Step.4 クリームは今のうちに 獅子頭奈保
京都の町は、観光業が盛んと聞いていたのだが、人通りが全然なく、露店の一つも空いていなかった。
今日は休みの日だったのだろうか。
つまらない気分で散歩から帰ってくると、純金閣寺の巫女たちが慌ただしく動いていた。
「早く、水を持ってきて!」
「薬は何をつければいいの!?」
「姫様に警護つけて!」
「とりあえず、あるだけのBond持ってきて!!!」
状況がつかめず、棒立ちしていると、あっと声を上げて、ひとりの巫女さんが立ち止まる。富士さんだ。
「あの、皆さんお忙しいようですけど、なにかあったのですか?」
言いよどみながらも、富士さんは明かす。
「……実は、その……浦島が……」
「え……?」
一時間後、汗だくで伊豆さんが帰ってきた。そして、横には砂川さんがいた。
「……この状況は?」
「伊豆さんこそなにがあったんです?頭に土がついていますよ」
「あとで説明します。それよりも」
俺たちは、畳の部屋で、ひとりの遺体を囲んで座っていた。遺体の顔には、白い布がかぶせてあり、その死に顔は窺えないが、おそらく、苦痛に歪んだ表情であろう。
「浦島さんが、何者かに殺されたんです。……炎を用いて」
浦島さんは、宝物庫で全身やけどをした状態で見つかった。発見時にはまだ心臓が動いていたが、治療は間に合わず、息を引き取った。
伊豆はえっと驚いた表情を浮かべた。この時代に、炎が死因となることなど滅多にいない。新人類は火を扱えないのだから、当然だ。そうなると、自然に容疑者は絞り込める。犯人は、倒達者である。
「つまりは、奈保さんが疑われている、ということですか……」
伊豆さんは顔をしかめる。
「まあ、はい。あ、やってないですよ、俺は」
「大丈夫です、疑っていませんから。しかし……嫌な展開ですね、これは」
神仏連から信頼を得る前に起きたこの事件。たとえこの後容疑が晴れたにしても、うまくやらなければ、マイナスイメージがついてしまう。
おい、と砂川さんが会話に入ってくる。この人の巨体は座っていると、違和感がすごい。特に、正座は。
「獅子頭くんがやっていないとして。そうなったとき、別の倒達者がその巫女を殺したことになる……が、いま現在この世に存在する倒達者は、きみのほかには、奇術型、狩場瑠衣、呪術型、那須花凜、だけだろう?しかし、この二人がやったとも思えん。神仏連に喧嘩をうる理由がないからな」
「……あれ?砂川さんは、まだ倒達者になってないんでしたっけ?サンジェル様に推薦されていましたよね」
伊豆さんは首を傾げる。すると、砂川さんは、バツが悪そうな顔をした。
砂川さんはそういう立ち位置だったのか。そういえば、前に最高戦力と言われていた気がする。まあ、この体格なら、納得だが。
魔術型の強さは、主に体格で測れる。魔術型は体内で魔粒子を生産し、それを魔力として放出する。すなわち、からだ、臓器が大きいものは大量の魔粒子を生産できるのである。
砂川さんは、首を振る。
「俺なんかが倒達者になっていいわけがない。魔術型に使えるチップはいまのところ一枚しかないんだぞ。後で、おれ以上の適任者が見つかるかもしれないだろう」
「いやいやいやいや。鏡見てくださいよ。あなたを超えるひとなんてそうそう生まれませんから」
「だが……いや、いい。本題からそれてしまう。俺が言いたいのはだな、伊豆、お前が持っていた神術型のチップを誰かに盗まれて、知らぬところで倒達者が生まれたのではないか、ということだ」
伊豆さんは眉をひそめる。
「あまり失礼なことを言わないでくださいよ。呪術型ではないので、転送先の金庫にしまうことはできませんが、奇術型には、体内にたくさん収納ポケットがあるのですよ。ここにしまっていれば紛失はありえません」
奇術型は、肉体の改造が容易にできる。そのため、武闘派の奇術型などは、それを利用し、暗器術を磨くなどしている。
伊豆さんの場合はそのからだの特性を、収納に使っているようだ。たしかに、文字通りの肌身離さず自分の身に危険が及ばない限りは絶対安心である。
伊豆さんは、腕を伸ばすと、脇のあたりをさすった。そうすると、がちゃっとスイッチが入る音がし、肌がめくれて、そこに空間があらわれた。
「…………」
押し黙る伊豆さん。脇を振る。胸が揺れる。挙げた腕が揺れる。奇妙なダンスを見ているようだ。
「……あの、ないです」
顔面蒼白になりながら、踊る伊豆さん。目には涙が浮かんでいる。
「ないって……どういうことでしょう、なくした、というわけではないですよね」
「はい……いれてから出していません」
いまだ脇を振り続ける伊豆さん。俺はちらり、ちらりと視線を揺れる胸に送る。
ふむ、と砂川さんが顎をかく。
「寝ているあいだにでも、盗られたか?心当たりは?」
「あっっっ……そういえば」
昨夜、寝室で俺たちは監視されているのではないか、という話をした。あれが、与太話ではなく、本当にみられていたとしたら……。
朝、浦島さんが、顔を赤らめて、お楽しみでしたね、と言っていた。まさか、あれは監視がゆえの発言だった……?
しかし、そうなると、監視をしていた、窃盗が可能だったと推測される浦島さんが殺されたのは?共犯者がいて、殺された?なぜ?チップを盗んだのだ、使用者についての口論があったのではないか?
考え込んでいると、姫様が部屋に入ってきた。
「うわ……ほんとだ。浦ちゃん、死んじゃったの……」
姫様はためらいなく、浦島さんの顔の上の布を取ると、火傷のあとが痛々しい顔に、キスをした。
「生まれ変わってもうちに仕えるんだよ、浦ちゃん」
後ろから、富士さんともうひとりの巫女が入ってくる。長い前髪で、目を隠している。
ぺこりと、その巫女さんは、俺たちに向かって頭を下げる。
「あの……雀鬼、です」
ああ、三人官女の最後のひとりのひとか。そういえば、最初に会ったような、気がする。
富士さんは姫様を抱きかかえると、頭を撫でた。
「すみません、お客さまがいらっしゃるのに、このようなことが起こってしまって……」
申し訳なさそうな口調だが、その腹には俺たちへの容疑でいっぱいだろう。火傷が死因という動かぬ証拠は、俺をしっかりと拘束していた。
この先の発言は気をつけねばならない。そう覚悟した時。
姫様が、富士さんの腕から抜け出る。そして俺のほうへ寄ってくる。
「武術型倒達者、獅子頭奈保。この屋敷内で、火を使えるのは、君しかいないよね」
「……それは」
「いや、議論をする気はない。認めるはずないもんね。だって、君、監獄省でこう呼ばれてたらしいじゃん?『食人鬼』って」
俺は、府立図書館を破壊した容疑で、つい先日まで監獄に収容されていた。しかし、あらゆる拷問に対しても、俺は、罪を認めることはなかった。なぜって、あれは、サンジェルによってはめられたようなものだ。俺は悪くない。悪いのはサンジェルだ。そう主張し続けていた。しかし、監獄省の連中は、全然聞き入れてくれなかった。そして、俺を人をくった態度を続ける嘘つきだと断定し、『食人鬼』という蔑称をつけたのだ。
「なにが、言いたいんだ」
「浦ちゃんのことは許してあげるよ。だから、チップ、ただで頂戴?」
「えっ」
姫様の提案に、仰天する。
「当然でしょ?こっちは幹部を殺されるんだよ?君に」
「……あっ」
まさか、そんなこと。
浦島さんは、そのために、殺された……?神仏会が、わざと浦島さんを殺し、俺たちに容疑を着せるため……。
姫様は、にこにこと笑いながら小さな手のひらを俺に見せる。身内が殺されたときの幼女のふるまいとは思えない。
俺は、吐き気がこみ上げた。
この世界にやさしさはないのか?
伊豆さんが、前に出る。
「あの……その提案は、飲めません」
「んん?なんで?こっちが立場が上なのは、わかってるよね」
「……やっていない、といっても、それを証明する手札がこちらにはないので、それはひとまず置いておきます。それよりも、こちらにはその交渉テーブルに乗る資格がないのです」
「……どういうこと?」
「おい。伊豆」
砂川さんが伊豆さんを止めようとする。しかし、もう止まらない。
「チップを盗まれました。この、寺のなかで」
後ろのほうで、雀鬼さんがくしゅん、とくしゃみをした。




