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Step.5 焦げないように気を付けて 狼尾未来

 どうしたものか。手に握りしめたチップの処遇について未来は頭を悩ませていた。


 竜安寺から逃げ帰り、京都の小道をとぼとぼと歩く未来。戻って改めて伊豆アバレにチップを渡すのが、正しい判断だろう。しかし、うまく説明できないが、その気がそがれている。流れに乗り損ねたことが、心地よいというか。不良になってしまった自分に酔っているというか……。


 未来の人生は、思い返せばまじめまじめの連続だった。孤児院に預けられ、施設に迷惑をかけないように気を付けながら成長し、世話をする側に回ればみなの見本になれるように動いていた。


 千堂が嫌いだったのも、あのちゃらんぽらんとした性格が、律して生きてきた自分への当てつけのように思えたからだろう。あんなやつが、頑張っている自分よりも施設のこどもに好かれるのは納得がいかない。自分のほうが、正しいはずなのに。正しい人間は報われるべきなのに……。


 そんななか、柊サマンサとの出会いは、自分の枷を外されるようなものだった。柊には、やるべきことはやりつつも、頼ることはひとに頼る、そんな強かさがあった。そうか、そうやって生きればよかったんだ。背負いすぎないように、うまく、うまく生きていく。ちょっとずるいくらいが、ちょうどいいのだ。


 そんな考えが芽生え始めたときに、この状況だ。道から外れるのも、悪くないかもしれない。


 手を開き、チップに目を落とす。


 例えば。


 これを、自分に使ってみるのはどうだろうか。


 未来は頭をふるう。だめだ。それはさすがに。

 邪な考えに支配されすぎるのも、支障がある。ここは、切り替えだ。とりあえず、もう一つの仕事をこなしに行こう。

 

 未来は、これより柊サマンサにより依頼された塗装の仕事をこなしにいく。元を辿れば「挨拶上手の駱駝」なる全く見ず知らずの人間が引き受けていた仕事なので、誰の尻拭いをしているのかは定かではない。


本来なら断ってもよいところだが、未来には、引き受けるべき理由ができていた。


柊との決闘後、すなわち京都へ出発する直前、未来は炎帝により新たに2つの指令を受けていた。ひとつは、柊から奪い取った「幻術型チップ」の受け渡し。これは、伊豆アバレに渡す予定であったが、巡り合わせが悪く失敗した。もう一つが、神仏連本部、純金閣寺で「神術型チップ」を盗み出すこと、である。


柊からの依頼を受けたとき、未来は運命の存在を信じそうになった。まさか、こうも重複するとは。一時は柊サマンサが実は炎帝から派遣された自分への監視人なのではないかと邪心すらしたが、そもそも柊は「チップ」を巡って殺しあった仲なので、それはありえなかった。


つまり、未来と柊は、完全に「縁」というもので繋がっていたのだ。


 未来は小道に入り、人がいないことを確認すると、用意していた作業着に着替え、業者に変装する。そして、刷毛とバケツを持ち、金閣寺を目指す。幻術型は体色変化でペンキを代用できるので、塗装剤はいらない。軽装で、楽だ。


 現場に着いてから、どのようにチップを盗み出すかはノープランであったが、保護色と化せば問題ない。こそこそと、潜入任務に入り、探し出すつもりであった。


 未来は、いつも仕事の前には適度な緊張感をもって望むのが常であったが、今日の心持はひどく柔和で、リラックスしていた。固まりすぎてもいけないのはわかっているが、毎回力みすぎてしまう。そのせいで、失敗しそうになったこともある。だが、いまのこの軽いふわふわした感じ、わるくないような気がしていた。


 純金閣寺は池の中央に浮いており、水上にかかる橋を渡り、寺のなかへ入ることができる。未来が橋の前に立つ。神仏連の巫女が、ふたり、番として構えていた。


「「止まってください」」


 番の役割を果たされる。ふたりの巫女は手に持った薙刀で橋の前にバツをつくると、とおせんぼうをした。事情を説明しなければ、通過できない。


 だが、いまの未来は、塗装をしにきたという立派な言い訳ができる。やましい任務のことなどばれるはずがない。


未来はバケツを掲げてみせる。


「聞いておりませんか?塗装の業務を、そちらの、浦島さまというかたから受けていたのですが……」


「……浦島さんが?」


 巫女たちが、そわそわし始め、顔を合わせて声を潜める。


「どうしましょう姉さん」


「妹、ここはわたくしが富士さんにお伺いしてきますわ。この方、しばらく引き留めておいてくださいませ」


「ええっちょっと持ち場そんな簡単に離れちゃっていいんですか」


 未来は生来耳がよかったので、この会話すべてが聞こえていた。炎帝府の話では、神仏連にて、この女性の名を出せば案内してもらえるはずだったのだが、事態がかわったらしい。


「では、失礼しますわっ」


 姉さん、と呼ばれていた巫女のほうが、駆け足で橋を渡っていく。持っていた薙刀は妹に預けていたが、両手が塞がってしまった妹は、バランスが取れず、フラフラしていた。


「おとっと……すみません、少々お待ちください。現在寺のほうが慌ただしいのです……」


 安定した立ち方を確立した妹巫女は、謝罪をする。確かにそれは、見ていて慌ただしい光景であった。


「なにかあったんですか?」


 未来は、聞いても部外者には話してはくれないだろうと予想していたが、巫女の口は意外と緩く、説明してくれた。


「実は、なかで殺人事件が起こってしまいまして、ただいま警察省のものを呼びに行っている途中なのです」


「へえ……それは、タイミングの悪いときにお邪魔しました」


 殺人事件というショッキングなアクシデントを聞きつつ、未来はそれとは違う部分に気がかかった。警察省、だと?さっき逃げてきたのに?


 伊豆アバレには、チップを引き渡すためにもう一度会わなければならないとはわかっていたが……。未来は、気持ちを切り替えて、別の仕事をしようとしたのに、引き戻されてしまう。


 ……だが、いいように考えれば、この混乱に乗じれば、仕事がやりやすいかもしれない。


「いえいえ、お呼びしたのはこちらのようですし。それに、容疑がかかっているものは座敷牢に幽閉していますから、安全です。許可も取れると思いますよ」


「はあ……」


 容疑者を捕まっているとはいっても。万が一のこともあるので、未来は気に留めておくことにした。

 

 それから、しばらく未来は妹巫女とともに姉の帰りを待った。しかし、姉は帰ってこない。二十分ちかくが経過すると、未来のなかにいら立ちが募る。


 未来は、妹巫女と、時折世間話をしていたが、とくに会話が弾むことはなく、気まずい雰囲気となる。


 入れなければ、侵入するだげだが、と未来が画策していると、橋の向こう側から、姉が手を振る姿が見えた。


 そのとき、未来は異変に気が付く。


「……っっっ!!!」


 息をのむ。


 違う。こちらに手を振っているのではない。あれは……。


 悶え、苦しみ、からだを揺らしている……。


 姉の巫女服には、なにか、赤い藻のようなものがゆらゆらとまとわりついていた。未来の目に映るそれは、彼女の理解を大きく超えていた。あれは、なんだ?魔術?いや、呪術?血流術により、操作された血に襲われているのか?……やはり、それも、違う。血は、あんな儚そうな赤色ではない。それに、操作者が近くにいない。


「助け……っああああああ…………ああああああ!!!!」


 姉の悲鳴がこちら側に届く。妹は、認識が追い付いていないのか、呆然とするばかりで、動かない。


「あの……」


「はいっ。あ、えっと、待っててください!!!」


 声をかけられ、ようやく駆け出す妹。動転しているので、薙刀を両手に持ったままだ。未来は、その背中を見送りつつ、事態を把握しようとする。


 姉が苦しむ赤い藻の正体はわからないが、なんらかの術により発生した、危害を与えるものであるのには違いない。触るのも、危険だろう。術者は、誰だ。神仏連の本部、純金閣寺に向かって、あの姿で帰ってきたということは、犯人は内部にいる。簡単に結び付ければ、幽閉したという殺人事件容疑者が暴れだした、そんなストーリーが組み立てられるが。


 そもそも、このタイミングで殺人事件が起きたことが不思議であった。未来は引き続き推測する。


 神術型のチップが、神仏連が所持していること。それを知っている人物が、自分と同じくチップを奪取するために、騒ぎを起こしているのではないか?


 サンジェル一味が神仏連にチップを譲渡するという取引。本来であれば、極秘のはずだ。炎帝府ほどの組織ならば、この情報を手に入れるのは容易いが、個人では、余程のツテがない限りは知りえないはず。

 つまり、犯人として考えられるのは……。


 未来が巡らしていると、橋向こうから、悲鳴が聞こえた。


「ああっお姉さまっ!!!」


 地で暴れていた姉が、池に向かって飛び込んだ。妹も、姉を包む赤い藻に触れては手を引っ込めるを繰り替えしていたので、止められなかった。


「お姉さまっ……あれ……?」


 姉を包む藻が消えた。不思議に感じながらも、妹は、はっとすると、池に飛び込んで溺れる姉を掴む。そして、対岸の未来のほうへ泳いできて、姉を引き上げた。


「大丈夫ですか?」


 姉の息はまだあるようだった。しかし、肺には水が入り、さらに肌はぐにゅぐにゅに溶けている。見ていてられないようなケガだ。


「……とりあえず、心肺蘇生して、医者を呼ぶ前に……富士さんに報告に行きます」


 妹巫女は、頭をかきむる。焦って、考えがまとまっていない様子である。


「え。ちょっと待ってください。混乱してますか?お姉さんは、その、富士さん?ってひとを呼びに行ってこうなっているんですよ。なにかがあったのは、……なか、純金閣寺のなかです。いま行っても、お姉さんの二の舞ですよ」


「……そんなことを言っても」


 姉から水を押し出しつつ、泣きそうな顔になる妹。いきなり泳ぎだして、からだがずぶ濡れになって、体力、精神的に参っているのだ。


 その時。


 聞き覚えのある声がした。


「おい。どうしたー」


 振り向くと、そこにいたのは、ゴスロリ服の男性。柊サマンサだった。未来は、予定通りの再会であるのに、その顔をみて、ひどく安心した。


「柊、用事は終わったのか」

「おうよ。ま、そんなことはどうでもいい。のぴっきならない事態なようだしな」


 横たわる巫女の身体を辛そうにみる柊。


「純金閣寺のほうで、なにかあったのか」

「わからない。だが、あそこにいるなにがが、やった……」


 橋の向こう側は、煌びやかな寺である。しかし、いまやそれは得体のしれない恐怖の潜む魔城に見えていた。一歩足を踏み入れれば、命の保証はない。そんな危険地帯に。


「塗の仕事は、いまからなんだよな。ってことはいかなきゃなんねーのか……厄介極まりねえな。いや、別に放り投げてもいいっちゃいいんだが」


 妹巫女が、涙を浮かべて、こちらを見ている。


「こんな顔されちゃあ、見て見ぬふりできねーな」


 柊は、妹巫女の頭を撫でると、安心しろ、と優しく囁く。そして、背負っていたカバンから『Bond』缶を一リットル分取り出した。


「これだけあれば直せるはずだ。ちょっとどいてろ」


 手で伸ばして塗る。厚く、厚く、爛れた皮膚を覆い隠す。


Bondとは、いわゆるナノマシンの集合体をクリーム状にしたものである。新人類は肉体にこれを塗布することで、外傷の治療を瞬時に行うことができる。ただし、あまりに深い傷は専門の医療機関での医師による治療が必要となる。


「しばらくすれば、修復が始まるとは思うが……さて、巫女さんよ、どうする?あんた神仏連の人間みたいだが、この事態を上に報告しなきゃいけないんじゃないか?」


「柊、それはそうだが、報告しに中に入るのは愚の骨頂だ。あそこには、攻撃者がいるとわかっているんだぞ」


「ああ、だが。てめえのとこの組織が壊滅すんのを指くわえてみてたいか?」


 柊の視線が、妹巫女を射貫く。唇を震わせながら、妹巫女は、嫌、ですと絞り出す。


「よし、決まりだな。おい、未来。俺は怪我人の看病続けるから、その子についていってあげてくれ。なにかあったら、頼むぞ」


「え」


 突然振られた役割に、唖然とする未来。反論しようと口を開きかけるが、目の端に決心を固めたらしい妹巫女の姿が映り、閉じる。


「……そんなに信用するんじゃない」


「そんな指図は受けないぜ。塗の仕事のほうは、俺が雇用主なんだから、お前に行ってもらうのが道理だ。それに生憎……俺は戦えるほど腕が上に挙げられないみたいだ。Bondを塗ってみたが、どうやら内部のほうが傷ついていたみたいで、修復ができなかった」


柊は、未来に傷つけられた後遺症が残っていた。武器を扱えない彼は、無力なのである。


 柊は、自分の身に危険が及ぶのを避けるために、未来へ行かせるのではない。彼は、この妹巫女を助けるための、最善手は、これだと確信しているのだ。


「お前は、俺より強い。それってつまり、たいていの人間は守れるくらい、強いってことなんだぜ?」


 ピッと指を突き付ける柊。


認められた。


未来の頰が紅く染まる。


「妄言は、ほどほどにしてくれ」


 未来は、にやける口元を手で隠しながら、橋の先を見据えた。

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