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Step.2 粉も混ぜましょう 狼尾未来②

「……だれよ、あんた」


「暗殺者」


 短いやり取りだが、二人が戦うには十分な応答であった。少年は右手を肩の高さに、左手を胸の高さに構えた。対して、ゴスロリは両腕を小さく広げるのみで、戦闘態勢をとる様子はない。構わず、少年はゴスロリに急接近する。先手必勝。少年の左拳がゴスロリへと延びる。


 ゴスロリは、ひらりとその拳をかわす。続く連撃。左のジャブを繰り返すが、少年の拳はすべて空を切る。ゴスロリの動きは洗練されており、すべての攻撃をぎりぎりで、しかし余裕そうによけきる。まるで、紙を相手にしているかのように感じ、少年は焦りを募らせる。


 ここで、ゴスロリは大きく少年から距離を取る。そして、先ほどのように、スカートのすそをつまむと、今度は正面をめくって見せた。


 意識せずとも、少年の視線はそこに注がれる。すると目に映ったのは、股間を覆い隠す黒い渦であった。呪術型の技術、転送術のゲートである。少年は、事前に知っていたが、ゴスロリは呪術型の暗器使いであった。遠隔地に保管していた武器を転送させ、不意討ちする。その戦法で、ゴスロリは多くの追手を退けてきたのである。


 少年は警戒して、動かない。飛び込んでは、渦から飛び出してくる武器に狙い撃ちされる。

 ゴスロリは、その用心深さにしびれを切らし、一つの武器を渦より取り出す。近づいてこない相手を仕留めることのできる飛び道具、クロスボウである。ゴスロリは、慣れた手つきで少年に狙いを定めると、矢を放った。


 かわせる速度ではない。矢先は空気を切り裂き、そのまま少年の左腕に突き刺さる。ずきん、と一瞬遅れて到達する強烈な痛み。脂汗がどっとあふれ出る。貫通はしていない。少年は、矢を引き抜くと駆け、ジャングルジムの影へ隠れる。


「……バカなの?」


 確かに、ジャングルジムを構成する鉄の棒は盾になるかもしれないが、隙間が多い。うまく狙えば、向こう側に隠れる対象に矢は到達する。ゴスロリは、狙いすまして、うつ。


 数瞬後、真っ赤なしぶきが飛び散る。ゴスロリはにやりと笑みを浮かべる。仕留めた。そう確信する。

 しかし、もしかするとまだ息があるかもしれない。ゴスロリは死体を確認するために、少年のいた位置に近づく。死にかけの反撃ほど恐ろしいものはない。極めて慎重に、接近する。


「……っっっ!!!」


そこにあったのは、赤く染まった、脱ぎ捨てられた衣服。あたりを警戒する。しかし、少年の姿は見当たらない。どこに隠れたのか、手負いなのは確実。どこかに血痕が残っているはず。ゴスロリは目を光らす。と、そこで見つける一筋の赤い血痕。一本の線となってのびるその痕は、ジャングルジムの後ろあった、不法投棄されたごみ山につながっていた。


今度こそ仕留める。殺意をたぎらせ、ごみ山のほうへ歩むゴスロリ。


「はずれ」


 声は頭上から降ってきた。はっとして上空を見上げるが、そこには何も見えず、クロスボウを構えた腕が、止まる。しかし、直後に肩に急な痛みが走る。ジワリと、血がにじむ。なにかが、刺さっている。思わず、グリップが手から離れる。ごとん、と地面に落ちるクロスボウ。すると、それは、宙に、浮いた。自分に射出先が向く。


「チェックメイト」


 声の主は視覚では捕らえられない。しかし、確かにそこにいる。ゴスロリは、肩から滴る血を正面に向かって飛ばす。すると、空中に血が、付着した。


「目ざといね」


 ゴスロリの足元からビリリリと服が破ける音が響く。視線を落とすと、ゴスロリの下半身がかぼちゃパンツ一丁になっていた。これでは、不意を突いた転送術の攻撃ができない。


「そっちこそ」


 ゴスロリは観念したようにホールドアップする。ただし、「なにか」が刺さった痛みで、右肩は上がらないので、片方だけの腕を上げる。


「君、幻術型?……見事に、手玉にとられたよ。『鮮肌』だっけ?自在に体色を変えられる幻術型の技術の基盤。見抜けなかったわ」


 空中に、じわじわと、人の輪郭が浮かびあがる。やがて、そこには、裸の少年、狼尾未来が現れた。右手にはボウガンを構えている。


 幻術型の特有の器官『鮮肌』。幻術型は、肌の細胞の色素を操作し、体表の色彩を自由に変化することができる。未来はその力を用いて、景色に溶け込み、ゴスロリの頭上、ジャングルジムの頂上に、身を隠していたのである。そして、同じく「鮮肌」を用いて透明化した「ボウガンの矢」を握りしめ、隙だらけのゴスロリの肩へ矢先をねじ込んだのだった。


「ってあんた。……女だったのかよ」


 裸体を見て、ゴスロリが、「素」で、驚く。未来のしなやかな体躯には、成長途中ではあるが、女性の特徴があらわていた。


「そういうお前は、男だろ。柊サマンサ」


 パンツを指さす未来。ゴスロリ服の「男」、柊サマンサは、その指摘に顔をしかめる。


「デリカシーって知ってるか?まあ突然人の家あがりこんでくる奴に常識解いてもしょうがないか」


「……お前の常識が世間の常識と思うなよ」


 少年、否、少女、狼尾未来はクロスボウを柊の鼻先に充てる。柊は目を泳がす。


「えーと、俺のこと殺す気?」


「いや、どちらでもいいとは言われている。だが生け捕りのほうがいいのかもしれないな。なにせ、お前は盗人らしいからな、盗品の所在を喋ってくれるかもしれない」


 柊は、ふんっと鼻を鳴らす。生意気な態度に、未来はいらだつ。


「状況をわかっているのか?あいにく、俺は拷問の心得がない。一秒後にでも誤って、殺してしまうかもしれない」


 柊は冷めた目線を未来に向ける。


「爪が、甘い」


 その瞬間だった。未来の全身に赤い蔦が絡まった。


「なっ……」


 蔦は未来の胴から四肢まで伸び、からだの自由を奪う。


 柊は呆れた表情を浮かべながら、肩に刺さっていた、「見えない矢」を引き抜く。それをぽいっと地面に投げ捨てると、蔦により身動きが取れなくなった未来の顎を持ち上げる。


「親から教わらなかったかな、呪術型は死にかけが、一番危険って」


 呪術型はエネルギー変換器官、『転脈管』を持つ。呪術型の人間は、この期間を用いて、エネルギーを吸収し、別の形に変換してから放出することができる。対価をもって奇跡を起こすその性質は、まさに呪い。使い方によっては技術型六種のなかでもっとも有益な働きをみせるといえる。しかし、同時に、謝った使い方をすると、技術者自身の声明を脅かす危険をはらんでいるともいえる。その危険性を示すのが、最も原初的な呪術、血流術である。


 血流術は、自身に流れる血流のエネルギーを一度吸収し、変換、貯蔵しておくことで、出血した際にその体外に染み出た血液に、再び運動エネルギーを与えることができる。エネルギーを与えた血液は、呪術使用者の貯蔵しているエネルギーが尽きるまで、自在に操作することができる。鞭に使うもよし、縄に使うもよし、即席の殺傷武器や救助道具など幅広い用途が想定できる。しかし、消費しているエネルギーはあくまで、自身に流れる血液。あまり長時間この術を使用すると、出血多量による貧血や失血死を招く。呪術型は生まれながらにこのリスクのある技術を使用できるため、教育機関では、事故を防ぐため、呪術型の児童には、成人するまでの呪術の使用を控えるように指導する。


 それゆえ、みな知識として知っていても、実際には見たことがないというのが、この血流術である。用心深い未来が見逃してしまったのも、無理がないのであった。


 赤い蔦は未来の首を絞める。脳へ運送されるべき血が減少し、未来の意識はもうろうとしてくる。柊は未来に対して語り掛ける。


「あんた、誰の差し金だ?サンジェル?それとも炎帝?どっちにしろ、相手が悪かったね。命までは取らないけど、素直に手を引きな。次は、殺す」


 未来は、柊をにらみつける。しかし、柊は動じない。呪術型と違い、幻術型には一発逆転の奥の手の技術は存在しない。動きを封じた以上、もはやまな板の上の魚である。柊は『不用心に』、彼が盗んだモノを未来の目の前に掲げる。


「こいつは、俺には使えないみたいだが、売ればなかなか金になるらしい。危ない橋を渡ったかいがあったよ」


 未来は、柊が親指と人差し指で挟む、それを見る。四角形の、薄い板。間違いなく、紙に書いていた盗品である。手を伸ばせば、伸ばせれば、奪える。未来は、腕に力を籠める。力む姿に気づき、柊はあざ笑う。


 その瞬間。未来の、左腕の拘束がほどけ、拳が前方に射出された。


「………!!!」


 予想外の反撃に、柊は反応が遅れる。しかし柊も手練れ。拳が自身の顔面をとらえる直前で、頭を横にずらし、攻撃をかわす。


 否、かわせなかった。


 拳は確かに、柊のからだをかすめもしなかった。代わりに、柊を襲ったのは、『見えない刃』だった。柊の首元から胸にかけて、切り傷が現れ、直後、大量の出血。吹き出る血に、動揺する柊。未来を拘束していた血流術を解き、その蔦を包帯の形に変形させることで、傷口をふさぐ。


「……やってくれるね」


 苦笑いする柊。虚勢である。動脈がやられたかもしれない。未来に対峙してから初めて、柊に死の恐怖が訪れる。未来は、自由になったからだを伸ばし、最初にこの公園に入ってきた時と同じようなファイティングポーズをとる。もはや、そこに一切の油断は介在しない。


「もう、終わりにしようか」


 柊は、赤い蔦を枝分かれさせて、多方向からの鞭を未来に伸ばす。未来は冷静に、淡々とそれを切断する。柊には見えないが、未来は刃物を握っている。柊は戦況の不利にくちびるを噛む。これ以上の血流術は、命に関わる。柊は包帯への用途以外での血流操作をとく。


「……降参だよ」


 戦意の失った柊。未来は無言で前進すると、しゃがみ、柊の落とした、小さな薄い板を回収する。そして、柊を一瞥し、背を向ける。


「おい。俺を殺すんじゃないのか」


 公園を去ろうとする未来の背中に投げかける。未来は振り返らずに答える。


「任務は、チップの回収だ。無駄に命まではとらない」


「おいっ」


「まだ、なにかあるのか?」


「俺を置いていくな。このままだと、俺は死ぬぞ。血がすっげーでてる。命とらないとかいうなら、責任もって治療しろ」


 未来は、唖然として、さすがに振り向く。なんと図々しい申し入れだろうか。柊は、仰向けに倒れており、もう意識はない。助ける義理はない、が……。


 血だまりのなかに苦笑いしながら横たわる柊。


 未来は頭をかきむしる。


「くっそ」


 生殺与奪の権利は転がり込んでくると、対処に迷う。未来は自分の甘さを呪いながら、柊に近寄っていった。

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