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第一話 『薪』②

 喫茶店 ねこかだらけ。六大企業がひとつ、「お呪い牧場(オマジナイボクジョウ)」から独立した三十の飲食関係の企業の一つ、愛りんの経営する喫茶店、というかメイドカフェである。


 店員であるメイドさんたちは可愛らしいエプロンドレスに身を包んだ二十代前後の女性たちで構成され、花園という表現がピタリとくる。


 彼女たちは本社から派遣された、全員が正社員であり、各々プロの自覚をもつ。


 そのことにより、サービスの充実は成功しており、それが売り上げにもつながっている。

 

 会社全体での利益は莫大で、独立から5年で中企業のなかで最も存在感のある企業の一つとなったという。



 金髪に猫耳のカチューシャのメイドさんに案内され、個室部屋にとおされる。


「ご注文がお決まり次第天井のひもを引っ張るにゃん。ベルがなって私どもメイドが伺いにくるにゃん」


「あ、はい」


 ……にゃん? 語尾に違和感を持ったが、指摘するほどのことでもないかと、スルーする。


「アイス珈琲十五杯ください」


 伊豆は席に着くとべたっとテーブルに突っ伏して注文した。


「そんなに飲むんですか。……あ、俺はオレンジジュースでお願いします」


 メイドさんはそのメニューにはにゃんにゃんコールがつかないと警告したが、何の問題もなかったので了承した。


 メイドさんが去ると、狭い個室に静寂が漂う。彼女が突っ伏したまま動かなくなったからだ。


 伊豆の短髪から見つけたつむじを観察しながら思いを馳せる。


 伊豆と合流してからのこの四日間、俺たちは、休む間もなくドーム都市中を動き回っていた。


  俺は、伊豆を乗せたバイクを運転していただけだったが、武功会傘下の企業と立て続けに会談をした伊豆は尋常でないほど疲労しているはずだ。歳も俺より一つ下の少女がよくここまで働くものだ。素直に感心する。


「あ三つある」


「なにがですか」


 むくりと顔をあげる伊豆。病院では暗くて気が付かったが、目元には濃いクマが貼りついていた。


「いや、伊豆さんってつむじ三つあるんですね」


「……四つのはずです」


 伊豆は、ずいっと頭をこっちにつきつけた。気流がほのかな汗のにおい、いや香りを俺の鼻に運ぶ。女の子の芳香は、なんというか恥ずかしい。


 バイクで背中に抱き着かれていたとき、胸の感触ばかりに気をとられていたが、嗅覚で感じる女の子の魅力も侮れないものだ。


「あー、ありました。四つ目」


「でしょう。髪洗ったときに確認しましたから。……ってなに女子の髪の毛じろじろ見てるんですか」


 伊豆は抗議の目を向けてきたが、その眼は同時に笑ってもいた。


 ふうーっ、と伊豆は上体を起こし、そのまま椅子の背もたれに身を預けた。頭部はだらんと後ろに垂れているが、安定性のある椅子のようだからひっくりかえる心配はないだろう。


「さっきから私、獅子頭(シシガシラ)さんにつらく当たりすぎですね、すみません」


「いえいえ、とんでもないです。ずっと隣で見ていましたから、頑張ってくださっていたところ。俺にまで気をつかわれなくて結構ですよ」


 伊豆はテーブルの上の冷たいおしぼりを掴み、瞼の上へ運ぶ。目を休めるとき、本当は温かいのをのせたほうが良いらしいのだが、炎帝に火の使用を制限されているこの社会でそれをいうのは贅沢すぎるだろう。


 本当に、この数日間の彼女の働きには感謝が尽きない。



 三十を超える傘下企業、大手から零細までの契約相手……武功会(ブコウカイ)とつながりのあるほとんどすべての企業に訪問し、現、武功会トップである滋養風犬の考えを伝えてくれた。


 俺は指示通りにバイクを走らせて伊豆を現場に運んだ。


 険しい顔で駐車場を後にする彼女を、何の能もない俺は、ただただ眺めていた。彼女には黙っているが、このバイク、自動運転なのだ。伊豆に貸せば、本当はそれだけで済むのだが、じっとしているのがいやで、この事実は隠している。


 することのない俺はバイクに跨ってみたり、寝そべってみたり、駐車場の端から端までダッシュしてみたりしていた。


 しかし、歯がゆさは何をしていても、消えることはなく、それどころか、なにか焦燥感のようなものが募っていった。


 そのため、せめて、と、伊豆が戻ってきたときには、毎回笑顔で迎えるようにした。


 たまに調子に乗って頭をなでたりもした。


 伊豆は、最初のうちは無反応だったが、そのうち柔和な表情で帰ってくるようになっていった。続けた甲斐があったというものだ。




「……伊豆さん?」



 覗き込むと、寝息が鼻にかかった。


「お疲れさまです。いい夢を……」


 少女には、安らぎが必要である。



 〇



 伊豆麻里(イズマリ)。齢十六の可憐な少女の職業は忍者である。


 忍者とは、炎帝府の統べる行政機関の一つ、忍者省の役人である。


 各省、各企業へ配属され、そこでの会計検査を主な業務として行う。


 通常、忍者省には奇術型の名家十数家から才覚有る者が採用されるのだが、伊豆家の次女、伊豆麻里は幼少のころから神童と名高かったため、異例の十四歳で忍者に任命されるに至った。


 入省から二年、驚異的なスピードで仕事を覚え、文句なしの一人前になった伊豆は、二週間前に六大企業が一つ、「武功会」に配属が決まる。これは確実な出世コースと言えた。



 の、だが。



「今回のことでこの娘の経歴に傷がつくとしたら、謝っても謝りきれないなあ」


 伊豆のおしぼりを裏返して、また乗せる。幸せそうな寝顔が垣間見えた。



 武功会は壊滅したのである。伊豆が配属される前日のことであった。



 今年は二十年に一度の炎帝技術博覧会、通称炎技会という大規模な行事が開催される。


 六大企業はそこで過去二十年間に開発した技術すべてを炎帝府および他の企業に開示することが法律で定まっている。


 運営は六大企業が持ち回りで担当しており、今回は武功会が受け持ちであった。武功会の総力を挙げた入念な準備は五年前より始まり、いまや最終調整の段階に入っていた。


 開催一か月前を控えると、武功会は労いの意を込め、武功会総本部、「旧武道館」にて組織幹部全員を集めた懇親会もとい大宴会を開くことを告知した。


 武功会本部からの招集は、傘下企業にとって、絶対的な強制力がある。声のかかった者は漏れなく参加するに至った。


 プロジェクトの山場を越え、締めの段階でみな気が緩んでいたのだろう。宴会は無礼講でおおいに盛り上がった。


 そこを狙われた。


 何者かが宴に乱入し、武功会最重要幹部42名、その他当日館にいた関係者67名、合わせて109名を殺害、否、虐殺したのである。


 目撃者は武功会ただ一人の生き残り、滋養風犬のみ。


 しかし、本人はその夜のことを完全黙秘している。医者の診断では、一時的な記憶障害が起こっているらしい。よって大規模な一夜の殺戮は、犯人もわからぬまま、迷宮入りの可能性が大いに出てきている。



「もしあんたが結婚する気があるなら、断然風犬より伊豆麻里をおすすめするよ。その子は稀にみる良い気性の娘だ。大切にしな」



「……余計なお世話だよ。これ以上俺の人生に口も手も出すな」




 テーブルの上には幼女が腰を掛けていた。



 白いワンピースを着た人形のような美少女。見た目の年齢は5,6歳といったところか。


 藍色の長髪を卓上に散らかして、にやにやと小生意気な笑顔を浮かべている。



「邪険にするんじゃないよ。アタシはお前の、いやお前らのおばあちゃんなんだから、さ」


「……お前が俺にしてきたことは孫に対する仕打ちとは思えないけどな」



 にぃぃっと幼女の口角が吊り上がる。


「アタシにそんな口をきけるようになるとは、成長したねえ。あの頃は素直なオトコノコだったのに」


 思わず拳をぐっと固める。そしてすぐに開く。激情に任せ殴りかかって勝てる相手とは思えない。勝てない戦はしない、随分前に学んだことだ。



 幼女の名はサンジェル。指名手配されているテロリストである。



 諸々の説明は省くが、俺と因縁のある相手であり、可能ならばもう一生会いたくなかった。



 しかし、サンジェルはどこにでも現れる。


 伊豆さんが眠りこけたと同時に、この女は、個室の扉を開けて、堂々とテーブルのうえに乗っかったのである。行儀悪さのフルコースだった。



 俺が本気で失踪しようとしても、この女は、気づけば隣に座って、けたけた笑うのだろう。



 もはや諦めが肝心なのかもしれない。




「それで?いまさら何の用だ。最後にあったとき俺は失敗作で、もういらないとか言ってなかったか」



 サンジェルを睨み付けるが、にやにやした顔は変わらない。俺は、圧倒的格下とみられているのだ。侮っているのではない、相応の評価として。



「それはそうなんだけど。ちょっとそうも言っていられない状況になってねー。あんたに手ぇ貸してもらいたいのよ」



「嫌だ」


「結論を急ぐんじゃないの。話くらい聞きなさいな。ていうか、聞かなきゃそこで寝ている娘を殺すよ」


「……大切にしろって」


「だから黙って聞いてな。店のコーヒーに睡眠薬を入れられるやつが、どうして毒を仕込めないと思う。伊豆麻里なんていつでも、どこでも、どんなにでも残虐に殺せる。オーケー?」



「…………」



 サンジェルにはたくさんの部下がいる。彼女いわく、信者。サンジェルを頭とした一大テロ組織は彼女への信仰で成り立っているのだ。


 彼女に心酔している者はどこにでもいて、社会に紛れ、彼女からの命令を嬉々として待っている。彼女が手を振れば、その者たちは、どんな悪事にでも手を染めるという。一級に危険なやつらである。


 おそらくこの喫茶店にも信者がいて、薬を盛り、サンジェルをここに通したのだろう。


 この世に生きる限り、逃げ場はない、ということか。


「まあ、萎縮しなくていいよ。これは交渉なんだ。話と条件を聞いて、そのうえで断るのなら引き下がるよ。お前にもお前の周りにも手はださない」


 サンジェルはパチンと指を鳴らすと、次の瞬間には手に一枚の紙を持っていた。


 差し出されたので受け取る。裏返すとどうやら写真だ。そこには中性的な顔立ちの女性が写っていた。


狩場瑠衣(カリバルイ)。アタシの元信者だよ。目をかけていたのに、離反しちゃって。操り人形みたいなやつだったから、まさかアタシに反旗をひるがえすとは思いもしなかったよ」



「……怪しいもんだな。ひどい扱いしてたんじゃないか」



「そんなことは、……あるか。苦痛を伴う人体実験してたからねえ。本人進んで立候補していたからずいぶんハードなこともしたよ。それは認める。でも十分見返りも与えていたし、関係は失踪する直前まで良好だったんだよ。……ま、どんな心情の変化があったのかは知らないけどアタシの邪魔になるなら」




 サンジェルがキュッと目を細める。



「排除の対象だよね」


 冷酷。悪魔。口には出さないが、その類のワードが頭に浮かぶ。


「……それで?まさか俺にこいつを殺す手伝いをしろでも言い出すんじゃないだろうな」



 怯えを誤魔化すためにありえない冗談を飛ばす。しかし、それにサンジェルに、意外そうな表情を浮かべる。



「お、正解」



「………! 」


 間髪入れない回答に、息が詰まる。それを見てサンジェルが噴き出す。


「うぶだねえ、そういうところ好きよ」


「……どういう腹積もりだ。信者なら大勢いるだろう。殺しならそいつらに頼めばいいじゃないか。なんで、俺なんかに」


「無理。っていうのもね、さっき狩場瑠衣が実験の被験者だっていったでしょ。……ピンときた?そう、あんたと同じ境遇の、いわば姉弟ってことだよ」



 同じ境遇?兄弟?



 まさか……。



 考えられるのは、これしかない。




 ひやりとした汗が首筋を伝う。



「こいつ倒達、したのか……!」



 サンジェルが笑う。


「史上二人目、今度は奇術型の倒達者よ」


 伊豆の額から、おしぼりが落ち、びちゃりという音が部屋に広がった。

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