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Step.7 クリームを塗って③

 舞台袖。千堂は、ステージに登場しようとする那須花凛を押しとどめる。


「那須ちゃん、待ってよ。いまステージに行くと狩場瑠衣と戦うことになるよ」


 千堂の心配を那須は邪見にする。


「いいよ、あんなの、私が歌えばいっしゅんで追い払えるよ」


「万が一もあるでしょう。あの女のバックには、俺の先輩がいるんだ。なにか作戦を練っているに違いないんづす」


「じゃあ、どうするの?」


 那須は、千堂を見つめる。こころの中を見透かされるようなこの瞳に、千堂は、いつも助けられていた。


「任せてください!」


 にい、と笑う那須花凛。


「よろしく!」




 観客たちはざわついていた。司会の男が、殺されたのだ。しかも、その犯人は、半年ほどまえに横浜で大量殺戮をしたとされる『仮面の奇術師』と同じ背格好をしているのである。


 なかには、危機を察して、会場から過ぎ去ろうとしている男もいる。


 狩場瑠衣は、耳に手を当てる。


「狩場、まずは増強だ」


 土方の声を受信し、狩場は、欄干に手をかけると、清水の舞台から飛び降りた。


「うわああ!」


 観客たちの最前列に降り立った狩場瑠衣に悲鳴が上がる。怯える表情を浮かべる女こども。気を引き締めて、抗戦の準備をする男たち。


 様々な反応を見せる観客たちの顔を一瞥したのち、狩場は両腕を広げる。そして、勢いよくクロスする。




「は「あ」え」ぎゃ」「ん「さあ」あ」「う」


「え「ん「きう」「さ「え」か」

 


 百を超える『頭部』が舞った。




 狩場瑠衣は、倒達者になる以前、もともとワイヤー使いの奇術師だった。彼女は、会場に貼っておいた鋭い糸を引き寄せ、観客たちの命を摘み取ったのである。


 

 狩場瑠衣は、千人隊として加えた兵の五感を共有できる。その機能を重視するあまり、彼女は兵を増やす際、ワイヤーによる殺人をせず、生者に『羊夢』を取り付けてきた。


 横浜では、観客のなかに自身の千人隊を紛れ込ませることで、隣席の人間に隙をついて『羊夢』を付けて操り人形にするという、ひどく非効率な方法をとっていた。


 しかし、土方の入れ知恵で、狩場は頭部の有無を重視することをやめた。


『五感が共有できても、命令を出すことができるのは、充電時だけなのだろう?命令の臨機応変な変更ができないなら、駒として戦場に向かわす兵隊には、頭部は不要だろう』


 土方の弁に納得した狩場は、次々と観客たちを手にかける。


 血しぶきの舞う会場。殺戮の開始からほんの一分で、すでに死傷者数は二百に達しようとしていた。



「止まれ!狩場瑠衣!!!ブレーメンが相手をする!!!」


 千堂が、和太鼓集団と、オーケストラ楽団を引き連れて狩場に静止を呼びかける。


「『演操術』……発動」


 千堂が開発した特許技術、『演操術』は契約した人間たちが持つエネルギーを一時的に一括取集して、一律に再配分する技術である。これにより、性差体格を問わず、契約者たちはみな同様の強さを持つ軍隊を創り出すことができるのである。


「みなさん、指揮は俺に、任せてください!」


「「「「おう!!!」」」」


 ブレーメンの団員らが、声をそろえる。




 千堂千歳は、長らく人に愛されない生き方をしてきた。


 恋人はおろか、友人すら、ひとりもいない。


 彼は、人をだまし、利用するようなことで人生を優位に進めようとしていた。しかし、結局その報いで、いつも居場所を追放されてきた。


 そんななか、那須花凛は、自分を信用し、指揮官としての才能を認めてくれたのである。


 千堂はその恩に報いるために生きることにした。ブレーメンとともに音楽を奏でていると、自分が人間らしくなっている気がしてきた。そして、偶然立ち寄った孤児院であった女性に恋をして、彼はようやく、きちんと生きよう、という覚悟を決めることができたのだった。


 しかし、そんな彼を、学生時代の先輩、土方光成は否定した。


『だから、お前は愛されないんだよ!』


 ブレーメンのために、土方を裏切った。それは、被害者からの言葉としてはひどく正論であったのだが、千堂はそれに傷ついた。


 自分はまだ変われていないのだろうか、と。

 

 首を振るい、邪念を払う。


 いや、違う!俺は、変わったんだ!人を愛せる人間になったんだ!


「俺は、美影さんと、幸せになってやるんだ!」


 千堂が、指揮棒を振るった。




 暗闇のなか、土方は、つぶやく。


「千堂……悪いが、眠ってくれ」


 狩場瑠衣が、ぱちんと指を鳴らすと、ライブ会場の四方八方から人があふれ出してきた。



 

 千人隊「総勢千人」

 ブレーメン音楽隊「総勢五十名」


 開戦。



         〇

 砂川は、自らの生成した『箱』で空中浮遊し、ライブ会場を上空から眺めていた。滋養風太との戦闘の消耗は大きかったので、安全圏で身を休めていたのだ。


 伊豆麻里は、地上に置いてきたが、彼女もまた、『箱』に入れていたので、危険はない。外壁の頑丈さは、ただの新人類では傷ひとつつけようがないものなので、彼女もまた安全圏にいる。


 だが、砂川は、想定外の光景に汗をかいた。


「なんだ、あれは……!」


 清水寺の四方八方を囲む森林が、一斉に揺れ、ライブ会場にむかって人があふれ出てきたのだ。


 砂川の視点からでは、その人間ひとりひとりが動く粒くらいにしか認識できなかったが、地上にいるものたちの眼には、その状態の異常さがより色濃く映った。



 

 清水山のふもとにいた柊サマンサと、狼尾未来あらため狼尾保奈は、その現場を目撃していた。


「うわわわわわわ!?」


 柊は動揺して声を震わす。呪術型の技術「転送術」のゲートが柊の頭上に突然現れ、そこから次々と老若男女さまざまな人間たちが飛び出してきたのだ。


 人間たちは、地面に飛び降りると、その場にいた柊と狼尾には一切目もくれず、規則的な足取りで、ライブ会場に向かって走っていった。狼尾は、気絶する兄を抱えて地面に伏せつつ、その人間たちを観察する。年齢も性差も千差万別だったが、その表情はみな一様に能面のように無表情であった。


「……こいつら、生きているのか?」


 狼尾の抱いたその疑問は、彼女は知る由もなかったが、核心をついていた。柊は、地面を這って狼尾の足元にしがみつく。


 土方は、石に腰をかけ、『羊夢』を取り付けた人間にむかって話しかけていた。狩場は、千人隊の兵隊と、五感を共有している。土方はそれに目をつけ、通信機としての機能を見出したのである。


「狩場、一度身を隠せ。もうすぐ、第一陣が到着する。千堂との戦闘はそいつらに任せろ」


 狩場は、土方の指令通りに動く。単純明快な構造である。


「了解」


 千堂と相対していた狩場は、左手を振るう。ブレーメンらは、その動きに警戒し、構えるが、狩場のからだは宙に浮き、左手に向かって飛んでいった。木にワイヤーを結び付け、移動したのである。


 千堂は、追撃を指示しようとしたが、目の端に映った光景に、指揮棒を止める。


「ま、まじかよ……」


 千堂の顔が一瞬で青ざめる。


 薄暗い森のなかから、無表情で一心不乱にこちらにむかって走ってくる集団が現れたのである。観客たちは悲鳴を上げるが、その集団は、彼らに危害を加えることなく、ひたすらに人混みをかき分けてステージ方向へ進行してきていた。


 狙いは、ブレーメン、並びに那須花凛……!千堂は、指揮棒を力強く握りしめて、『演操術』を発動させる。


「皆さん、三人一組で迎え撃ってください!背後を取られないように、気を付けて!」


 その声に応じて、ブレーメンの各々は、武器を取って戦闘態勢を整える。



 土方は、笑う。


「迎撃とは、片腹痛い。蹴散らしてくれる」


 千堂に操作されたブレーメンの団員たちは、襲い来る千人隊と刃を交え、違和感を抱く。


 力が強い、が、太刀筋が単調である、と。


「……千堂さん!」


 ブレーメンのひとりが、千堂に呼びかける。千堂は頷き、指揮棒を振るう。


 途端、その団員は一気に力を増し、拮抗を押し切って兵隊をねじ伏せる。エネルギーをわずかに多く配分したのである。


 千堂の技術は将棋に似ている。攻勢に転じられるのは、一手ずつしかないが、それでも指揮者の技量によって、戦況を覆すことができる。


 そして千堂は、確信する。襲い来る集団は、自分の演操術の敵ではない。着実に削っていけば、勝機は見える。


「土方さん、俺を、みくびらないでください!」


 頭のなかで、孤児院の美影が笑いかけた。




 十五分が経過したころ。ほとんどの観客たちはすでに避難して、ライブ会場を去っていた。ブレーメンのファンの安全が確認でき、本来であれば胸をなでおろしたいところであったが、千堂の心中は焦りで支配されていた。


 ブレーメンの団員らが、千人隊を組み伏せる。殴る。切りつける。踏みつける。首を絞める。投げつける。叩く。えぐる。はじく……。


 容易に、千人隊はその攻撃に倒れ伏していく。千人隊は、単調な動きしかせず、屍の山ができる……。


 が。


 千人隊の本質は、物量と再起力である。


「うわっ!?」


 ブレーメンのひとりが、悲鳴を上げる。倒したはずの兵隊が、突然動きだし、足首を掴んだのである。動きが取れなくなったその団員は、対峙していた別の兵隊に喉元をかききられ、絶命した。


「くそ……!」


 仲間の死を惜しむも、千堂は頭を振るって盤上に意識を集中させた。しかし、また別方向から悲鳴と血しぶき、そして演操術の供給が途切れた感覚を察知し、歯ぎしりをする。


 駒が取られていく……。千堂は、王が裸になっていくイメージを思い浮かべる。



 

 土方は、狩場に指令を送る。


「頃合いだ。狩場、『成れ』」


 狩場瑠衣は、指を鳴らす。


「了解」


 ブレーメンの団員が、先ほどとは比較にならないほどの悲壮な声を上げる。


 千堂が、はっとしてその方向をみやる。


「ぎゃああああああ!?」


 団員の全身が、燃え上がった。悲鳴は同時にあちらこちらで上がる。


「なん、なんだ!?これは!?」


 千堂の頭が、重くなる。

 あたりに広がる炎は、地獄の始まりを教えていた。



 奇術型倒達者、狩場瑠衣は、体内で電気を生成することができる。これを電気信号として人体に流すことで、千人隊の操作を可能にしているのだが、これにはさらに裏技が存在する。


「『千人隊改め……赤シャツ隊』発動」


 過剰に流れる電気が、兵隊の人体を焦がす。そして、起こるのは、人体の発火現象。炎を纏ったゾンビ兵の完成である。


 対峙していた兵隊が、突然全身発火して抱き着いてくる。炎を移されたら、もう逃げられない。身を焦がす炎に、兵隊とともに包まれ、死を待つのみ。ブレーメンの団員たちは、赤シャツ隊の魔の手に次々とかかっていく。


 将棋を通して、土方光成が学んだのは、この『成る』ことによる優利である。赤くなった駒は、蹂躙の足掛かりになる。全駒取りすら可能な圧倒的破壊力は、千堂の王をむき出しにして、投了を余儀なくさせた。


 それと同じ状況が、いまここで起こっている。


 千堂が『詰む』は、あと一歩であった。



 土方は、腰を上げる。

 そして、ライブ会場へと足を運ぶ。

「あいつに、顔を見せてやらねばな。義理的に」

 


 千堂は、炎に囲まれて、たそがれていた。演操術の契約者は、全員絶命した。もはや、千堂に打つ手はない。


「美影さん……那須ちゃん……ごめん、ごめん」


 千堂は、ひざをついて、涙を流す。不甲斐ない。情けない。どうしようもない。自分なんて……。指揮棒を持つ手には、もはや全く力が入っていなかった。


 そこへ、声をかけるものが現れる。


「おい、千堂」

 千堂が顔をあげると、そこには土方光成が白衣をなびかせて立っていた。


「先輩……」


 虚弱な千堂の声に、土方は溜息をつく。


「お前の仲間を殺してしまったことは、悪いとおもっている。だが、俺はこの道を行く。お前は、『どこか』で、平和に暮らせ。そのほうが、性に合っているぞ」


 千堂は、本当は、いつも人に愛されてきた。しかし、彼には自信がなかったため、その愛を信用することができず、耐えきれず、相手を裏切ってしまっていた。


 土方は、彼のその性質に気が付いていたため、千堂に平和に暮らしてほしかったのである。彼は戦場に立つ器ではない。本当に愛してくれるひとに、癒してもらうべきなのである。


 土方は手を差し伸べる。


「立て。安全なところに避難していろ。さっさとどっかで幸せになっとけ」


 千堂は、ゆっくりと顔を上げ、土方の手を見つめる。


「……あなたは、本当に……甘いひとですね……」


 千堂が指揮棒をにぎりしめる。


 森に隠れていた狩場瑠衣が、叫ぶ。


「土方!かわして!!!」


 ずぷり。


 肉に食い込む音。



 土方は、自らの腹に突き刺さる指揮棒を見て、苦笑する。エネルギーの集積場所とされていた千堂自身のからだには、人を殺傷できるくらいの力が残っていたのである。


 千堂が、気力を使い果たして、その場に倒れこむ。


「ありがとうございます、先輩。これが、俺の最後の裏切りです。世話になった那須ちゃんを守るための……目が覚めたら、正直者になりますから、許してください……」


 気を失う千堂。土方も、その場に膝をつく。


「致命傷は避けたが……痛い代償だ」


 狩場が駆け寄り、土方の肩を抱く。


「なにバカなことしてるの!?」


 土方は笑う。


「俺は後輩想いだからな……。悪いが、意識が遠のいてきた。あとは……任せた」


 狩場は、目をつぶった土方を抱きしめた。

 



 千人隊の最後のひとりが出ていき、転送術のゲートが閉じた。柊が胸をなでおろしていると、狼尾は、兄を放り投げてきた。


「おい、どうした?未来?」


「……保奈。まあ、もういいや未来でいいよ。それより、兄貴を任せた。ちょっと行ってくる」


「あ?」


 柊は、草陰からライブ会場を見る。そこには、ゲートから出ていった人間たちと、男を抱きしめる奇術師が立っていた。


「よくわかんねえけど、出ていかないほうがいいんじゃね?たぶんだけど、集団操ってるの、あの奇術師だろ。刺激しないほうがいいぞ」


 首を振る狼尾。そして、指を清水の舞台のほうに向ける。


 そこには、那須花凛がマイクを持って立っていた。


「あれは……」


 柊は息をのむ。那須花凛。かつてグレン牙と敵対したとき、彼女は手負いであったが、その場にいた十数人を殺した。そして、純金閣寺では、空を飛ぶ巫女が放った熱光線を吸収してみせた。人外を超えたその力、人間ごときが手ぶらで前に現れるべきではない。


「まさか、あいつとやる気か……?」


 狼尾保奈の決意。すなわち、理不尽な世界を壊すこと。力の象徴、「倒達者」は、まさしく理不尽の権化であった。


「うん……だから、兄貴のこと守っててよ。目が覚めたら、また殴るから」


「無茶だぞ!死ぬぞ!ばか!」


 必死に柊は静止するが、狼尾は止まらない。あっけのない過去の清算に納得がいかず、感情をぶつける先を探した結果が、那須花凛だったのだ。八つ当たりするには大きすぎる相手だったが、狼尾は、望むところであった。


「あいつ倒したら、ちょっと紹介したいひとがいる。美影さんっていうんだけど。ま、まっててよ」


「おい!」


 柊の声を無視して、狼尾は拳を握る。


「世界を作り変えてやる……!!!」




 ステージに立った那須花凛は、死屍累々の会場を見渡す。自分に付き従ってくれた部下たちが命をとして戦ってくれた。那須は、目を閉じ、大きく息を吸い込む。


 そして、叫ぶ。


「ミュージック、スタートオオオオ!!!」


 呪術型倒達者、『那須花凛』、参戦……!!!

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