Step.3 型に入れたらオーブンへ 土方光成
土方は、今後の行動について頭を巡らせていた。
狩場瑠衣が、倒達者として得た能力は、『千人隊』。死体に専用の機械『羊夢』を取り付けることで、狩場の意志のままに動く人形をつくりだすことができる。制御できる死体の数は、最大千体。つまり、狩場は準備を整えさえすれば、ひとりで千人分の働きをすることができるのだ。倒達者にふさわしき、一人の人間がもつには強大すぎる力である。
しかし、その準備こそが厄介である。以前、狩場はこの力を使用するために、所属人数の多い組織を丸ごと壊滅させることで、「人材」を確保してきた。具体的には、六大企業「武功会」、そして自身の古巣でもある『奇森倶楽部』を襲撃した。その結果、炎帝府により仕向けられた警察省の兵士たちをも自身の戦力に加えることにも成功したが、このような好条件はなかなかそろわない。
さらに、その拡大した戦力には、移動が制限されるという弱みもある。手間のかかるうえ、完成しても目をつけられやすい。強力である代わりにデメリットが大きい。
土方が検討しているのは、どこから戦力を確保し、隠れさせておくか、である。土方としては、狩場の行ったような、大所帯の組織を襲うことはしたくはなかった。世間に大きな影響を与えるような行動は、炎帝府に嗅ぎつかれて厄介になる。希望するのは、壊滅してもなんら社会に影響を及ぼさない、アンダーグラウンドの組織……。そこまで考えて、土方は気づく。灯台下暗しであった。
「狩場よ。さっそくだが、ブレーメンに接触するぞ」
土方たちが、転送されたのは、京都、ブレーメンの潜伏先である。この町のどこかに、そのアジトがあるのは間違いない。土方は、もともとブレーメンに所属する倒達者、那須花凜にあうために、この地に足を運んだが、一部計画を変更することに決めた。ブレーメンの人間を皆殺しにし、死んだ構成員を千人隊に加えさせる。一石二鳥である。
「ふうん?あなたがいいなら従うけど、そんなことしたら那須花凜はあなたの実験に協力してくれないんじゃない?」
狩場は、土方の提案に疑問を呈す。土方は、いや、と否定する。
「それはどうかな。居場所をなくしてしまえば、次の拠り所を見つけるのが、人間ってものだろ?お前がそうであったように」
「……意地悪ね、あなた。そういうところ大好きよ」
狩場は、サンジェルのもとから逃げ出したのち、奇森倶楽部を壊滅させた。生きる手段として、故郷を犠牲にした彼女であったが、胸にはわずかにむなしさが残った。死体を従え、放浪する彼女は、孤独にさいなまれた。愛情が、欲しい。いつか、自分を害するものがいない安住の地で、誰かに愛されながら人生を終えたい。それが彼女の望みであった。
狩場はうっとりとした目で、土方を見つめたあと、技術復元研究所より引き連れてきた三十人の操り人形を街に放った。
「遠くないうちに見つかるわ」
「相変わらず、素晴らしい力だ」
土方は、狩場の眼を見ずに称賛した。
千人隊を放って二時間後であった。ひとのいない民家で、二人が休んでいると、狩場が、突然顔を上げた。
「見つかったのか?」
「……そう、かな?」
狩場は困惑している。土方はその様子を不思議がる。
「あのね、私の千人隊は五感を私と共有しているの。人形が見た光景や、聞いた話は、私にも届く……。それで、いま私の人形が、ある男に話しかけられているんだけど、そいつが自分はブレーメンの一員だっていうの」
「ほう……。では、そいつをここへ連れてきてくれないか」
「ううん……なんか、軽薄な男よ。嫌いなタイプ」
いやいやながらも、千人隊に指令を送る狩場。ほどなくして、件の男を連れてきた人形が、二人のもとへやってきた。
男の顔を見た土方は、眉をしかめる。逆に、土方を見た男は、薄っぺらい笑顔を浮かべた。
「土方さんじゃないっすか。こんなところで会えるなんてびっくりですよ」
「お前のような明るい幽霊がいるとは、俺も驚きだ」
「ひどいなあ、勝手に殺さないでくださいよ」
声を上げて笑う男に、土方は冷たい視線を送る。狩場は二人を見比べ、当選の疑問をもつ。
「知り合い?」
「……知っているだけだ」
土方は忌々し気に吐き捨てる。千堂は、釣れないなー、と笑いかける。
「俺、土方さんの後輩なんです。大学の。あ、名乗り遅れました、俺、千堂って言います。そちらの方は彼女さんですか?」
「ん?んんー……」
言いよどむ狩場。そういえば、自分は土方のなんなのだろうか。考えていると、土方が横槍を入れてきた。
「そんなことよりも、千堂。お前、ブレーメンに入っているのか?」
千堂はきょとん、とした顔で答える。
「そうですけど、あれ?俺土方さんに言いましたっけ?このおじさんには言いましたけど」
後ろを指さす千堂。そこには、生気を失った目でたたずむ中年の男が立っていた。狩場が研究所で殺して、操っている男だ。
「ブレーメンの一員を見つけたら連れてこいと言っていたからな、その男に」
狩場の能力を知られては、面倒なことになる。土方はそう判断し、ウソをついた。
「へえ?俺たちのこと探してたんですか?あ、もしかしてファンなんですか、俺らの」
「……まあ、な」
「それはそれは。夕張よりはるばるようこそです。ちょうど近々ライブをやるんですよ」
「ああ、知っている。それを聞いて来たんだ。……那須花凜っていうのを見たくてな」
「彼女にですか?はああー意外ですね、土方さんがああいう娘が好きだとは」
「……ああ、大好きだね。しかし運がよかったな。まさか後輩にブレーメンがいるとは。ライブ前に会わせてもらえないか?」
「ええっ?彼女にですかあ?」
「駄目か?」
「いいですけどお。アイドルの楽屋姿なんて、ちょっとイメージ壊しちゃうかもなあ」
渋る千堂に、内心いらいらする土方。後輩に頼みごとをするだけなのに、ここまでプライドが傷つくとは思わなかったのだ。
「別にいい。」
土方は、靴のなかで足の指を固く握った。




