Step.7 クリームを塗って②
和太鼓の次に現れたのは、オーケストラ集団であった。
総勢二十三名の演奏団の指揮は、千堂千歳である。タキシード姿の彼は、普段のような軽薄な印象を捨て、真剣なまなざしで壇上に立っていた。
千堂が指揮棒をふるう。
二曲目が始まった。
「……こんなところにいたのですね。下に降りて一緒に盛り上がってはいかがですか」
「……雀鬼」
清水山の頂上付近で、富士月見は機を伺っていた。清水の舞台で、那須花凛の出番となったとき、『天照』により、ステージもろとも焼き尽くそうと計画していたのである。那須がいくら呪術型の倒達者で、こちらの攻撃を吸収できたとしても、まったくの予想外の方向からの攻撃は防ぎようがない。
しばらくは、籠城。そう決め込んでいたというのに。
そこへ現れたのが、雀鬼クリスであった。
「……那須は、あなたが裏切ったことは怒っていませんよ。だから、いまからでも仲直りしてください」
雀鬼は手を差し出すが、富士がその手を払う。
「……一緒に神仏連を滅ぼした仲じゃないですか」
「裏切りもの同士が手を取る理由もないでしょう」
富士は強い口調で雀鬼を突き放す。
雀鬼クリスは、クリスチャンであった。しかし、神仏連、すなわち神社仏閣保護連盟では、教会の保護は後回し。そのような態勢の組織に、雀鬼は愛着ひとつ持っていなかった。
代わりに心酔したのが、那須花凛である。
ある日、神仏連で使う食材を受け取りに行くため、街に出かけた雀鬼は、道の途中で、ひとだかりを見つけた。時間があったので、少し野次馬をしてみようと、覗くと、そこには、ひとり歌う少女がいた。
不思議なメロデイに、謎のフレーズ、そして、少女自身の見ずぼらしい恰好。ちぐはぐな光景であった。
しかし、気が付けば雀鬼は、一時間そこで少女の歌を聴いていた。
雀鬼の頬を伝う涙を少女がぬぐった。
「大丈夫?」
心配そうに聞く少女の顔見て、雀鬼のなかに使命感がわいた。
『この子を、世間に知らしめねば!』
雀鬼は少女を抱きしめ、言った。
「あなたの歌をたくさんの人に聞かせましょう!あなたは……神より価値がある!」
こうして、雀鬼は那須花凛のマネージャーとなり、ブレーメンという音楽集団が、出来上がった。
「富士さんのことも、大好きだから那須ちゃんのこと紹介したんですよ?でも、那須ちゃんと敵対するつもりなら、迷わずあなたのことを殺します」
雀鬼は、きんちゃく袋から、錠剤を取りだし、三粒ほど服用した。
そして、次の瞬間、雀鬼の全身に血管が浮き上がった。
「hhhhhhhhhhhhhhhhhhh!」
奇声を上げる雀鬼。雀鬼クリスが、神術型として旧人類から学んだ技術は、薬理術。
彼女は、肉体のセーブを解き放つ薬の開発に成功していた。
「この、ジャンキーが……!」
富士は、忌々し気に、武器を手にする。
清水山頂上、 神術型倒達者「富士月見」vs神術型中毒者「雀鬼クリス」
開戦……!!!
〇
俺、獅子頭奈保は清水山のふもとにつき、悩んでいた。
登るべきだろうか。
ブレーメンと砂川さんの戦いで、山の中が戦場になることなど考えられないので、登ってしまえば、そう、『頂上』までいけば『絶対』安全は保障される。
しかし、あまりに逃げずぎるのも、戦っている砂川さんと伊豆さんに悪いし、俺の役割は、万が一のときの砂川さんの救出である。会場から離れすぎてもいけない。
「かといって、まだ戻るのは早いか……?」
いつのまにか、和太鼓の演奏は終わり、今度はオーケストラの重厚なメロデイが流れてきていた。一曲のあいだに、戦闘は終わったのだろうか。
「はあー……どうしよ」
溜息をついていると、近くの草むらがカサコソと動きだしたのに気が付く。
「……え。誰かいるんですか?」
逃げた先にブレーメンがいたら、最悪である。俺は、逃げ出す準備をする。
「いや、ちょっと待って!ください。おにい……さん!」
奇妙な呼び方で引き留められた。敵意がなさそうな感じがしたので、とりあえず待ってみる。すると、ほどなくして草むらから、ゴスロリ服の少女が現れた。
「あ、君は……」
そこにいたのは、純金閣寺で、塗装業者の少女を連れて行った、ゴスロリ服であった。敵ではないことに安心し、俺は気さくに声をかける。
「やあ、お友達は大丈夫だった?」
「あ、はい!軽いやけどで済みました!あのときは助けていただいたようで、ありがとうございます!」
ゴスロリ服で、背筋を正される。変な感じだ。
「それはよかった。ところで、あんな草むらでなにしてたの?」
すると、ゴスロリの眼が動いた。何を焦っているのだろう。
「と、トイレ、です……」
「あっ、ごめん。デリカシーなくて」
そわそわしていたのは、そういうわけか。納得した。
「あの、その友達もお礼を言いたいと思うので、ちょっと待っててくれませんか、ほんとすぐきますんで!」
そういうと、ゴスロリは、慌ただしく山を駆け上がっていった。
「え、ああいいけど……。あれ、ライブ会場のほうにいるんじゃないのか……」
まあ、待ってみるか。
清水山内の、木々が少ない見晴らしのよいところで、狼尾未来あらため、狼尾保奈は兄の姿を探していた。那須花凛を名乗る少女の呼びかけに答えていれば、兄はここに来るはずである。そもそも、それ以外に会う手掛かりがなかった。
オーケストラは、現在アップテンポな楽曲が演奏されていたため、狼尾保奈の気分は高揚していた。
「いま、兄貴を見つけたら、思いっきり殴れるな……」
そこへ、息を上がらせた柊サマンサが現れた。
「おい、未来!いや、なんだっけ、やすな?えーと、なんて呼べばいい?」
「いいよ好きな呼び方で。どうした、兄貴見つけたのか?」
「いた!いま麓にいる!!!トイレしてたら、見られた!」
瞬間、辺り一帯が冷気に包まれる。柊が、顔を上げる。
そこには、鬼の形相の女がいた。
「柊……私のことは、狼尾保奈とよべ……!いまだけでも!」
呪術型倒達者、狼尾保奈、始動。
〇
雀鬼クリスは、富士月見に組み付いた。両手首をつかみ、行動を制限する。女性離れした握力は、富士に武器を手放させた。
「くっ……」
富士の武器は、透明化しているため、白兵戦においては相手にとって脅威になる長物であった。しかし、手放してしまえば、富士自身でさえどこにその武器が落ちているのかがわからなくなる。
重量のある武器なので、地面にできたクレーターから、富士は、おおよその位置は把握できていたが、拾う隙を雀鬼は与えない。皮膚に指が食い込むほどの力に、富士の手首はちぎれそうになる。
富士は、自分で倒れこみ、地面に雀鬼をたたきつける。拘束が一瞬緩んだので、すかさず富士は手首を脱出させる。
そして、その隙に手放した武器を探そうとするが、予想以上に早く雀鬼は跳ね起き、富士に殴り掛かる。雀鬼の拳は、富士の鼻先をかすめ、鼻血を出させる。
「grrrrrrrrrrrrr」
雀鬼は、獣のように唸りながら、追撃を始める。乱雑な拳の雨。精度が低いが、力は強い。いつ当たるかもわからない攻撃は、武器を拾おうとする富士には厄介極まりなかった。
そこで、今度は富士のほうから、雀鬼の腕をつかんで拘束する。このままでは、埒が明かない。富士は、頭を後方に振る。
ヘッドバット。
雀鬼の額が割れる。
「ggggggggggggg!」
激痛にうめく雀鬼。まだ、余力はある。富士は二度目の頭突きを喰らわす。
「がっ!」
雀鬼が、鼻血を出しながら、倒れる。拘束がほどき、雀鬼を地面に捨てる。富士は、すぐにしゃがみこみ、再度武器を探す。
棒状の感触。富士は、持ち上げようとする。
その瞬間、視界に下駄が現れる。
「うぶっ!」
雀鬼の蹴りが、富士の唇をかすめ、呼吸を奪う。のけぞりつつも、富士は武器をつかみ取る。
「hhhhhhhhh!」
雀鬼は、顔面を血まみれにしながら、富士をにらみつける。その眼光は、獣のそれだった。
富士は、その姿にあきれ果てる。
「勘弁してほしいわ。私たち神術型は、すべての技術型の技術を使えるし、旧人類の技術さえ使える。つまり、神術型は、最高の技術者なのよ。姫さまが見たら、泣くとは思わないの?」
「wwwwwwwwwrrrrrrrryyyyyyy」
富士の声は、雀鬼に届いていない。雀鬼の開発した秘薬は、自我を失うかわりに、肉体の力を解き放つ。いまの彼女は高等な生物の面汚しであった。
「また、力勝負になりでもしたら、表を歩けないわ。新人類の最高峰として」
富士は武器の先を、天に掲げる。
「一撃で決める。『天照』」
富士の武器、『雲外蒼天戟』は、頭部に輪形の刃物が付いている錫杖である。薙ぐ、引っかける、振り回す、など攻撃手段は幅広い。しかし、物理的な攻撃は、雲外蒼天戟の一面に過ぎない。
『天照』を発動させ、ターゲットに当てる際の、ポインターの役割をこの武器は持つのである。
本能に基づいて、武器を手放させた雀鬼の戦法は、実は富士月見にとってはウィークポイントをつかれた形であったのだ。
しかし、いま富士は『雲外蒼天戟』を手にしている。
つまり。
ドーム天井の人工照明が、清水山を照らす。
「じゃあね、雀鬼。あの世では薬はやめときなさい」
熱光線が降り注ぎ、雀鬼クリスの全身を焼き焦がす。
「gggggghhhhhhhhhyyyyyyyyyyyy」
清水山が、燃えた。
〇
「どこだ、どこだ、どこだどこだ!!」
狼尾保奈は、野生児のように山道を転がり続ける。その後を追う柊サマンサは、へとへとであった。
「右のほうにいけ!会えるから!俺ゆっくり降りるわ、ばてた!」
柊は、狼尾保奈に叫ぶ。聞き取れたのかは、定かでないが、彼女は柊を置いて、右方に姿を消した。
「……あいつ、あんなアグレッシブだったんだな」
気にもたれかかり、柊は一息ついた。
〇
ゴスロリの少女と、その友達を待っていると、急に、頭上が明るくなった。
「……なっ、なんだ?」
嫌な予感がしつつも、上を見上げると、赤い炎が、山の頂上で揺らめいていた。
なるほど。
よくわからないが、逃げたほうが、よさそうである。
友だちとやらも、なかなか来ないので、帰ったことにしよう。どうせ会っても、貰う必要のないお礼を言われるだけだし。
踵を返し、大文字山を背にする俺。すると、背後からなにかが転がり落ちる音と、高い叫び声がした。
「てっめえええええええええ!」
「え?」
振り向くと、土まみれの少女がこちらに向かって突進してくる。
「あ」
純金閣寺の、塗装少女だ。
拳を握っている。
「死ねっ兄貴!」
少女の拳が、俺の頬を殴り壊した。
俺は、気を失った。
〇
柊が麓に降りると、呆然と立ち尽くす狼尾保奈がいた。足元には、彼女の兄、獅子頭奈保が頬を晴らして気絶している。
「……お兄さん、殴ったんだ」
「うん……」
「満足したか?」
「……なんか、違う」
狼尾保奈は、いままでの人生の清算という重い一撃を込めて拳をふるった。その一撃は、見事に兄を殴り飛ばしたのだが。
「こんな一瞬のことのために、わたしは葛藤していたの……?」
獅子頭奈保は、武功会で育ったと聞いていたので、狼尾保奈は相対したら、それなりの殴り合いになると想像していた。
「……お兄さん、こんな弱かったんだな」
「私、なんのために倒達者になったんだろう……」
千堂が指揮棒を止め、演奏を終了させる。
ライブは、後半に入る。
千堂が一礼すると、観客たちは、拍手を送った。
ジャンルがばらばらのちぐはぐのライブで会ったが、ここに集まるものは、皆音楽を愛していたので、観客たちは満足していた
司会のパーカー男が、マイクを手に取る。
「千堂くん、そして楽団のみなさま、ありがとう!いい演奏だったぜ!さああて、お次は、お待ちかね、那須花凛ちゃんのアイドルステージだあああ!」
観客が再び沸き立つ。
パーカーの男は、会場のボルテージの上がり方に、にやりと笑う。
今日のライブは大成功だった。DJとして、こんなに名誉なことはない。
最後の一仕事だ、男は大きく息を吸い込む。
「それでは、登場していただきましょう!那須、花凛ちゃんだあああ、ああ。あ?」
男の視界が、回転する。そして、地面に耳がたたきつけられる。
「……え?」
疑問符のついた断末魔で、絶命した男。
彼の首を切断したのは、『仮面の奇術師』、狩場瑠衣であった。
「那須花凛は、どこ?」




