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Step.3 型に入れたらオーブンへ 狼尾未来

Step.3最終部分。

「京都って遠いんだな。お前の運転が遅いかと思ったがそういうわけではないらしい」


 魔導車に揺られながら、未来がつぶやく。運転席に座る柊は、納得がいかない。


「おいおい……怪我人にハンドル握らせといてそれはねえだろ」


「でも、主に用事があるのはあんただろ」


 前髪を撫でる未来。柊は何を言っても無駄と知る。


「だが、まあお前についてきてもらって助かったよ。幻術型の協力者を探してたんだ」


「……幻術型の?……まあ、別についでだし」


 あの夜、柊の自宅に届いていた置手紙によると、柊の所属する盗賊団は、京都に向かったとのことであった。そこで、柊は、チップを奪われたことを報告するために京都へ向かいたいと申し出たのだ。


 当初、未来は柊の誘いを断るつもりでいた。ケガを治療し、そのうえ京都までついていくなど、保護者かと言いたくなった。


 しかし、未来が受け取った指令によると、チップの引き渡し場所が京都に指定されていたのだ。なんという因果か。


 そういうわけで、未来は柊に同行することになったのだが、未来には運転技能がなかった。柊の言う通り、怪我人に働かせるのは気が引けたが、手段がこれしかないので、心を鬼にして、柊に鞭を打ったのだった。


「節約せずに、転送術使っちゃえばいいのに」


「そんなに簡単にいうなよ。貯めるの大変なんだぞ」


 転送術は、遠地へと一瞬でワープするという、人智を超えた力を発現するため、膨大なエネルギーを消費する。自分でエネルギーを生成できない呪術型は、魔力などのエネルギーをからだに取り込み、再合成する必要があるため、一度の呪術にも、コストが大きくかかるのだ。


「ていうか、任務失敗したことだけ報告しにいくのか」


「いや、もうひとつ用がある。実は、前にグレン牙……俺の所属する組織の仕事に協力してくれた『挨拶上手の駱駝』ってやつがいたんだけど。大けが負っちまってさ、そいつの本業で引き受けてた仕事を代わりにやんなきゃいけなくなったんだ。ちょうどその仕事場所も京都でさ」


「盗賊の片棒担ぐやつなんだから、自業自得じゃないか」


「雇うときに、自分がケガしたら代わりにやってくれ、っていう契約になってたんだよ。それに、そいつは普段はまじめな塗装業者だ」


 塗装……。その業種に、未来は顔をしかめる。


「おい、まさかだけどさ、それわたしにさせようとしてないか?」


 幻術型は、変色を利用して、塗装用の材料とすることがある。幻術型は、人口が少ないので、塗装業者は貴重な存在なのである。


 柊は、驚いたような顔になる。


「まさかもなにも、当然」


 未来は無言で、運転中の柊の腕をつねった。




 口を半開きにしながら、未来は外をみる。炎帝によってもたらされた氷の世界。昔はここも素肌で歩けたのだろうか。世界のすべてがドーム内だけであった未来には、想像がつかない。考えてみれば、幼いころに霧島孤児院に移されて以来、このような長距離移動は初めてである。伝言も残さず、孤児院を抜けてきてしまったが、美影さんは心配しているだろうか。いや、心配よりも怒っているかもしれない。年少たちを世話する係が、彼女ひとりしかいなくなるのだから、負担が大きい。京都に着いたらお土産でも買って、ご機嫌を取ろう。


「なあ……」


 柊が、話しかけてきた。未来は無視したが、再度、なあ……と繰りかえされたので、軽い反応を返しておいた。


「何?」


「俺さ、どうやって生きればいいと思う?」


 面倒くさそうな質問に、未来は困る。そんなのは、もう少し親しい間柄の人間にしてほしいものだ。会って日が浅いどころか、殺し合いをしていた相手へする相談としては適切ではない。


 まじめに答える気が起きなかった未来は、あしらうように言った。


「さあ?好きに生きれば。でも、なるべくひとに迷惑かからないようにして」


「……難しいな、それは」


 柊は深く考え込むような顔になる。お茶らけた印象の強かった柊に、そのような表情があるとは驚きだった。雑談ていどのノリかと思っていたが、実は悩んでいたのかもしれない。未来は、もっとちゃんとしたアンサーを返したほうがよかったのだろうか、と思ったが、柊が抱えている事情を開示されていない以上、なにもアドバイスはできない。もどかしさを感じる。


「柊……サマンサ。お前、なんで盗人稼業なんてやっているんだ。若いんだから職くらい簡単に見つかるだろ」


つい、お節介で、踏み込んでしまった。すぐさま後悔する。未来は、自分のやさしさがたまに嫌になる。どうでもいいと、心の中で処理しても、さらにその奥底では、気になって仕方がない。町にいるホームレスを見かけるときも、いちいち感情を向けては切りがないとわかっていても、哀れみを抱いてしまう。炎帝府の支配下にある現代では、レールの外側にある人生を歩く人間が多い。彼らのなかにも、信念をもって自らアウトローに踏み込んだものもいるが、多くはどうしようもなく、底へ沈んでしまった連中である。両親に捨てられて孤児院で育った未来は、道が一本違えば、彼らと同じ場所にいたはずであり、思うところがあるのだ。


「……恩があるんだよ」


 遠くを見つめる柊。


「俺は、生まれてすぐに両親に捨てられた。最悪なことに、孤児院に預けるわけでもなく、道端に置かれてな……。放っておけば、野垂れ死ぬってとき、俺はあるひとたちに拾われた。それが……盗賊団だったんだ」


 自分に似た境遇に、未来は聞き入る。あったかもしれない、自分の人生を聞かされているようで、他人ごとには思えない。ゆっくりとハンドルを切る、柊。曲がり切れず、擦ったような音がする。


「盗みがわるいことだってのはわかってるさ。でも、俺はここまで育ててもらった恩を、返したいんだ」


「……足を洗う気は、ないってことか」


「そう、だな……」


 止めるように、強く説得する権利は、自分にはない。未来はそう感じた。自分のやっていることも、似たようなものだ。義理に任せて、誇れぬことで生きている。


 標識が、京都まであと10キロと示した。


 柊は、アクセルを踏んだ。未来は、目を閉じた。


 次に起きた時には、もっとましな人生になればいいのに。


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