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第二話 『火種』②

 武功会は六大財閥の一つである。




 所属している会員の八十五パーセントが武術型の人間で構成され、武術型企業と呼ばれる。手がけている事業は学校経営、塾経営、民間警備、建築業などが主である。


 各財閥は、傘下の企業の経済活動により得た利益の数パーセントを回収し、それを資金源にそれぞれの主要事業に利用している技術の研究を行う。武功会の場合は武術の研究である。


 武術の研究とはなにか。それは二つに分けられる。


 ひとつは単純に、体術としての武術の研究である。


 武功会は炎帝府から有事の際、兵隊として招集されることになっている。そのため武功会はそれに備えて十分な武力を持つことが必須なのである。


 しかし前時代に使われていた武術の伝承は「太陽が消えた日」で一度途絶えている。そこで旧武道館の地下図書館に所蔵されている武術書などの資料から技を再構築し、新たな体系を築き上げているのである。



 そしてもうひとつは、武術型の人間の体質についての臨床的な研究である。


 武術自体は身体の動かし方による技術であり、戦闘手段として誰でも習得できる。しかし武術型の人間は武術を圧倒的殺人能力に昇華させる肉体的特徴をもっている。




 それは皮膚の形状変化である。武術型の人間は自分の意志で肌質を変化させることができるのである。


 戦闘においてこの能力は恐ろしい効果を発揮する。例えば手の甲の皮膚の摩擦が最も高い状態で拳を放ったならば、かすっただけで相手の肉は裂け、致命傷になりうる。また、反対に摩擦ゼロの状態であれば、相手の攻撃をスムーズに受け流すこともできる。



 現状、どのようなメカニズムでこのからだの変化が起こるのか正確には明らかになってはいない。この能力の仕組みを完全に把握し、マニュアル化し、すべての武功会の兵が扱えば、最強の軍隊が作り上げられ、果ては財閥の悲願、火の発生を成し遂げられる……と信じられている。





 そんな武闘派組織、武功会で俺、獅子頭奈保(シシガシラナホ)は、戦闘部隊の幹部の家系に生まれ、幼少期から武術の鍛錬をさせられた。



 しかし、俺には才能がなかった。世襲制という悪習に乗っ取り、無理矢理させられたその鍛錬は実を結ぶことはなく、師匠や兄弟子の呆れや哀れみの視線を浴びながら育った俺は、若くして、努力することを諦めた。



「奈保さんって死んだ魚のような眼をしていますよね。まあ魚なんて絵でしか見たことないんですけど」



「伊豆さんは見る目がありますね。昔だったら築地で働けたとおもいますよ。今はないですけど」



 武功会に所属していてよかったことといえば、武功会が学校経営を手掛けていたことから、ある程度の教養をつけさせてもらったことだろう。いまはなき築地市場のことを知っているのは、学のある証拠だ。


「下の名前が恥ずかしいなら、伊豆って呼び捨てにするくらいはしてください。……今日はプライベートなんですから」



 上目遣いに見上げる伊豆。血色の良い、赤みがかった肌。昨日まで感じられなかった幼さがそこにみえる。仕事から解放された彼女は少女を楽しんでいるようだ。



 病院のあと、俺は伊豆とともに第3ドーム都市、横浜に向かった。ドーム間の移動は通常、バイクではできない。ドームの外は氷の世界であり、生身の人間が生きられる環境ではないのだ。そのため、移動のためには次の二つの選択肢から選ぶ必要がある。



 一つ目は、「元」六大企業、「 破魔(ハマ)モーターズ」傘下の企業が有する外気に触れない完全密閉バス「魔道Max号」の定期便を利用する方法。



 そしてもう一つは六大企業のひとつ、「お呪い牧場」が近年開発した技術「転送術」を呪術型の人間にかけてもらう方法である。



 今回は料金の安いバスにしたので乗車賃は俺の所持金で余裕に払えたのだが、伊豆さんは俺を制し、二人分払ってくれた。臨時収入がはいって小金持ちらしい。ありがとう、と言っておいた。



 そうして着いた横浜で俺たちが向かったのは、赤レンガ倉庫である。ここは旧人類が繁栄していた頃には貿易において保税倉庫として活用されていたが、現在は六大企業の奇森倶楽部(キモリクラブ)の本拠地となっている。



 奇森倶楽部は、エンターテイメントやアミューズメントの事業をてがけている企業であり、月に一回赤レンガ倉庫の広場で見世物小屋を開く。伊豆はそれを見に行きたかったらしいのだ。


「厳しい家庭で育ったので、小さいころにこういうところ連れていってもらえなかったんです。だから今日は……ふふっ、楽しみです」


「俺も初めてですね、ここに来たのは。武功会の新年会では奇術師の方が余興をやりにきてくれていたんですけど、基本宴会には参加していなかったので、奇術自体見たことないんですよ」


「あ、そうなんですか。忍者も奇術型ですから簡単な手品なら私もできますよ。あとでみせてあげます」


「おお、それはぜひお願いします」



 見世物小屋の席に座り、ショーが始まるまでの間伊豆さんと楽しくおしゃべりをして時間をつぶしていた。



 風犬以外の女の子とここまで長い時間いっしょにいたことはなかったので、間が持つか心配だったが、それは杞憂であった。伊豆さんは気を許した相手には饒舌になるらしく、気まずい瞬間は全く生じなかった。



 多少まだ他人行儀なところもあるが、出会ったときの無愛想な感じがないのは、進歩だろう。……なんの進歩だ。


「結構人入っていますね」



 きょろきょろと辺りを見回す伊豆。それに釣られて俺も体をねじり後方を見ると、確かに満席も満席、立ち見の客も大勢いる。全五百席のはずだが、六百人以上は来場しているだろう。


「伊豆さんが前の方の席を予約してくれていて助かりましたよ。ここならくつろいで見られます」


「ああ、それは、まあ、運よくとれてよかったですよね」


 急に歯切れの悪くなる伊豆。なんだろうか。コネでも使ったのだろうか。



 そういえば俺たちより前に座っている人は身なりの良い人ばかりだ。注意深く観察してみると、スーツや着物に身を包むその紳士淑女たちは皆、奇森倶楽部の企業マークのカマキリの意匠のかんざしやブローチなどの装飾品をつけている。なるほど、得心がいった。前列は身内か。




 ……手品のショーが行われるとのことだが、身内を手前におくのは、駄目じゃないか?サクラ仕込み放題だろう。



 パンっと手を叩き伊豆さんが立ち上がる。仕切り直したい、といった様子だ。



「飲み物買ってきますよ。お茶でいいですよね」



「え、伊豆さんちょっとそれくらいは俺に払わせてくださいよー……俺今日全然財布取り出してねえ」


 去る彼女は俺の声に振り向かず、人込みに紛れていく。背の小さい伊豆さんはあっという間に見えなくなった。



 恥ずかしながら……安堵する自分がいた。そうだ、今の俺は貧乏人なのだ。見栄を張ることなんて、できない……情けない話だ。



 開幕のブザーが鳴り響く。隣の上品なドレスを着た婦人が始まったわよ、と連れの男性をたたく。するとその動きで、化粧品のにおいが風に乗り、俺の鼻に入る。なんだか居心地が悪くなって、椅子を座りなおした。








 ステージの上に立つのは長髪、長身の女性。タキシードスーツを着こなし、右手に持つステッキを床につけている。顔にはのっぺらぼうの白い仮面を装着しており、その表情を伺い知ることはできない。


 女性は、おもむろに左手を掲げる。多くのものは左手に目を向け、ひねくれものは右手を注視した。そして俺は、腕の動きに合わせ、服のしわが胸の中心によるのを目に納めた。


 十分な間を取ってついに。パチンっ。指が弾かれる。


 すると……なにも起こらない。女性の頭から足の先まで、変化が見られない。


 静寂に包まれていた観客席も、ざわつき始める。失敗したのか……?


「あっ!」


 隣の伊豆が声を上げる。そして俺も遅れて気づき、息を飲む。周りの観客もちらほらと気づきはじめ、短い驚きの声があちらこちらからあがる。



 なんと、椅子に座る数人の観客が、『白色に発光』したのである。



 その輝き方は人により強弱があるが、共通して、体全体が光っており、服の裾や襟元からは光の筋がこぼれている。輝いている本人たちはなにが起こっているかいまだに把握していないようで、自身に集まる複数の視線に戸惑っていた。



 光っている人たちの席順はバラバラで、一瞬で仕掛けをしたとは考えづらい。全員がサクラ、はありえるが……、二人組で来た客の片方だけが発光しているところもあるようだった。



 パチンっと再び破裂音が響く。すると徐々に、徐々に、人々から光が消えていく。魔法が、解けた。



 ステージを向き直すとそこには女性の姿はない。




 誰かが拍手を始める。ほかの誰かがそれに倣い、手を叩き始める。やがて会場を拍手の音が包む。









「凄かったですね」


 よいものを見させてもらった。奇術型企業、奇森倶楽部の設立はほかの六大財閥より遅く、よく歴史が浅いと揶揄されている。しかし、エンターテイメントを数百年の間追求した集団の見せる芸が、ちゃちなわけがないのだ。トップバッターがあのレベルということは、いったいこれからどれほど凄いものが見られるのか、想像もつかない。



 次の演者への期待に胸を高まらせていると、服の袖が引っ張られる。横を見ると、伊豆さんがうつむいていた。具合が悪いのか、顔を覗き込むと青白くなっていた。



「あの、トイレの位置知りませんか」



「あ、えーとですね、一番端の通路を歩いて、右に……いや、左?すみませんあやふやです」

 


 冷や汗を垂らす伊豆さん。見ると手に持ったエルサズのコップは空である。この短時間にこの量のお茶を飲み干せば、利尿作用が働くのは当たり前だろうに……。喫茶店のときもおもったが、この人は飲み物への身の程を早めに知ったほうがいい。



 ステージにちらりと目を向けると、芸風変わって今度はピエロが踊っていた。


 もう一度、伊豆さんに目をやると、全身をカタカタと震わせていた。


「……一緒に行きましょうか」


「ありがとうございます、本当……」


 伊豆さんって案外抜けているなあ。









「すみません。飲むペース考えなくて……」


 見世物小屋の仮設トイレは公演中にもかかわらず、婦人らが列を作っていた。事態は一刻を争っていたので、小屋を出て赤レンガ倉庫内のトイレを特別に使わせていただいた。倉庫のまえには警備員さんが一人いたが、訳を話すと入れてくれたのだ。



 俺たちが入った赤レンガ倉庫は二棟あるうちの、一号館のほうで、ここは本当に倉庫として使われているようだった。内部は広く長い廊下のような構造になっていて、宝箱のようなロッカーや、実用性のなさそうな剣、電飾が全身に絡みついているドール人形など、舞台道具があらゆるところに並んでいた。



 中でも、鍵のかかった巨大な箱は目を引いた。俺の身長を超すほどの高さと、奥行をもつその箱は、私物、とでかでかと書かれている。なにが入っているのだろう。

 


「間に合ってよかったですね。……それにしてもだれもいませんね、ここ。俺らが泥棒だったら大チャンスですよ」



 赤レンガ倉庫は奇森倶楽部の本部であるのに、こうも簡単に部外者が中を歩けていいのだろうか。武功会が壊滅した知らせは届いているはずなので、警備は厳しくなっていると思ったのだが。



「奇森倶楽部は幹部も現役の芸人さんが多いですからね。皆向こうに出払っているのだと思います。まあ、警備員さんが通してくれたということは、ここには盗む価値のあるものなんてないってことだと思います。さあ、続きを見に行きましょうか」



 すっと腕を組んでくる伊豆さん。腕に胸の感触が。俺は理性が働き、むしろ無心になった。


「……そーですね、行きましょうかあ」


 上ずった自分の声から察するに、やっぱり無心ではなく動揺していた。


 倉庫の外の広場に出ると伊豆さんがあー、と悩んだような声を出す。なんだ、と気になったが、ちょうど俺たちを通してくれた警備員の優しい目が合ってしまったので、先に会釈を優先する。


「どうしたんですか」


「また飲み物買ってもいいですかね」


 伊豆さんが見世物小屋の横にある仮設テントを指さす。


「今度は少しずつ飲んでくださいよ」


「はーい」


 腕組みを外しテントへ駆けていく伊豆さん。うん、可愛いなこの人。


 遅れてテントに着くと伊豆さんはエプロン姿の女性からお茶の入ったコップを受け取ったところであった。



 すると、販売員の女性が俺の顔をみると眉をひそめた。


「あれ?お前、もしかして奈保か?」



 話しかけられたが、失礼ながら誰だかわからない。しかし、よくその女性の人相を見てみると、記憶が脳の隅からぐおん、と飛び出してきた。




蟻沢(アリサワ)さんじゃないですか」


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