意識を失うことは間違いがない。


「むしろ、生け捕りなのがつらいところだな。最大放出力では飛ばせない」


 魔粒子の密度が高まった壁は、可視化して現れる。不意打ちには使えなくなったが、それでも威力はけた違いに高いので、問題がなかった。


 そう、あの武術の天才、滋養風太でさえ、『完壁(コンプリートクリフ)』は破れなかったのだ。


 か弱い少女に防ぐ手立てなど、ない。


「ふんっ」


 ついに、砂川の手から壁が放出される。


 超速度で、飛ばされる壁は、一直線にステージのもとの、那須花凛へ向かう。


 那須は、マイクを手に迫る壁に向かって歌声を叫ぶ。

 



 狩場瑠衣は、土方光成を安全なところに避難させるために、森のほうに運んでいた。隙だらけの自分たちに、那須が攻撃を仕掛けてくることを予想していたが、なぜか、追撃はなかった。


 戦場のど真ん中から離れたことで、戦況が広く見渡せた。清水の舞台の下には、自分が放置した千人隊の兵隊たちと、倒れ伏したブレーメンの楽団員、そして逃げ遅れたファンの死体が散見していた。


 この場で、自らの意思で立つものは、ごく少数だった。


 まず、狩場の目についたのは、会場の後方で、那須に向かって手のひらを向けている大男である。狩場は、その男を知っていた。


 『砂川徹』。サンジェルの抱える最高戦力の男である。規格外の性能を誇る魔術型の新人類であり、彼は魔粒子を固めた『壁』を破壊手段として持っている。直撃すれば、致命となるその『壁』を、いま、砂川は生成していた。


「……那須に標準を合わせている?サンジェルも、那須花凛と敵対しているのか?」


 ライブ会場へ、千人隊とともに乗り込んだとき、警戒していた警察省の取り締まりがなかったことは疑問に思っていた。しかし、砂川の姿を見ると得心がいく。おそらく彼が、自分たちが到着するまえに障害を排除していたのかもしれない。


「…………」


 どうするべきか。狩場は指示をしてくれる土方が意識を失ってしまったことで、行動を起こせずにいた。


 もし、砂川がこのままステージ上の那須に『壁』をぶつけたら、おそらく那須花凛は跡形もなく吹き飛ぶだろう。いや、砂川ほどの技術者なら手加減は容易だろうから、気絶させて連れ去る気かもしれない。


 そうなると、那須花凛を捕らえて研究材料にするという、土方の計画は不成立となる。あらためて、サンジェルと敵対するのは骨が折れるので、いまここで砂川を止めるのが最善手だろう。


 しかし、躊躇の時間が長すぎた。狩場の決心と同時に、砂川の手から『壁』が放出され、那須に飛んでいった。狩場は、遠距離への攻撃手段はワイヤー射出しかない。到底、魔術型の最高峰の攻撃を遮断させるには至らない。


 那須自身に、防いでもらうほかない。しかし、迫りくる壁を前に、那須は気に留める様子もなく歌い続けている。


 当たる!!!


 壁が那須の鼻先に届いたその時。


 

 なにかがはじける音とともに、『壁』が消失した。



「…………!!!」


 謎の現象に、狩場は混乱する。砂川のほうを見ると、彼も眉をひそめており、現象の解明には至っていないようだった。


 那須花凛は、何事もなかったかのように、歌を続ける。


「灰色に囲まれたこの箱庭のなかで 虚飾を纏って声を張ったら 空しく反射が帰ってきた あなたがいなくなったこれは最初の誕生日!」


 狩場は、仮説を立てる。那須の攻撃手段は、『声』。呪術型の彼女が、『声』をどのように変換して、凶悪化しているのかまではわからないが、戦闘データを統合すれば、戦略は立ちそうである。


 そのために、砂川にはもっと攻撃を放ってもらい、確信を得なければいけない。狩場の目論見通り、砂川は、『壁』を乱れ撃ちする。


「ふん!!!」


 砂川の『壁』は、最初の数発は、那須に向かい、愚直に直進していった。しかし、そのすべてが那須に触れる直前で消失した。ここで、砂川は、『壁』の射出方向を調整した。砂川の手から弧を描くような軌道で進み、那須の左方や右方、または後方から壁が迫るように。


 すると、那須は、迫る壁に対し、ひとつひとつ顔を向けて、歌声を放った。


「はっぴい! ばあすでい! ……きゃんどる! おんけいく!」


 壁は、那須に到着した順に消失していく。


 狩場は、ここから、推測する。


 『声』という波状に広がるものを攻撃手段にしていながら、那須は逐一、対象に顔を向けていた。つまり、彼女の攻撃は、対象に標準を合わせて行う、精密性に長けたものと考えられる。逆に言えば、無差別でないため、歌い続けるだげで、身にかかるひのこを振り払えることはできない、そう、死角からの攻撃には無力であるということである。


 そうと決まれば。狩場は、森のなかに待機させていた数体の『千人隊』を引き寄せ、『命令』を行う。


『後ろから回り込んで、一斉に那須花凛を取り押さえろ』


 音を殺して、方々に散る狩場の千人隊。兵隊への命令は、急な変更は不可能であるため、狩場は身を隠し、作戦の成功を祈る。


 一方、砂川は、攻めあぐねていた。『壁』の射出も、倒達技術として得た、『箱』による圧殺法も通用しない。そうなると、砂川にはもはや打つ手がない。


 貯蔵していた魔粒子の量も、底が見えてきた。ここからは、無駄な攻撃はできない。そう考えていたとき。



 那須花凛と、目があった。



「…………!!!」


 砂川の身の毛がよだつ。睨まれたわけではない。だが、あれは、獲物を見定めた目。次の瞬間には、牙が届く……。


 砂川は、自身の周囲に『箱』を形成した。倒達者としての、圧倒的戦力を手に入れてからはいまだ使っていない、完全防御法。純金をも溶かす、富士月見の熱光線『天照』すら防ぎ切った実績がある。


 来るならば、来い!砂川は自分を奮い立たせる。


 千人隊が、舞台に上がり、那須の背中を陣取る。狩場は、森から半身を乗り出し、状況を確認しようとする。那須は振り向かない。いまなら、首をとれる……!!!


「はっぴい えんど! 滅びを超ええええよおおおおお!!!」


 那須のシャウトがあたりに響き渡る。


 その瞬間。



 周囲は、火の海に包まれた。



 清水の舞台のしたに出来ていた人間の山には火が付き、肉を焼き焦がしていく。


 地面に生えていた草から、狩場に切り取られ、放置されていたファンたちの頭部にいたるまで燃える材料となるものは、すべて燃えていた。


「ぐをおおおおおおおおお!!!???」


 無論、正面に対していた砂川の全身は燃え上がっていた。箱の防御は意味をなさず、なかにいた砂川に火をつけた。灼熱の苦しみに、砂川は巨体を地面に打ち付ける。


 苦しい。苦しい。苦しい……!!!

 あの女は、化け物だ……!!!


「……っうあっ……!」


 狩場は、茂みから出した左半身が燃え上がり、慌てて引っ込める。即座に土に炎をこすりかけて消火するが、わずかに火傷を負った。そして、呼吸を整えたところでステージ上を見ると、やはり自分の仕掛けた千人隊たちは燃え上がって崩れていた。


 無差別攻撃も、可能だったのか……!!!


 狩場は、自分の分析が完全でなかったと知る。そして、燃える千人隊を眺め、もがれる戦力に絶望する。もはや、打つ手はなくなった。狩場は膝をついた。



 発火現象の被害は、辺りを囲む森を含めない、ライブ会場全体が対象であった。

 一見、無差別に見えるこの攻撃、しかし、那須は目で認識したものしか、発火できなかった。


 呪術型倒達者、那須花凛の倒達技術『はっぴいばあすでい』は、運動エネルギーを打ち出す能力である。


 那須は、倒達者になったことにより、吸収したエネルギーを粒子状に固め、歌声とともに打ち出すことができるようになった。これにより打ち出された粒子は、那須の視認した対象に付着した瞬間、内包したエネルギーを放出する。エネルギーは、対象を構成する分子に振動を与える。


 その結果起こるのが、分子の熱運動と、それによる発火である。


 打ち出される粒子は、音速であるため、通常かわす手段はない。しかし、那須が声を届けようとした方向にしか進まないため、実のところ、狩場の仕掛けようとした奇襲作戦は、那須花凛にとって有効だった。だが、あまりに近かづけずぎたことが、敗因であった。那須は迫る兵隊に気が付き、波の範囲を後方にも広げていたのだ。



 間奏が始まる。那須はステップを踏みながら、息を整える。


『見てる……?天宮さん……!わたし、アイドルやってるよ!ライブ、成功させるから、応援して!』


 那須花凛の目には、死屍累々の焼け野原が、満員のライブ会場に見えていた。


 長年積み重ねてきた努力を披露する場で、ブレーメンの仲間を殺され、自分を応援してくれたファンを殺され、彼女の精神は壊れかかっていたのだ。


 倒達者の面々を会場に招待したのは、那須花凛自身である。このような地獄になることはじゅうぶん想定できたはずであった。しかし、那須花凛には、そのような思考は生まれなかった。



 純粋に、自分たちの音楽を聴いて、争いの気持ちをなくしてほしい。彼女は、音楽を信じ切っていたのである。



 お花畑な平和志向が、この結果を生んだ。


 それでも、彼女は、いまだ歌を歌い続ける。


『敵対するやつらが、私の力に屈服すれば、あとは静かに歌を聞いてくれる……!!!』


 那須花凛は、マイクを握り、信念を込めて、『はっぴいばあすでい』の二番に備えた。




 上空。そこには、冷酷な表情の女性が宙に浮かんでいた。炎の海となったライブ会場を、神術型倒達者、富士月見は見下ろし、舌うちをする。


「気に食わない……」


 純金閣寺を焼き払い、自分は圧倒的な強者であることを、見せつけたはずだった。それなのに、あのとき現れた那須は、自分の攻撃を吸収し、『華』を奪った。そして、いまライブ会場では、猛火を振るっている。


 気に食わない。これでは、自分が一番だということが、証明できないではないか。


 富士は、幼稚な願望をぶつけるため、『天照』を発動させる。


 ドーム天井の、人工照明がひかりを放ち、熱が集積する。


 今度こそ、焼き殺す。


 富士は純度百パーセントの殺意で、ポインター機能を持つ武器『雲外蒼天戟』を真下の那須に振り下ろす。



「『天照』」



 人工照明から、白色の熱光線が那須に放出される。


 頭上からの、不意撃ち。かわせるはずが、ない。そう富士は慢心していた。



 しかし、那須は、熱光線の接近とともに、上を見上げると、熱光線に手を当て、吸収を始めた。



 那須花凛は耳がよかった。歌を覚えるのが早かったのも、この天性の才能による。


 常人離れした、この聴覚は、死角で起こるわずかな動きも察知し、事前に行動することを可能にする。那須にとって、富士の攻撃は予想できるものであったのだ。


「……!!一度ならずに度までも……!!!」


 歯ぎしりをする富士。自分の放った攻撃を、吸収されることは、最低な屈辱であった。富士の目に映る那須花凛は、アイドルではなく、憎たらしい悪ガキになった。


 那須が大きく息を吸い込み上空の富士に歌を飛ばす。


「剣をもって立ち上がったら 激しい槍雨が降ってきた! あなたがいなくても頑張るこれが私の誕生日!」


 文字通り、『音速』で届く那須の歌声が、富士の全身を焼き焦がす。


「うわああ!?」


 富士は、那須の倒達技術を多少ながら聞いていた。しかし、実際に受けてみると、駄目だった。防げない。炎に包まれ、燃え落ちるだけ。


 肌が焼ける痛みに耐えかね、富士は、下降、否『墜落』する。


 あまりの熱さに、富士の思考がばらばらになる。急接近する地面に対し、富士は不完全な受け身を取った。


 ぼき。


 富士の顔にあぶら汗が浮かぶ。左手と、肋骨数本が折れた。火傷と骨折の痛みは、富士を悶絶させる。


 高さでいえば、死んでもおかしくなかった。しかし、幸か不幸か、富士が落下したのは清水の舞台のうえであった。那須の、すぐ真横。すなわち、殺傷性のある音源のすぐ隣。状況の悪さに気が付き、富士は蠢くが、那須は富士のことを気に留めず、ダンスを続ける。



 顔の横にリズミカルに振ってくるシューズは、富士のプライドを大きく傷つけた。

三日天下。

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